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78 駆け登る風

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 変貌してしまった牢獄代わりのゲーム空間の詳細は、今だガルド達には分からない。しかしフロキリ時代を引き継いでいるのであれば、この世界は「オープンフィールド型」のはずだ。ワールドではないため、エリアフィールドの境目がある。
 「飛べない時の移動手段、あってよかった」
 目の前に広がる道の突き当たり、突如現れた木製の柵囲いを見ながらガルドは呟いた。フロキリの頃からあまり好きではない移動手段で、最初に一回こなしてしまえば卒業できる通過儀礼のようなものだった。今はこの存在に感謝までしているが、以前は「データの無駄」だと文句をつけた程、ガルドにとっては苦手な移動手段だ。
 「それな。ファストトラベルでしか移動できないってゲームだったら詰んでただろ」
 「そーいうのはホラ、街の出口でさ、一覧で出てくる行き先とか選択するじゃん。それだったら逆に今こんなことしてないよ……一瞬だよ……」
 夜叉彦はどこか遠くを見ている。十年いかない程度昔のゲームではメジャーだったタイプで、夜叉彦が青春期にやり込んだMMOの移動方法だ。
 「いちいち街はずれまで行って、地図広げて、カーソル当てて、だろ?」
 口では批判的だが、そう話す榎本もどこか懐かしむような笑みを浮かべている。夜叉彦も「うんうん」と楽しげに頷き、ジャスティンも同調した。
 「懐かしいなぁ!」
 以前ならここで「ああ」と同様に同意していただろうが、若年であることが知られているガルドは素直に感想を言うことにした。
 「めんどう」
 本当にガルドはそう思った。しかし、仲間たちが共通の話題で楽しそうなのが面白くなかったというのも本音である。
 「おお、そう思うか? 俺が生まれる少し前はな、オープンワールドもオープンフィールドも珍しかったらしいぞ」
 ジャスティンが昔話をはじめる。
 <雑誌で読んだことあるー>
 ギルドのチャット画面にメロの声が上がった。そこにジャスティンが「クリエイターの備忘録だろう?」と雑誌の内容に興味をしめす。
 <そうそう。何十周年か忘れたけど、大御所ディレクターの思い出話のインタビューね。入社当時の話題であがってたよ。質を下げずに容量はコンパクト、って頑張ってたんだって>
 「フッ、ゲーマーの基礎教養だな。フロキリがワールドではなくフィールドになったのは、フルダイブ技術の黎明期タイトルだからだ。容量の問題だからな」
 こういった知識の話題では、いつもマグナがいきいきと語りだす。またはじまったぜ、といった意味で榎本が顔をへにゃりと歪ませたのを、ガルドはアイコンタクトだけで同意した。
 「で、ガラッと変わる各フィールドを馴染ませるために、こんなもの作ったってわけだ」
 「世界観の再現のためだ。創作者は容量削減こそするが、手間ヒマを削減することなど無い!」
 「少しは手ぇ抜いてもいいだろ……つーか銃だのエンジン付きのボートだの、金属製のカタパルトまである世界だぞ。リフトぐらいあったっていいだろうが」
 榎本がそう文句を言いながら、しかし嬉しそうに柵の中を見る。巨大な滑車が二つ、地面に寝かせられた状態でぐるぐると回り続けている。規則正しい金属の駆動音がずっと響いている中での会話だった。
 「リフトは空中、こいつは雪上。それだけだ。ほとんど同じだろう?」
 「同じじゃねぇよ、同じだったら酔わねぇだろ」
 そう言って榎本は笑みを反転、嫌そうな表情に変わる。そして「なぁ?」と同意をガルドに求めた。
 「……ああ」
 「こればっかりはしょうがない。諦めよう!」
 「ジャスは車酔いしないんだろ?」
 「うむ!」
 「諦めるの俺たちだけだろうが、それ」
 「まったくだ」
 榎本の文句に同調する形で、ガルドも文句を言った。あまりこうした時に不満を口にするタイプでは無いのだが、思わず言いたくなるほど不公平だと思っている。
