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番外編 こぼれ話

セレストとイアン④

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「セレスト!セレスト、待てって!」

イアンは焦っていた。タイミングが悪すぎる。よりによって、見られたのがあのタイミング。まるで、アヤに想いを打ち明けるイアンそのもの。
ザカザカ、走るまではなくても、かなり足早にセレストは先を進んでいく。
走れば追いつける。だが、イアンはしなかった。
おそらくそれをすれば、セレストは益々頑なになる。

何とか早歩きにとどめ、セレストの手首を掴んだ。振り払われはしなかった。

「セレスト……」
「アヤは………!!」
「は?」
「アヤは、光だ。女神の光の魔導。殿下の伴侶。お前が手を出して良い相手ではない!」

ガックリだ。何を言うかと思えば、セレストの口から出たのは嗜めの言葉。

「さっきのは違………」
「アヤは……光。殿下が惹かれた。誰もが惹かれる。だから、お前が惹かれたとしても、仕方ない」

まるで言い聞かせるかのような言葉だ。立ち止まり、俯いたまま、こちらを見ようともしないセレストに、イアンはだんだん腹が立ってきた。

「だから!違うっつってんだろがッ!こっちを…俺を見ろ!セレスト!!」
「ッッ!!!」

イアンは半ば強引にセレストを向き直らせた。驚きに声も出せないセレストを、ほぼ無理やり顔を上げさせる。

「……イアン」
「さっきのあれは……その、何だ……つまり、」
「いい。別に……お前が誰を好きになろうが、俺は、気にしな……「阿呆!気にしろよ!?気にしてくれよ?!
俺はお前が、なんてことになったらメチャクチャ気にすんぞ!?つうか、さっきもアヤにもそう言われて、想像しただけで気分悪くなったっての!」
「は?え?」

何の事か分からず戸惑うセレストに、イアンはガリガリ頭を掻き、

「だから!誤解だって言っただろ?お前に、好きだって言う練習してたんだよ!アヤが、自分をセレストだと思って言ってみろって!たまたま、運悪く、告白の言葉の部分だけ、お前に聞かれたんだ……クソ!メチャクチャ格好悪ィ……何だよ、この締まりのなさ。ちゃんと、お前には想いを伝えたかったのに………」
「……………………」

目を見開き、無言で固まるセレスト。

「セレスト?何か、言って………」

言いかけて、イアンはしまったと焦る。さっきも確かこれで………

「阿呆だ……」
「……………………」

今度はイアンが絶句だ。
またまたガックリしてしまう。セレストらしいと言えばらしいが……

「お前なぁ~……もちっと、言う事ないのかよ?」
「ない!」
「ひでぇ……」
「ひどいのはお前だろう?何だ、それは!?告白?ラシルフの前の休日に言いたい事がって言ってたのはそれか?だったら、そうだってハッキリ言え!回りくどくて分からん!アヤ相手に練習だと言ったな?光の魔導を私的な用事に付き合わせるな!お前は軍人としての自覚がないのか!?第一!そんな大事な事は本人に言え!俺は…………」

一旦言葉を切ったセレストが、静かに目を伏せる。

「いや……違うな。俺は卑怯だ。お前の気持ちも知らず、知ろうともせず。言わせず…聞く気もなく。それなのに、お前の気持ちが離れるのに、何だかモヤモヤして一方的に腹を立てた」
「セレスト……それって、、」
「早とちりするな。悪いが、俺もこの感情が何なのか説明できんし、理解できん。お前の事は……まぁ、おそらく多分嫌いではないとは思う」
「そこまできたら好きでいいじゃねぇか?!」
「そういう意味での好きか、分からんと言ってるんだ!」
「煮え切らねぇな。まぁ、嫌いじゃないんだよな?」
「あぁ…多分」
「多分はいらねぇよ。じゃあ、とりあえず付き合ってくれるか?」

手首を掴んでいた手を外し、イアンはセレストの手の平をそっと自分のそれで包み、ゆっくりと自分の口元まで持ち上げる。
やんわり触れた唇の熱と感触に、セレストがビクッと小さく戦慄く。

「イ、アン……」
「付き合うの意味は分かってるよな?恋人を前提にお付き合いしましょう?の意味だぞ?」
「分かっ、てる!イアン、手を………」
「ハイって言うまで離すのやめよっかな~……」
「お前な!普段、情けないくらい殊勝なクセに、こんな時ばっかり!」
「こんな時だから、だろ?アヤにも、ちゃんとしないとセレストを他の奴に取られるぞって言われたし」

余計な事を、とセレストがぶつくさ文句を言う。

「う、あ!ちょ、イアン!?」

口付けられた手の平をペロッと舐められ、セレストが慌てる。常にはないその狼狽ぶりに、イアンは面白くて仕方ない。

「わ、分かっ、た!分かったから、手、離せ!!」
「それは、俺と付き合うって事でいいってことか?」
「そうだ!付き合う!付き合うから、手を!!」

顔を真っ赤にし、ほとんど怒鳴るように言うセレストに、イアンは満足そうにニンマリ笑う。

「かしこまりました、長官殿」
「う…クソ!お前なぁ~…覚えてろよ」

言質げんちを取られ、涙ぐむセレストの目尻に、イアンは口付けた。
そのあと足を踏まれ、痛みに呻くことになるとも知らず………ーーーーーーーーーー




翌日ーーーー

執務室をノックもせず飛び込んでくるイアン。

「騒々しい、暑苦しい、行儀悪い」
「いきなりかよ…って、そうじゃねぇ!それはおいといて!セレスト!殿下が俺たち二人に休暇下さったのに、断ったってどういうことだよ?!」
「どういうもこういうも、そういうことだ」
「はぁ~?!断る理由ないだろが!」
「受ける理由もないがな」
「いやいや、あるだろが?!俺とちゃんと恋人らしくなるために出かけるとか、出かけなくても一緒にすごすとか!?」

必死に言い募るイアンに、セレストは目を見開く。

「何だよ?その反応……まさか!?」
「あぁ、悪いが、その選択肢は俺の中にはまったくなかった」

冷たくにべもなく言い捨てるセレストに、イアンはガックリ項垂れる。

「セレスト~、お前、俺の事好きなんだよな?」
「嫌いではないとは言った」
「セレスト~、ひでぇ」

いじけて情けない声を出すイアンに、セレストは一つ嘆息する。

「仕事中だ。シャキッとしろ!」
「セレスト~……」
「~~~~~~~~~~」

尚も言い募るイアンに、セレストは面倒くさいとばかりに、更に深く溜息をつく。

「分かった……じゃあ…」

イアンの耳に口を寄せ、ポソポソと言葉を吹き込む。途端、シャキッと姿勢を正すイアン。

「ホントだな?!セレスト!約束だからな?!」
「ちゃんと仕事したらな……」

情けない態度が打って変わり、イアンは意気揚々、やる気満々で執務室を出て行く。

「まったく……面倒くさい奴」

独り言ち。しかし、飴を与えるという前提で、イアンを懐柔したつもりだが、そういう風にしか今は甘えられない自分もまた面倒くさい奴だと、セレストは小さく苦笑していた。





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