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第1章 誕生編
第29話 魔王城攻略戦1・ルート確保
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俺達聖騎士団アインは、涸れたケセド川付近に差し掛かっていた。川をそのまま突っ切ることはしない。今回は荷物が多いので石や岩だらけのそこを進むことは困難だからだ。少し大回りになりつつも森の中の平らな道を選んで行く。ところで一番の荷物はというと——。
「ふぅ、久々のシャバの空気は肺に染みるぜ」
——俺こと“有塚しろ”本体である。すぐに体が痛くなる、疲れる、お腹が減る、弱音を吐く、と、ポンコツ鎧兵を笑えないポンコツぶり。その癖、鎧兵に無理難題を押し付け、死ねばゲラゲラ笑う悪徳上官である。戦争映画なら終盤に下っ端の兵に殺されるか、なぜか前線に出て敵に殺されるかだろう。よかったコメディ映画で。映画じゃねぇよ。
それはさておき、ここまで問題なく行軍できている。
「トマティナのお陰だな」
ファイアが彼女に渡したもの、それは“ミノタウロスのフン”であった。
ミノタウロスと戦うに当たって第一の問題となったのが“ルートの確保”である。
道中、他の巨獣と出くわせばどうしても消耗してしまう。鎧兵だけなら本体が居るのでいくらでも補充が利くが、対ミノ用の武器や物資が破壊されてしまうのは困る。さらに俺本体は食事や睡眠を取らなければならず、連戦にでもなったら無視できない疲労が蓄積することだろう。
そんな問題を解決するための“フン”だ。臆病な獣は天敵の糞尿の臭いに気配を察知して近寄らなくなるもの。巨獣にもそれが当てはまるかも知れないと試してみた。
不本意だが、隣人の少女ムギッコのヒントから思い付いた。俺が神樹から鎧兵達を降ろしていたのを彼女が目撃して、立ち小便をしていると勘違いした時のやつだ。小便からマーキングを連想してこの策にいたった。
そして前回、ミノと実験的に戦った際にフンを回収し、香水作りの得意なトマティナが似た匂いのものを量産してくれた。それを事前に行軍ルート周辺に散布しておいたのだ。お陰で周囲は臭いが背に腹は変えられない。
「さて、そろそろ休憩挟むか」
俺本体は凡人なので休ませないと死んでしまうからだ。行軍も遅くなるし使えねぇ本体だな!
事前にマークしておいた巨大樹の穴の中で休憩。
兜を脱ぐ。汗でぐっしょりだ。風呂に入りたいよ。ああ、ケツが痛い。腰も痛い。ずっと馬に乗っていたからだ。乗馬も慣れてきたとはいえ難しい。
時折、謎の鳥や猿っぽい鳴き声が聞こえて肩が跳ねる。ああ、怖い。恐怖で心が押し潰されそうだ。鎧兵がいても人間は俺一人なのだから仕方ない。うん、そういう時は即興劇でもして現実逃避するに限る。
今いる鎧達を近くに集めた。
「やれやれ、本体は役に立たないトンねぇ」
「そんなことないハチ。凡人の中では頑張ってるハチ」
「お、自作自演でごわすか?」
「それ言ったら全員自作自演の痛いやつだハチ」
「ウホウホウホホ」
「何言ってるか分かんないハチ」
「あらあら、うふふ(裏声)」
「ウェーイ」
「アンタ達、おだまり!(裏声)」
「あ、設定持て余していて鳴き声しかほぼ出番ない人達だハチ」
「あわわ、やめなよー(裏声)」
「アンタもだよハチ」
「でも一番ヤバいやつはNo.2のアイスでごわす。特徴的な鳴き声も、語尾もなく、活躍した時もない。クールなのもポテトに取られて立つ瀬がないでごわす。恐らく本体がクールな二枚目的ポジションに嫉妬しているが故に自然とフェードアウトさせてしまっているんでしょうな。主観が混じっていて演者としては致命的でごわす」
「それ本体めっちゃ傷付くやつハチ」
「ウホウホウホホ」
「だから何言ってるか分かんないハチ!」
……あーたのしー。側から見たらお人形遊びをする痛いやつだろう。だが、恥ずかしさはない。大学時代演劇サークルに入っていたから慣れているのだ。ふと、サークルの先輩が『演技とは羞恥心が無くなってからがスタートだ』って言っていたのを思い出した。
「懐かしいなぁ」
俺が演劇サークルに入ったのは、ただ勧誘されたから。別に興味はなかったけど、大学に入ったら何かやろうと思っていたのでちょうど良かったのだ。
初めの頃、万年中二病の俺は斜に構えて小馬鹿にしていたけれど、自分じゃない何かになれるのが楽しくていつの間にかのめり込んでいた。
いろんな役やったなぁ。ナスのヘタの魔神とか、ハエの死骸とか、穴あき靴下の妖精とか。ろくな役やってねぇじゃねぇか!
