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第2章 聖獣妃

8.触れる熱①

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見開かれた黒い光彩を睨む。掴んだ手首は、肌は雨に濡れたせいだけでなく、驚くほど冷たい。
一体、いつからどれだけ外に居たのか?
頬を伝う雫は雨か、それとも……

「カ、イザー……」

小さく名前を呼ばれ、舌打ちしたいのを辛うじて堪えた。
勝手に腕の中から抜け出したマヒロにも、抜け出されたことに気づかず寝こけていた自分にも、どうしようもない苛立ちが募る。
クシュっと、微かにクシャミをし、マヒロが体を震わす。
言いたい事は山ほどあるが、今はそれより……

「カイザー……あ、の…わっ⁉︎」

グッと強く手首を掴み直し、無言で踵を返して屋敷へ歩き出す。

「カイザー…カイザーってば!痛いって!手、痛い!!」

マヒロの歩調に合わせることもなく、ザカザカと無言で引っ張って屋敷へと入る。
部屋へと入り、暖炉の前のラグへとマヒロを座らせた。

「カ……」
「シュライン!暖炉に火を点けろ!イライザー!とりあえず暖まるまでマヒロの傍にいろ!」

抗議の声を上げかけたマヒロを遮り、2匹の聖獣に指示を出す。
シュラインが吐いた焔が暖炉に火を入れた。
イライザーはマヒロに寄り添う。
それを見届けてから、衣装室へと向かう。
とりあえず、俺もマヒロもずぶ濡れだ。俺はともかく、マヒロは体が冷え切っている。
マヒロの服を取りに行くよりは、俺の物で補った方がいいだろう。
濡れた服を着替え、上下服と、ついでに寝台から敷布を剥ぎ取り戻った。
暖炉の前でうずくまるマヒロの前に、服をバサリと落とした。

「着替えろ…そのままだとカゼをひく」

着替えと俺とを交互に見て、マヒロが小さく溜め息をつき、ノロノロと着替えはじめた。
俺の服だ。マヒロには大きいが止むを得ない。
花実茶を淹れ、酒を少し落とした。
着替え終わり、敷布に包まるマヒロに持って行って手渡す。
両手で挟むようにして持ち見つめたまま、口を付けないマヒロに、今度こそ溜め息が漏れた。

「なんで外へなんぞ出た?何の為に傍にいたのか意味がないだろうが」
「ッッ!」

特にキツく詰問したわけではない。それでも、マヒロの顔に明らか怒りが湧く。
キュッと強く唇を噛み締め、無言で俯く。
聖獣妃である事が事実になり衝撃を受けたのか?
第一皇子に言われた何かを気にしているか?
おそらく……両方か?
ハァっと溜め息をつく俺に、マヒロがカップを床に置く。

「いいからとりあえず飲め。体が冷えているから、中からも温め……」
「………め、、よ」
「マヒロ?」

小さく聴こえた言葉が聞き取れず、名前を呼ぶ。
バッと振り仰ぐように俯けていた顔を上げたマヒロの顔は、怒りと悲しみに顰められていた。

「やめろよ!!」
「マヒロ…」
「血脈の次は聖獣妃?勝手な事ばっか言うなッ!俺…俺は、違うッ!そんなもんじゃない!」

包まっていた敷布を投げつけてくる。シュラインとイライザーが戸惑ってクルルと鳴いてマヒロから離れた。

「落ち着け、マヒロ」
「やだ!馬鹿ッッ!き、らいだ!どいつもこいつも、みんな嫌いだッ!」

宥めようと伸ばした手ははたき落とされた。
ほとんど駄々っ子だ。癇癪かんしゃくを起こしたように泣き喚く。
ハァッと溜め息をつき、強引に両手首を掴み、正面から視線を合わせた。
険しく睨む俺に、マヒロの肩が小さく戦慄き震える。

「泣き喚くな。落ち着け。話にならんだろう?」
「い、やだ…ッッ」

ギュッと唇を噛み締め、マヒロが顔を逸らす。唇に指で触れると、マヒロが弾かれたように顔を向ける。

「噛むな、傷になる」
「……ど、い」
「なに?」

聞き返した俺に、マヒロの顔がくしゃりと歪む。

「優しくすんな!!俺のこと、なんとも思ってないくせに!聖獣妃が必要なだけなんだろ⁈」

目端に涙を浮かべたまま、マヒロが叫んだ。
あまりな勢いに、言葉をなくして思わず怯む俺に、マヒロが更に顔を悲痛に歪める。
掴まれた両手首を外そうと、マヒロが身動ぐ。

「な、んだよ!俺の意思なんか無視して……」
「何を言われた?第一皇子に」

恐らく、俺に向かい勝ち誇ったように言ったあの言葉。あれに近いか、それに付随する言葉。

「も、いい……言いたくな…」
「マヒロ!!」

諦めたように逃げを打つマヒロに苛立ち、強く名を呼ぶ。ビクッと体が震え、首を竦めるマヒロ。
叱られた子どものようにシュンとしてしまった様に、小さく息を吐き、気を鎮める。
自分より遥か歳下の青年に何をしてるのか…
怯えさせてどうするんだ?
震える肩が目に映り、罪悪感に襲われる。
掴んでいた両手首から手を離す。
ヒクンと小さく戦慄わなないた背中に手を回す。

「カイザー……?」

ふと顔を上げたマヒロの、涙に潤んだ目を見た瞬間、俺の体は反射的に動く。
殆ど奪うように、その唇に口づけ深く吐息を奪っていた。









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