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第48話

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城に近づくにつれ、その男の様相が見えて来た。







 白い頭巾を被り、杖をついている。







 後ろには4.5人の従者が付き添っている。







 加藤清正から事の子細は先だって早馬にて黒田官兵衛には伝えている。







「殿。黒田殿かと…。」







 左近が言う。







「そうだね。確定だね。」







 津久見は固唾かたずを飲みながら言った。







 自分が緊張しているのが、唇の小さな揺れで分かった。







 心臓の高鳴りもすごい。







「よし。降りるか。」







 と、津久見が言うと皆馬を降り、歩いて近づいて行った。







 すると官兵衛が杖を空に挙げそれを左右に振っている。







「何じゃ???」







 と、喜内が警戒する。







 中津城の城壁には兵の配置がされていない。







「空城の計…?」







 左近が呟つぶやく。







 空城の計くうじょうのけいは兵法三十六計の第三十二計にあたる戦術であり、あえて自分の陣地に敵を招き入れることで敵の警戒心を誘う計略である。 



 敵方に見破られた場合は全滅の危険性があり、心理戦の一種である。







 日本では、戦国時代において、徳川家康が窮地を逃れた際の事例がある。



 1573年、三方ヶ原の戦いで徳川軍は武田信玄率いる武田軍に大敗し、壊滅状態で浜松城に逃げ帰る。



 武田軍はこれを追撃するが、家康は「あえて大手門を開き、内と外にかがり火をたかせ、太鼓を叩かせた」ところ、それに警戒した武田軍は兵を引き挙げ、浜松城は落城を免れた。







「あの男ならやりかねないですね…。」







津久見が答える。







すると前方から







「お~い!!」







と声がした。







頭巾の男からだ。







「黒田殿か?」







左近が訝いぶかしめに言う。







「殿。気を付け…。」







と、左近が言いかけようと、津久見を見ると







津久見も同じ位、大きな素振りで手を振っていた。







「と…殿…。」







「お~い!黒田殿~。」







津久見は大声で言う。







「殿…。そんなお振舞は…。」







と、左近が釘を刺す。







「いや、左近ちゃん。こういう時は、思い切って相手の懐に潜り込むのも一つの手だよ。」







と、満面の笑顔で手を振っている。







頭巾の男の顔立ちがはっきり分かる程の距離に近づくと、津久見は







「黒田さんですね!!!」







「さん?治部殿。いかがいたしたか。」







「ああ。黒田殿。なんとお呼びしましょうか。」







「ん?なんでも良いわ。清正にはおじきと言われておるでな。ははは。」







「じゃあ。おじきで。」







「ん?お主もか?お主はそんな言葉を使う男とは思ってもみなかったがの。まあ良い。好きに呼べ。さ、中に入れ入れ。」







と、城の中に案内される。







脚が悪いのか杖をつきながらの歩みは、見るからにきつそうであった。







咄嗟に津久見は、官兵衛の脇を支えた。







不思議に思った官兵衛は







「ん?本当、人が変わったみたいじゃの…。」







と、また笑っていた。







津久見以外の石田方はどこに兵がいるかも分からない城への入城だ。







警戒心をさらに強めた。







しかし、案外何もなく、奥の間に通された。







「ささ、座れ。」







官兵衛は自分の特製のひじ掛けを正面に置き、肘を立てながら全員に座るように促した。







津久見は言われるがまま、座った。







左近、喜内、平岡らは辺りをキョロキョロしながら、ゆっくりと座った。







それを見ていた官兵衛は







「なんじゃ、おぬしら。ここに来て、わしが伏兵でもしとるとでも思ったか?」







と、左近達を見ながら言った。







「…。」







図星であるが、さすがにそれは言えない。







これも罠かもしれない。







すると、官兵衛が続けた。







「して、清正からは子細は聞いておる。内府殿との戦、和睦となったとか…。」







「はい。」







津久見が答える。







「その報は早馬にて聞いておったからの、わしも自分の銭で集めた軍隊で出兵しておったもんで、どうしよか迷っての、一旦ここ中津に引き返したわけじゃが…。」







「そうでしたか。」







「どうするつもりじゃ?」







表情は明るい。だが、その明るさが逆に不気味である。







「戦の無い、百姓・子供たちが笑顔で暮らせる、天下泰平の世を、豊臣家を中心に作って参りたいと思っております。」







「そうか、そうか。して、何故ここに来た。」







「いや、う~ん。家康さんとは、天竜川を境にこの国を二つに分けて統治していくという約定を致しました故、天竜川以西の大名家にその旨を説明しようと…。」







「わしが、天下をまだ狙っておると思っておるのじゃろ。」







官兵衛は遮るように言う。







「…。」







またもや図星である。







(ダメだ!この人は何もかも読まれてる…。)







津久見は焦りだした。官兵衛は続ける。







「その豊臣家は誰が支える??実質問題じゃ。今秀頼公は7歳位じゃろ。淀様か?毛利か?それとも…。」







官兵衛は溜めて言う。







「お主か?」







冷たい視線が注がれる。







「いや…。」







実際津久見は、今後の統治についてはまだ考え切れていなかった。



ただひたすらに平和を願って行動してきただけであった。



そこをこの男は鋭く突いてきた。







「お主は、死ぬべきであった。」







「なんと!!!」







左近が憤り立ち上がろうとする、が、津久見はそれを制した。







「お主は関ヶ原で負け、京の六条河原辺りで処刑され、内府殿が数年後には大阪を攻め、豊臣を根絶やしにする。そして、徳川家が天下泰平の世を作って行く。これが百戦錬磨のわしが考えた展望じゃ。じゃから、息子長政には、内府殿へ忠誠を尽くせと申してきた。」







官兵衛は脚がしびれたのか、脚の位置を変えながら続ける。







「されど、あの内府殿が和睦?わしは今まで、先を読んで外した事が無い。なのに、今回は的が外れた…。歳かのう…。」







官兵衛の表情に一瞬哀愁が漂った。







津久見はそれを見逃さなかった。







「いや、おじき。仰る通りに、この世の中、進んでいくはずでございました。長政さんの調略は素晴らしく、我が軍はいよいよ骨抜きにされておりました。さすがです。」







「ん?」







「しかし、その長政さんはもし東軍が勝っても…。」







「勝っても?」







津久見は一瞬目を閉じ、深呼吸をする。







そして、息を一思いに吐き、目を開け言った。

















「家康を殺し、あなたは上洛できたと思いますか?」









「な、なに!!?」







場の緊張感が更に増した。







いつもの津久見ならここで…。













いや、津久見の目はじっと官兵衛の目を見ている。











第48話 黒田官兵衛という男 底知れず 完
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