 <えへへ、やっぱ今回留守番でよかった~>
 「くっそ……」
 メロの文字チャットが流れ、榎本がその文字に舌打ちをした。メロがこの場にいないことを喜んでいるのは、もちろん仲間だからだ。同士の不毛な争いは避けたい、とガルドは榎本に事実を打ち明けた。
 「榎本、メロは『吐き気同盟』。境遇は同じだ」
 「なんだそれ」
 <ロンベルで乗り物酔いする奴集めて、同盟つくろうと思って……まだメンバー募集中なんだけど>
 メロがそう告げる。榎本は歩行スピードそのままに、心底あきれた声でバッサリ切り捨てた。
 「……くっだらねぇ」
 <くだらなくないよぉ! 大真面目だよ!>
 「榎本、お前も『同盟入り』しろ」
 「多くない枠をそんなのに使うのもったいねぇ」
 「まさか? 百枠あるだろう」
 フロキリでギルドよりも緩い繋がりとして使われる同盟システムは、一人で百枠使用できるようになっている。ガルドも誘われればすぐ同盟入り、つまり加入するようにしており、それでも五十以下程度で留まっていた。
 「百なんて」
 言いかけた榎本を被せるように文字のメッセージが現れる。
 <あっちゅうま!? うわー節介なしぃ!>
 「ま、まだあと八くらいは残してるって!」
 「八? 九十二は加入済みってこと?」
 「同盟のメッセージ画面、どうなってるのさ。タイムライン形式だろ」
 「オフ用のに比べりゃゆっくりだからな」
 「へぇ……」
 「つくづく榎本ってさ、ゲーマーじゃなかったら渋谷が拠点になってただろうね」
 「もしくは歌舞伎町」
 「おお、錦糸町もよかったぞ。安かった!」
 「歓楽街を聞いてる訳じゃないからな、ジャス」
 「行かねぇよ! 俺が行くのはろっ……」
 言いかけた榎本がピタリと止まり、不自然なほどゆっくり、ガルドを視界にいれようと振り向いた。
 「六本木」
 言葉の続きを知っているガルドは、固まった相棒のかわりに代弁してやった。六本木、上野、麻布、東京駅・銀座エリア。新宿は三丁目の方角。たまに赤坂や新橋など。表参道も行動圏内。用途によって街を使い分けていることも知っている。もちろん、六本木のストリートに建つキラキラとした店がなんなのか、分からない歳ではなかった。
 数年の付き合いで何度も話題になっている。知らない訳がない。
 「あ、ああ。六本木とかな。そう」
 気まずい様子で肩を縮こませて前を行く榎本に、ガルドは以前から思っていた事を切り出した。
 「……二十歳になったら」
 「ん?」
 「つれてけ」
 「……な、なん、え!?」
 驚きのあまりあんぐりと口を開けた榎本を放置し、ガルドは覚悟を決めた。目の前で低い駆動音を立て続けているロープリフトに近付く。
 「つ、つれて……あ、バーのことか? そうだろ、イタリアンバルとかだろ? な、おい!」
 「どこの事だと思ったのやら」
 「ははっ、ガルドのお茶目も出てきたし、そろそろ行こうか」
 「……もしかしたら本当にアッチなんじゃあないのか?」
 <そりゃジャスの好みでしょー。ウチもススキノなんて随分行ってないよ?>
 「む、楽しいだろう?」
 <ふつう結婚したらすっぱり行かないもんなの!>
 「おいガルド、ガルド! 先に行くなよ! おい!」
 後方でやんやと聞こえる声に笑いながら、ガルドは意を決してロープのタイミングを図り始める。滑車で永遠と回され続けているロープは、丁度ガルドたちヒューマンアバターの腰の辺りに来るよう調整されていた。それが雪山の斜面に這うようにして渡され、頂上まで続いている。
 ロープには、腰に宛がうような金属の板が一定間隔に付けられていた。ここに体を滑り込ませ、ロープに牽引される仕組みになっている。
 ロープリフト、という名前の装置だ。榎本の言う通り技術的にはリフトに近い。あえて乗客の足に滑走させようとした開発スタッフの狙いが見て取れる。
 「お先に」
 ガルドは開発者を恨んだ。非常に酔うのだ。リアルのロープリフトは全く酔わないらしいが、フロキリだと不思議と酔う。過去、ガルドは思わずログアウトしてしまうほど酷い乗り物酔いに襲われた。嫌な思い出である。
