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カティの婚約

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 その日から数日、カティはエドヴァルドの執務室の椅子に座って考えこんだり、じいじのもとに行ったり、今は一児の母となったミンミに会いに行ったりした。
 そして、ヴィクトルに婚約を謹んでお受けしますと伝えた。

 ヴィクトルは非常に喜んでくれ、その日はゆっくりと一緒に過ごした。
 後日、改めて二人で陛下に報告しようということになり、カティは退室した。

「あ、せっかく刺繍したのに!」
 ミンミに苦手な刺繍を教えてもらい何とかハンカチにローベンス国の紋章を頑張って刺繍したのに、緊張とはずかしさですっかり忘れてしまっていた。
 ヴィクトルに渡そうと再び戻った時、ヴィクトルと側近の話し声が聞こえてきた。

「彼女やっと落ちましたね、子供のころから手懐けていたのになかなか頷かないしやきもきしましたよ。これでヴィクトル様も公爵ですね、おめでとうございます。」
 王太子以外はどこかの貴族と政略結婚をして、婚家の爵位を継ぐことになる。
 もう一つの公爵家が取り潰された今、カティと結婚しなければもっと下位の爵位になることもあり得た。
「・・・。そういういい方はやめないか。」
「申し訳ありません。でもおかげであの稀少な治癒魔法を王家の手の内に囲うことが出来たではありませんか。ヴィクトル様の影響力も強くなりますよ、本当に利用価値の高い令嬢ですからね。」
 治癒魔法は内密にしていたが、エドヴァルドがいなくなってからヴィクトルや騎士が怪我をしたり、王妃が高熱を出したときになど惜しみなく力を使ってきた。一応口止めはしたもののどこからかは漏れていく。
 不愉快な側近の言葉にヴィクトルは内心イラついた。
「治癒魔法は確かに稀少だ。だが囲い込みも利用するつもりもない。私と婚姻を結べば彼女を守ってやれる。」
「わかっておりますよ、ですが治癒魔法を手に入れることが出来ればとおっしゃってじゃないですか。こうなるとユリ公爵が亡くなったのは僥倖でしたよ。溺愛は有名でしたからね、生きていれば婚約は無理だったでしょう。バートランド国様様ですね。」
 こいつは仕事だけは優秀だが、どうやら本性を見誤っていたようだ。
 治癒魔法があれば騎士や兵たちの心のよりどころにもなる、しかしその為だけにカティを望んでいるわけではない。
 カティと婚約するからにはこの男は遠ざけねばならんなと思った。
「・・・。確かに、公爵がご存命ならお許しいただけなかっただろうな。」
 だが、命を懸けてこの国を守った英雄に何という言い草か、と叱責しようとしたとき、ドアがノックもなくバーンと開いた。

「カティ?どうしたの帰ったと・・・」
「さっきの婚約の話は撤回いたします。もう二度と公爵邸に顔を出さないでくださいまし!特にそこのハートはげ!」
 カティは一礼するとドアが壊れるほどの勢いで閉めた。
「カティ?!」
 ヴィクトルはすぐに追いかけたがすでにどこにもカティの姿はなかった。

 その日から、公爵邸には強力な結界がかけられ王家からの使者も手紙もはじかれるようになった。カティ自身もあれだけ足しげく通っていた王宮へ一切姿を見せなくなった。
 国王と王妃は娘のように思うカティが一体どうしてしまったのか心配になったが、ヴィクトルから話を聞いてヴィクトルの側近に腹が立った。
「もちろん外したんだろうな。」
「はい。仕事は出来たのですが・・・彼もおそらくカティとの婚姻を狙っていたと思われます。なので腹いせのように嫌味な言葉を止められなかったのでしょう。」
「カティちゃんに手紙は渡せたか?」
「エンヤ殿に頼みました。誤解であることも説明しましたが・・・返信はありません。彼女が傷ついているかと思うと・・・申し訳ありません。」

 そしてカティは落ち込んで泣いているかと思えばそうではなかった。
 あの時は、「バートランド様様」、「エドヴァルドが死んでいてよかった」と側近が言い、ヴィクトルの同意したような返事を聞き、かっとして婚約を取り消し、転移で屋敷に戻ってきた。
 しかし、ヴィクトルがカティの事を利用するつもりで手に入れようとしているは思わなかったし、エドヴァルドの事を死んでよかったと思っているわけでないこともちゃんとわかっている。この10年側にいてヴィクトルの事はよくわかっている。
 側近とかいうあの特徴のないどこから見ても平凡なあの男がどういうわけか悪意があった。
 平凡すぎて次に会っても分からないから、魔法で頭のてっぺんを奇麗なハート形に毟っておいた。これで誰からもすぐ覚えてもらえるだろう、感謝してほしい位だ。

 しかしあれを聞いて、貴族社会の裏を垣間見た気がした。
 笑中に刀あり。表面的にはきらびやかで優雅で笑顔で相対するが、その実、隙を見せればいつ足元をすくわれるかわからない。
 王族と結婚となればさらにそういう腹芸が必要になり、政略、陰謀に立ち向かわなくてはならないだろう。自分にはどう頑張ってもそんなことは出来ないと思った。
 側近から悪意を向けられたように身近な相手とでさえ駆け引きは日常茶飯事な世界。特にカティには秘密が多く、これを王族にすべて知られることはリスクが高いかもしれない。
 異世界の知識も然り、この世界にないバリアも転移も、重力操作も・・・望む魔法を生み出せることはエドヴァルドとエンヤ、レオとミンミという限られた者しか知らない。
 前世の事や転移は以前ヴィクトルに告白したが、他の能力を王族に知られるとそっとしてくれるとは思えない、世界の均衡は崩れないのか、争いのもとにならないのか心配になる。
 もちろんヴィクトルは信用している、しかし国の有益になると分かっていて王族のヴィクトルに知らぬふりを強いるのは心苦しい。
 そしてカティ自身が一切隠し通す自信は皆無だ。

「ごめんね、ヴィ―。やっぱり婚約できないよ。考える余地を与えてくれたハートはげに感謝しなくちゃ。」
 そしてカティはヴィクトルに丁寧にお詫びと、他の令嬢と幸せになって欲しいと手紙を書いた。

 公爵家の将来の事は国王に任せようと思う。出来るかどうかわからないがヴィクトルがユリ家に養子に入り、自分の兄として公爵家を継いでくれればいい。自分は公爵家を出てバートランド国のエドヴァルドの側で静かに暮らしていこうと決意した。
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