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第57話

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「う…。」







「お。起きられたか?治部殿。」







「ここは…?」







津久見は目を覚ますと、周りを見ながら言った。







中には、津久見に大館、左近の三人だけであった。







「大館様の屋敷でございます。」







左近が言う。







「大館さんの…?」







津久見はその部屋を隅々まで見渡すと、そこには様々な甲冑が飾られてあった。







「すごいですね…甲冑が一杯…。」







「そうじゃろ。」







と、大館は自慢げに言う。







「これがわしの新作じゃ。」







大館は立ち上がると、真新しい甲冑を叩きながら言った。







「新作…?」







「ふふふ。わしゃ、ずっと甲冑の研究をしておってな…。」







おもむろに大館はその甲冑を身に着け始めた。







津久見は驚き、左近の方を見る。







さすがの左近も驚きを顔に表していた。







津久見が今まで着ていた甲冑からは想像できないほど、軽い様に見えた。







それに、紐で結んでしめる様な箇所が極端に少ない。







あっという間に大館はその甲冑に身を纏ってしまった。







だが、少し大館の身体より小さく感じられた。







というのも、甲冑を着た大館が少し息苦しそうであった。







「すごいですね。」







「じゃろ。」







「大館さん…が、作られたのですか?」







「そうじゃと言ってるであろう。」







大館は着た甲冑を手の甲から舐めるように見ながら言う。







「我ながら上出来じゃ。」







ご満悦である。







「これはな、わしが義輝様にお仕えし…。」







「大館さん?」







「うっ。うっ。」







また泣き出した。







「大館さん…。」







津久見は困り果てた顔をしながら言う。







「殿~。」







大館は膝を崩して泣いている。







「そんなに好きだったのですね、義輝さんの事。」







「うっ。うっ。好き?そんなものじゃない!」







大館の涙は止まり、津久見を睨みつける。







「足利家は、清和源氏の一家系河内源氏の嫡流たる武家の名門であるぞ。尊氏様以来、この世の為に…。うっ。」







と、また泣き出した。







「…。」







津久見は聞いているだけしかできなかった。







「三好一派のせいで…。うっ。」







大館の鳴き声が、一段と大きくなる。







(三好…?三好三人衆か。そういえば、足利義輝は二条御所に押し寄せられ、壮絶な死を遂げたんだっけ…。)







津久見は天井を見ながら考えた。







「わしは、その襲撃の際、ここ堺の偵察で殿の元を離れておった。翌日に殿の死を聞いた時、わしは三好に単身攻め入ろうとしたが、周りの者に止められ…。うっ。」







「前に進めないんですね。」







津久見がそっと言った。







「な、何??」







「その時、義輝さんの元に一緒にいれば、守れたかも。または、一緒に死ねたかも。その念が、大館さんの心にずっと残って、前に進めずにいるんですね。」







「何。お前に何が分かる!」







大館は語気を強める。







「分かりません。」







「そうよの。だったら口を挟むでない。」







「ただ、大館さんの義輝さんへの想いは分かります。」







「何!!??」







「ここにある甲冑。全て、義輝さんの為に作った物ですよね。」







「な、な、なんと…。」







大館は慌てる。







左近は今一度、大館の纏っている甲冑、飾っている甲冑を見直した。







「あなたは、義輝さんに甲冑の研究をお願いされて以来、義輝さんの為に甲冑を作り続けた。軽くて、丈夫で、機動性のある物を。」







「…。」







「だから、ここにある甲冑は全てあなたの身体の大きさではない。恐らく、全て義輝さんの身体に合わせて作った。そして、義輝さんがお亡くなりになられて、何年も経った今、新作と言ったその甲冑も…。」







「…。うう。」







「あの時。御所を攻められた時、この甲冑を纏っていれば、と後悔の中、あなたは今日まで生きて来られたんじゃないですか?」







「…。」







大館は目に涙を沢山浮かべながら、津久見を見た。







津久見はゆっくりと頷くと、







「大館さん。今後は大きな戦は無くなります。言わば、地域の治安を守るために、機動性を重視した甲冑が必要になって来ると思います。その為に、甲冑の研究を進めてください。」







と、言うと津久見は立ち上がり、襖に手をかけた。







「私は、この世の大変革を行います。戦の無い世です。そこには、誰一人として置き去りにはしません。あなたが義輝さんを想う心があるのであれば、その想いを次の世の為に注いではいかがですか。」







津久見は襖を開けながら言う。







「世の中は常に変わる。付いて来れない者をそのままにしては私の「大一大万大吉」は果たせれませんから。」







津久見は最後振り返りニコッと笑うと一礼して廊下を歩き出した。







左近はうなだれる大館の肩をポンと叩くと、津久見の後を追いかけた。







大館の目には、涙の向こうに燃え盛る炎が宿っていた。







第57話 完
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