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第1章 黒の双極 傾く運命は何処なりや
18.血より価値有りし②
しおりを挟む真っ赤に染まり上がる眼前。熱風と、奔流に目を開けられない。
「あっつ!な、んだよ⁈これ…ッ」
「魔導の炎…ッッ!しかも、これは、、」
チッという、ジオフェスの舌打ちが耳に届く。
熱風が若干緩まり、閉じていた目をそっと開いた。
俺とジオフェスを隔てるように、間にいるもの。鮮やかな緋色に先だけが金色と橙の炎のように揺らめく毛をなびかせた獣が一頭。
「シュ、、ライン?」
問うように呼びかけた俺に、赤い獣がゆったりと振り返る。ルビー色の瞳で見据え、グルルと応えるように鳴いた。
クリームがかった白い毛ではないが、明らかにシュラインだ。
「え?え?な、なんで⁈」
シュラインはカイザーの聖獣。突然、現れた意味が分からない。
それに…この姿は一体?
困惑する俺の耳に溜め息が聞こえた。
「炎帝……しかも、完全体?見るのは初めてだけど、反則的な魔導力だ、、!」
シュラインから発せられる魔導の余波を、ジオフェスが眼前に手の平をかざし、透明な盾のようなものを出現させ防いでいる。
いつの間にか、シュラインとジオフェスの間には、これまた透明な壁のようなものがあり、俺には一切余波はない。
「やっぱり、マヒロがその可能性は高い、、、か…俺としては願ったりだけど、厄介な護衛付きなのは誤算だな。完全体聖獣の相手なんて、骨が折れる以外何ものでもない」
ぶつけられる炎の塊を、ジオフェスが片手でことごとく弾き消す。
言葉ほど苦にしてるとも思えない。
こいつ……やっぱり、強い…一筋縄じゃいかない。
シュラインの炎を防ぎつつ、少しずつジオフェスが後退していく。
「ラ、ラインハルト様!!」
部屋の扉がバンッと開き、血相を変えた男が一人飛び込んできた。
「お逃げ下さい!赤の近衛騎士に踏み込まれました!」
近衛騎士!!
男の言葉に俺の体から一気に力が抜けた。
近衛騎士が来たなら、大丈夫。絶対に……来てくれる。
シュラインが力の放出をやめるのと、ジオフェスが深く溜め息をつき片手を腰に、片手で額を覆い目を伏せるのが同時。
「ラインハルト様!」
「無駄だな。炎帝が現れた時点で、策を弄しようともそも手遅れだ……そうだろう?カイザー」
ジオフェスの呼びかけに、扉からカイザーが入ってきた。
*
*
*
*
*
「カイザー……」
ホッとして小さく呼ぶ俺に、カイザーが確認するように一瞥を寄越し、ジオフェスを険しく睨め付けた。
「よく分かったな?ここ」
「マヒロが消えた時点で、蒼の皇国内における、赤への傾倒が強い主だった豪族の邸は抑えた」
「炎帝が現れ力を放出すると同時に踏み込んだんだ?さすがは、蒼の皇国が誇る近衛騎士隊長様だな」
「赤の特使が密命受けているのは分かっていた。特使を出し抜いて、お前がお前自身の思惑を持って動くとは思わなかった」
「目的のものが、血より価値あるもの。どんな高貴なものもこれに勝るものは無し、、なぁ~んて、分かっちゃったら、たとえかなり危険な賭けになろうとも動くだろ?」
「……………………」
無言で睨むカイザーに、ジオフェスが肩を竦める。
「その様子じゃ、お前だって薄々勘付いてんじゃないのか?マヒロは血脈なん……」
「ジオッッッ!!」
「っっ!!」
ジオフェスの言葉を遮り、カイザーが怒鳴る。射殺さんばかりな尖がった空気に、怒鳴られたわけじゃない俺の方がビクついた。
「黙って出て行け、ジオフェス!今回限りで目溢しだ。二度目はない!」
「ふ~、、ん?それは皇太子殿下の決定?なら、カイザーの気持ち的にはどうなんだ?愛しい相手に無体を働いた男を許せるわけ?俺は、国の言葉より、真の言葉が聞きたいんだけど、、、ねっ!!!!!」
フッとジオフェスの姿が消え、眼前に迫る。
不意打ちで捕まえに来る相手に、体が竦み、思わず固く目を閉じた。
目の前に立つ気配に、閉じていた目を恐る恐る開いた。
俺を守るように立ち塞がり、カイザーの剣がジオフェスに突きつけられていた。
同じく、ジオフェスの剣がカイザーに向けられる。
一触即発な空気に場が凍りつく。
喉がヒリつく。
「……イ、ザ、、、ッッ」
自分でも情けないと思うが声が震える。精一杯、辛うじて出た声で必死に呼ぶ俺に、ジオフェスが小さく笑う。
「お姫様も知りたいってさ?今、ここに居るのは誰?蒼の皇国が誇る双翼の聖獣騎士隊長様?それとも、大切な者を守りたいカイザー=ユグドラジェルという名のただの男、か?」
クスクスと挑発的に笑うジオフェスに、しばし無言の後、ゆっくり目を伏せ開き、ふぅっと小さく息をついたカイザーが口を開いた。
「両方だ」
「……………………ッッッ」
カイザーの言葉に、ジオフェスが目を見開く。
ギリリッと、何故か悔しそうに唇を噛み締めた。
「ほんと、やな奴だよ。お前……色恋に狂ったただの男の言葉が聞けたんなら勝機がまだあると思ったんだけどな。そんなの聞かされたら、欲に走った俺がただみっともないだけだ」
諦めの息を吐き、ジオフェスが剣を鞘にしまう。
「今日は引く……でも、マヒロの事は諦めない」
「二度目はないと言った…」
「なら守り抜け……誰にも奪われんなよ?」
言うだけ言い、ジオフェスが出て行く。
追わなくていいんだろうか?
目で問う俺に、カイザーが小さく頷く。
緊張が切れた。ふぅっと目の前が一瞬暗くなり、座ったままの体が前に傾ぐ。
ポスッと何かに受け止められ、閉じかけた目を開ける。
近い体。端整な顔も近い。
間近に迫る紺碧の瞳から目が逸らせなくなる。
「大切な者って……俺?」
「それ、は…」
違うって言われるんだろうか?
また、義務だと……
側にいれば、また訳が分からなくなる。気持ちがぐちゃぐちゃになり、自分で自分の気持ちが分からなくなる。これ以上ここにいたら、引き返せなくなりそうで、、、
離れたかったはずなのに。
目を見てしまったら、聞かずにはいられなかった。
困惑に揺れる瞳に、胸の奥がまたズキリと痛む。
迷惑がられんの分かってて、困らせるくらいなら聞かなきゃいいのに……
馬鹿だ……俺。
「ごめん……また、迷惑かけて。今のも、忘れ……ッ⁉︎」
言葉が切れる。
物理的にも発せなくなった。
視界いっぱいに広がる、ほぼゼロ距離の顔。
俺の唇は、カイザーのそれで塞がれていたからーーー
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