まぁ仕方ないよな。主役は大体美男美女がやるし、悪役顔でもないし、他に特徴的な顔でもない。後輩の女子にはうすしお味みたいな顔ですね、って言われたし。何だよ、うすしお味って。俗にいう塩顔をさらに薄くしたバージョンってことなんだろうが、“味”ってなんだよ。つーか何のうすしお味だよ。ポテチか? ポップコーンか?
その時に聞けば良かったのだが、暗めの人である俺は、鯉みたいに口をぱくぱくさせ、愛想笑いするしかなかった。
そして後でああ言えばよかった、こうすればよかった、と後悔する。まさに典型的な陰キャムーブ。演劇なんてやってたら陽気な人間になれそうなものだが、残念ながら無理でした。
陰キャスポーツマンや陰キャバンドマンがいるように、陰キャ劇団員もいるんだよね。ぐすん。
でも楽しかったなぁ。異世界に来た当初は巨獣が怖くて地球に戻りたいとも思った。けど今はいいや。両親は既に他界していたし、俺だけ就活に失敗して友達とも疎遠になっていたから未練はない。いきなり悲しき過去ぶっこむなよ。
とにかく頑張ろう。気合いを入れたらお腹が減ってきた。
修道女ナナバさんが作ってくれたドライフルーツを食べる。甘さが口いっぱいに広がった。
「美味いウホ」
早くみんなに会いたい。みんなに認めてもらって、楽しく平和に暮らしたい。それが今のたった一つの願いだ。
その後、無事に第一ダムに到着した。
巨獣加工屋のクローザに加工してもらった“オークの胃酸”をダムに掛けていく。オークは木の巨獣ドリアードを食料にしているのは知っていた。そのドリアードがダムの建築材として使われているので、胃酸で溶かせると考えたのだ。
ここの破壊にスライムボムは勿体ないし、音も大きくて面倒事が起こる可能性も高いと思ったので使わないことにしていた。それに時間は掛けていられないのでこれでいいだろう。
「しっかり働けよー」
俺は偉そうな現場監督のように腕を組み、ふん反り返って鎧達に指示を出していく。お仕事映画なら終盤でクビになるか痛い目にあうタイプだろう。コメディ映画でよかった。だから映画じゃねぇよ。
しばらくして全体に満遍なく胃酸をかけ終わった。これで後は高温に晒されたチョコレートのようにじっくり溶けていくだろう。
そして日付を跨いで、何事もなく第二ダムへとたどり着いた。ダムの真ん中に立ち、足場を確かめる。結構高いな。
遠くに魔王城ことミノタウロスの巣が見える。一段と大きくなった気がするね。モニター越しじゃないからそう見えるのかも知れないけど。
「さぁ始めようか。ミノタウロス狩りを」
そして、命を懸けた戦いが始まる。
「ふぅ、久々のシャバの空気は肺に染みるぜ」
——俺こと“有塚しろ”本体である。すぐに体が痛くなる、疲れる、お腹が減る、弱音を吐く、と、ポンコツ鎧兵を笑えないポンコツぶり。その癖、鎧兵に無理難題を押し付け、死ねばゲラゲラ笑う悪徳上官である。戦争映画なら終盤に下っ端の兵に殺されるか、なぜか前線に出て敵に殺されるかだろう。よかったコメディ映画で。映画じゃねぇよ。
それはさておき、ここまで問題なく行軍できている。
「トマティナのお陰だな」
ファイアが彼女に渡したもの、それは“ミノタウロスのフン”であった。
ミノタウロスと戦うに当たって第一の問題となったのが“ルートの確保”である。
道中、他の巨獣と出くわせばどうしても消耗してしまう。鎧兵だけなら本体が居るのでいくらでも補充が利くが、対ミノ用の武器や物資が破壊されてしまうのは困る。さらに俺本体は食事や睡眠を取らなければならず、連戦にでもなったら無視できない疲労が蓄積することだろう。
そんな問題を解決するための“フン”だ。臆病な獣は天敵の糞尿の臭いに気配を察知して近寄らなくなるもの。巨獣にもそれが当てはまるかも知れないと試してみた。
不本意だが、隣人の少女ムギッコのヒントから思い付いた。俺が神樹から鎧兵達を降ろしていたのを彼女が目撃して、立ち小便をしていると勘違いした時のやつだ。小便からマーキングを連想してこの策にいたった。
そして前回、ミノと実験的に戦った際にフンを回収し、香水作りの得意なトマティナが似た匂いのものを量産してくれた。それを事前に行軍ルート周辺に散布しておいたのだ。お陰で周囲は臭いが背に腹は変えられない。
「さて、そろそろ休憩挟むか」
俺本体は凡人なので休ませないと死んでしまうからだ。行軍も遅くなるし使えねぇ本体だな!