 二度と乗りたくなかった。そう思いつつ、行った背もたれと来る背もたれのタイミングに合わせてロープをキツく掴む。
 引っ張られる。少し手を緩めてやると、すぐに背もたれが背中に来た。そのまま勢いよく腰ごと、腹ごと引っ張られるように持っていかれ、置いていかれる上半身をロープを頼りに前傾させた。
 「んっ!?」
 急激な加速感。
 勢いよく雪山を登らさせられている。足は雪山の上を滑るようになめており、ゲームシステム上ただの位置移動だと処理されているらしい。雪の塵は舞っていない。
 そんな中ガルドは、半ばパニックだった。
 「んなぁー!?」
 踏まれた猫のような悲鳴をあげたのは、すぐ後方の榎本だ。その直後文字チャットが慌ただしく飛んでくる。
 <なんだこれ!>
 <なにもぅ、みんなして阿鼻叫喚でびっくりするんだけどー>
 のんきなメロのコメントに答える余裕は、ガルドにも仲間たちにもなかった。
 <ひょー! ジェットコースターだー!>
 テンションの高い夜叉彦のコメントが、能天気に踊った。


 この世界をフロキリと思ってはいけない。心臓がいくらあっても足りない。ガルドはそう思い直しつつ、逆に現状の変化で乗り物酔いにならなかったことを安堵していた。
 フロキリ時代、ロープリフトに関わらず「加速感」というのは無かった。世界は移動すると天動説よろしく周囲の風景が動く。自分に風を切るという感覚は無い。それはフロキリだけでなくほとんどのフルダイブゲームがそうだった。
 重力感や加速感が実装されているのは、指定されたコースを戦闘機や車で走るレースゲーム、箱庭のなかで戦い合うロボットアクションゲーム、そしてスポーツシミュレーションゲームくらいだ。つまり容量を喰う。フロキリのようなオープンフィールドでの、武器も多様で敵も多様なアクションゲームではまず不可能だ。五年スパンでの開発リーク情報でも、この分野は進歩がないとされている。
 <ありえん……ありえん……>
 ジャスティンがそうぶつぶつとコメントをあげている。気持ちはガルドにも理解できた。ずっと後方のロープにしがみついているだろう彼の顔は見えないが、チワワのようにぷるぷる震えてショックを受けているだろうと想像できる。久しぶりの「思考停止ジャスティン」だ。ガルドは小さく笑った。
 <なになに、なーにー!?>
 メロが状況を理解できずに説明を催促してくるが、誰も答えられる心理状態ではない。チャット形式で流れるため、様子を画像や動画で見られる訳ではない。悲鳴やぼやき、ガルドの微笑だけが状況を伝えている。
 <すっっごいよ、メロ! 楽しい!>
 <ああ。酔わない>
 <えっ、気持ち悪くないの!? てか楽しいってどういう状況?>
 あれだけひどかったはずの乗り物酔いは全く気配が無い。それどころか、景色を楽しむゆとりまで出てきていた。雪が勢いよく前方から顔に叩きつけてくる。その合間に見える針葉樹林が黒い影のようで、あっというまに消え、また視界に現れる。
 まるで雪山を駆け登る狼のような目線だ。空中散歩のリフトも眺めが良くて好きだが、接地しているのもなかなかガルドの好みである。特にこの「加速している感覚」が良い。そのことに疑問を持つ前に、とにかく今はロープリフトを楽しんだ。
 <これはなんだ? 本当にリフトで上がっていく……加速感があるぞ>
 だいぶ落ち着いた様子のマグナが文章でそう飛ばしてきたが、ガルドはそれを視界の端に一旦どけた。頂上まであと数分で着いてしまう。その前に森を迂回するべくルートが右に大きくカーブする。その重心移動を心待にした。
 雪の合間に、太陽の鋭い輝きが差し込んでくる。目を細めながらそちらを向くと、視界不良で分かりにくいが、鳥が同じ方向に飛んでいるのが見えた。尾がパトランプのように赤く警告的な光を引いており、ただの鳥ではないと自己主張している。
 「……サステナフェニクス」
 向かっているエリアよりも南西に据え置かれた大型モンスターだ。見た目通りの火属性で、何度も退治した定番の敵だった。
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