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第56話

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「ほれ、もう堺じゃ。」







 村上が指さし言う。







 指の先に広がる街は、やはりこの時代とは言え、他の街とは一線を画している、と津久見は感じた。







(この街…。ここを上手く収めてこその、日本の商業の発展がある)







 心でそう思ういながら、堺の街を船上から眺めた。







 津久見達が乗っている船より遥かに大きい船がズラリと並んでいる。







「すごいな…。」







 息を呑む津久見に、村上が近付いてきた。







「ありゃ、南蛮の船じゃな。桁違いのでかさと、性能じゃと聞いておる。」







「…。」







「なんじゃ、治部。吞まれたか?」







「…。いや。ワクワクしませんか?」







「ワクワク?」







「はい。だって、我々と同じ人間なのに、ここまで文明の違いがあるとは…。」







「同じ人間…かあ。わしゃあ、そうは思えんな~。肌の色も違うし、目の色も違えからの、わしゃあんま近づかんようにしておる。」







「そうですよね。珍しいですよね。」







 と、津久見は言いながら、港に停めてある一隻の大型船に目をやった。







 そこの船の先には、白地の旗の中に、盾のマークが施されていた。







「あれは、どこの国だろう。」







 この時代の旗や国旗は、津久見の現実世界の物とは違う。







 その片鱗を残す国旗もあるが、今の津久見には見ても分からなかったが、そこに大きなロマンを感じていた。







「さ、着くぞ。治部。用意してこい。」







 村上が歩き出しながら言う。







「あ、はい。」







 津久見は答えたが、暫くその国旗を眺めていた。







 ◆







「殿、では行きましょう。」







 左近が先に船を降り始めた。







「村上さん、ありがとうございました。この後はどちらへ?」







 と、津久見は村上に言う。







「一応、我々は毛利様のお抱えの水軍じゃでな、お主らの大坂での会議が終わるまでは、堺に停泊するつもりじゃ。」







「そうですか。じゃあ、また近々逢えそうですね。」







 と、言いながら津久見も下船していく。







「達者でな。」







 船上から、村上が言う。







 津久見は手を振ってそれに応える。







 津久見は笑顔のまま振り向くと、左近の背中にぶつかった。







「痛って。左近ちゃん。どしたの。」







 頭を抑えながら、津久見は言った。







「殿。お気を付けくださいませ。」







「どしたの?」







「あそこの陰に、先程から、我々を見ては隠れている者がおります故…。」







「えっ。どこ?どこ??」







 と、津久見はどんどん前へ進む。







「いや、殿、お気を付けくださいと…。」







 と、左近は慌てて、津久見の前に走った。







 やがて全員の下船が終わり、平岡が例の唐津焼を携え津久見の元へやって来た。







「殿。こちらは如何いたしますか?」







「ん?あ~それね。ちょっと、待ってて。ねえ左近ちゃん。どこ?」







 平岡には目をやらず、その男を探していた。







 すると、物陰から体の大きな男が、ヒョコっと顔を出した。







「あっ!あなたですね?」







「あっ!見つかった。」







 と、お互い声が出た。







 男は見つかると、分が悪そうに、街に逃げようとしたが、津久見が走ってそれを止めた。







「もし、どうされたのですか?」







「いや、私は…。」







 その男は見るからに武人の顔つきであるが、服装は少し変わっていた。







 流行りの南蛮の服とも、和服とも思えない、少し変わった服装であった。







 下はズボン。上はシャツの様な物を着ている。髪だけが武士のそれを残していた。







「お洒落ですね。」







 津久見はその男の身体を足から頭を舐めるように見ると言った。







「おしゃれ?」







「え、あ、う~ん。お似合いの服ですね。」







「これがか?」







「はい。なんだか…今の時代にもいそうな服装…。」







「今の時代?」







「あ~、いや。その最先端の服装で、なんか感心してしまいまして。」







「感心?わしがか?」







「はい。」







「そんな奴初めてじゃ。皆わしの事を『都落ちの狂い人』と言われるのに…。」







 と、その男は嬉しいのか、馬鹿にされているのか、少し困惑したような顔で言った。







「都落ち?都にいらしたことがあるのですか?」







「はあ。まあ、随分と前じゃがな。」







 今度は左近が口を挟んで来た。







「なにゆえ、そのようなお方が、ここ堺の港で、我々をジロジロと見ておったのじゃ。」







 左近は警戒しながら聞く。







「わしゃ、その、毎日ここに来ておるんじゃ。」







「何故?」







「ここはな、色々な人間がおる。特に南蛮の者達の持っている物・服が珍しいからの、毎日見に来て、観察しておるのじゃ。そこに、あの村上水軍の船が来たから見てたまでじゃ。」







「村上水軍とは、よくお分かりで。それであなたはどちら様で?先程、都落ちと聞きましたが。」







「聞く前に、お主らが名乗るが、礼儀じゃろ、まあ、その顔つきにその家紋と来たら、そこもとは島勝興殿と、石田治部殿と、お見受けするがの。」







「なんと。お分かりなられるか?」







「あ~。わしは、わしは…。」







 と、言うと男は何か、思い出すように泣き始めた。







「どうなされたのですか?」







 津久見が駆け付け、肩を抱くように言った。







「いや。わしは…。足利家の…。」







「足利家…???」







「義輝様~~~~。」







 と、言うと大声で泣き始めた。







「しっかりなされよ。義輝様とは将軍のか?」







 左近が言う。







「ひっ。わしは。ひっ。大館義実おおだてよしざねと申す。」







「大館…。」







 左近が小声で言う。そして、思い出したかのように言った。







「大館義実様とは、あの足利家にお仕えしていた??」







「そうじゃ。今は、ここ堺で隠居している身じゃ。」







(足利家…。)







 津久見は、思いもよらない歴史の名家の名を聞くと…













 久しぶりに白目を剥いていた。







 第56話 完
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