事前にマークしておいた巨大樹の穴の中で休憩。
兜を脱ぐ。汗でぐっしょりだ。風呂に入りたいよ。ああ、ケツが痛い。腰も痛い。ずっと馬に乗っていたからだ。乗馬も慣れてきたとはいえ難しい。
時折、謎の鳥や猿っぽい鳴き声が聞こえて肩が跳ねる。ああ、怖い。恐怖で心が押し潰されそうだ。鎧兵がいても人間は俺一人なのだから仕方ない。うん、そういう時は即興劇でもして現実逃避するに限る。
今いる鎧達を近くに集めた。
「やれやれ、本体は役に立たないトンねぇ」
「そんなことないハチ。凡人の中では頑張ってるハチ」
「お、自作自演でごわすか?」
「それ言ったら全員自作自演の痛いやつだハチ」
「ウホウホウホホ」
「何言ってるか分かんないハチ」
「あらあら、うふふ(裏声)」
「ウェーイ」
「アンタ達、おだまり!(裏声)」
「あ、設定持て余していて鳴き声しかほぼ出番ない人達だハチ」
「あわわ、やめなよー(裏声)」
「アンタもだよハチ」
「でも一番ヤバいやつはNo.2のアイスでごわす。特徴的な鳴き声も、語尾もなく、活躍した時もない。クールなのもポテトに取られて立つ瀬がないでごわす。恐らく本体がクールな二枚目的ポジションに嫉妬しているが故に自然とフェードアウトさせてしまっているんでしょうな。主観が混じっていて演者としては致命的でごわす」
「それ本体めっちゃ傷付くやつハチ」
「ウホウホウホホ」
「だから何言ってるか分かんないハチ!」
……あーたのしー。側から見たらお人形遊びをする痛いやつだろう。だが、恥ずかしさはない。大学時代演劇サークルに入っていたから慣れているのだ。ふと、サークルの先輩が『演技とは羞恥心が無くなってからがスタートだ』って言っていたのを思い出した。
「懐かしいなぁ」
俺が演劇サークルに入ったのは、ただ勧誘されたから。別に興味はなかったけど、大学に入ったら何かやろうと思っていたのでちょうど良かったのだ。
初めの頃、万年中二病の俺は斜に構えて小馬鹿にしていたけれど、自分じゃない何かになれるのが楽しくていつの間にかのめり込んでいた。
いろんな役やったなぁ。ナスのヘタの魔神とか、ハエの死骸とか、穴あき靴下の妖精とか。ろくな役やってねぇじゃねぇか!
まぁ仕方ないよな。主役は大体美男美女がやるし、悪役顔でもないし、他に特徴的な顔でもない。後輩の女子にはうすしお味みたいな顔ですね、って言われたし。何だよ、うすしお味って。俗にいう塩顔をさらに薄くしたバージョンってことなんだろうが、“味”ってなんだよ。つーか何のうすしお味だよ。ポテチか? ポップコーンか?
その時に聞けば良かったのだが、暗めの人である俺は、鯉みたいに口をぱくぱくさせ、愛想笑いするしかなかった。
そして後でああ言えばよかった、こうすればよかった、と後悔する。まさに典型的な陰キャムーブ。演劇なんてやってたら陽気な人間になれそうなものだが、残念ながら無理でした。
陰キャスポーツマンや陰キャバンドマンがいるように、陰キャ劇団員もいるんだよね。ぐすん。
でも楽しかったなぁ。異世界に来た当初は巨獣が怖くて地球に戻りたいとも思った。けど今はいいや。両親は既に他界していたし、俺だけ就活に失敗して友達とも疎遠になっていたから未練はない。いきなり悲しき過去ぶっこむなよ。
とにかく頑張ろう。気合いを入れたらお腹が減ってきた。
修道女ナナバさんが作ってくれたドライフルーツを食べる。甘さが口いっぱいに広がった。
「美味いウホ」
早くみんなに会いたい。みんなに認めてもらって、楽しく平和に暮らしたい。それが今のたった一つの願いだ。
その後、無事に第一ダムに到着した。
巨獣加工屋のクローザに加工してもらった“オークの胃酸”をダムに掛けていく。オークは木の巨獣ドリアードを食料にしているのは知っていた。そのドリアードがダムの建築材として使われているので、胃酸で溶かせると考えたのだ。
ここの破壊にスライムボムは勿体ないし、音も大きくて面倒事が起こる可能性も高いと思ったので使わないことにしていた。それに時間は掛けていられないのでこれでいいだろう。
「しっかり働けよー」
俺は偉そうな現場監督のように腕を組み、ふん反り返って鎧達に指示を出していく。お仕事映画なら終盤でクビになるか痛い目にあうタイプだろう。コメディ映画でよかった。だから映画じゃねぇよ。
しばらくして全体に満遍なく胃酸をかけ終わった。これで後は高温に晒されたチョコレートのようにじっくり溶けていくだろう。
そして日付を跨いで、何事もなく第二ダムへとたどり着いた。ダムの真ん中に立ち、足場を確かめる。結構高いな。
遠くに魔王城ことミノタウロスの巣が見える。一段と大きくなった気がするね。モニター越しじゃないからそう見えるのかも知れないけど。
「さぁ始めようか。ミノタウロス狩りを」
そして、命を懸けた戦いが始まる。
応援ありがとうございます!
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