万人の災厄を愛して

三石成

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第一章 竹林の家

二 日常

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 松柏組の者に見つからぬよう嶋の家を出て、帰宅できたころには昼時を過ぎていた。鹿毛の世話もそこそこに昼餉の支度をはじめたが、藤を待って腹を空かせていた浄の機嫌は悪い。といっても、本気で怒っているというわけではない。

「市にいる女と話すのが、そんなに楽しかったか」

 などと、唇を尖らせながら恨み言を述べている。整った顔に浮かべる子供っぽい表情は、妙に愛嬌があった。藤は幾度も謝罪の言葉を口にし、浄を宥めながら、買ってきた米を炊き、姫鯛をさっそく捌いていく。

「これは刺し身にしたらすぐに食べられるものだから。好きだろう、生魚」

 説明しながら、手入れの行き届いた刺し身包丁を、姫鯛の透き通った身へ入れていく。

 浄は、はじめ台所の後ろをうろうろとしていた。しばらく、滑らかな手つきで食事の支度を進めていく藤の背を見つめ、それから背後から腕をまわして、抱きしめた。

「こら、浄。危ないから」

「血の匂いがする」

 やんわりと腕を押しのけようとした藤だが、浄の鼻先が首筋に押し付けられ、囁かれた言葉に体の動きを止めた。犬並みの嗅覚だ。

 「村でなにかあったのか?」と問いかけられ、藤は一瞬の逡巡の後に息をついた。

「……いや、村で強盗殺人があったという噂を聞いて、気になって、その家に忍び込んでみただけだ」

「どうしてそんなことを」

 まっとうな反応だ。

「ただの興味だ。その強盗目的の平凡な殺しが、どんな手際で行われたのかと」

「へえ、それでどうだったのだ? 腹を空かせた俺を放っておくほど、興味深かったか」

 当てこすられる言葉に、藤は笑う。

「もう遺体は片付けられていて、よく分からなかったな。ただ、けっこう出血痕があったから、なまくらで斬りつけたのだろう」

 すらすらと嘘を答えながら、藤は浄をくっつけたまま、二人分の昼餉をつくった。浄は人の嘘を見抜ける性質たちではない。支度を終えると、変わらず腰に回されている手を軽く叩く。

「もう良いだろう、まずは食事にしよう。わたしも腹が減った」

 浄の彫刻めいた顔は表情を変えなかったが、するりと腕の拘束が解かれる。藤は米と刺し身をそれぞれ皿と椀に盛り、居間に運ぶと箱膳に乗せる。

 浄と藤はこの家の四つの部屋を、縁側を下に見て左下を寝室とし、土間にある台所に隣接している右上を居間として使っている。

 居間の畳の上に置いた二つの箱膳を挟んで、向かい合う形で食事をする。

「今日はこの後どうする」

 藤は箸を丁寧な手付きで動かしながら、刺し身と米を口へ運んで問いかける。

「竹細工をつくる」

 浄も美味な刺し身を食べて機嫌が戻った。落ち着いた声で返事をする。浄の声質は滑らかで、腰に響くように低い。

 食事の用意や掃除洗濯といった、家と生活のことは全て藤がやっている。けれども浄も、日がな一日縁側で寝転がっているわけではない。彼は周辺に山程生えている竹を用いて、竹細工をつくっている。制作に取りかかるのは気が向いた時だけなので、そう多くのものができるわけではないが、できあがったものは市で売りに出せる程に質が良い。

 藤が買い出しで使っていた竹籠も、浄がつくったものだ。

「もうそろそろ竹材がなくなりそうだろう」

「ああ……確かにそうだったかな」

 藤が問いかけると、浄は曖昧に頷いた。同意はしたものの、記憶していないからだ。

 竹細工をつくる時の手先の器用さとは裏腹に、浄は基本的に大雑把な性格だ。資材がどれだけあるか、などということを把握して事前に用意したり、生活したりはしない。

「伐採して、裏に置いておく。油抜きは明日するから」

 藤が告げると、浄は特に気にする様子もなく、またこくりと頷いた。真剣な様子で姫鯛を食べている。

 竹は伐採後、すぐ細工には使えない。陰干しした後、余分な水分や油分を除去する、油抜きという作業が必要になる。竹全体を猛火で均一に炙っていくのだが、これがけっこう手間のかかる作業なので、そういったものは藤の役目だ。

 二人はその後特に会話をすることもなく、黙々と食事を終えた。

 米を食べ終えた後の椀で白湯を飲み、手ぬぐいで拭って、食器を箱膳の中に片付けると、台所に戻す。

 片付けを終えると、浄はすぐさま自主的に隣の部屋に移って、竹細工制作に取り掛かった。縁側を下に見て、右下が浄の作業部屋だ。

 藤もまた家を出る。

 先程話していたとおりに竹を伐採するのだが、その作業の最中、用心深く周囲を見回した。葉の落ちた地面の様子と竹の生え具合を確認し、異変がないことを確かめる。

 朝に藤が通っていった道はいわゆる獣道で、舗装された道があるわけではない。自分以外の者の通行があれば、藤にはそれがわかるようになっていた。

 藤は周囲の枯葉を持ってくると、いつも使っている玄関へと繋がる道の上に被せて、跡を隠す。さらに元の獣道から枝分かれさせるように、家の方向へ竹を五本ばかり伐採した。そうすると、自然とそちらへ向かいたくなるような、広めの新たな道が生まれた。下に落ちていた枯葉もどける。

 新たな道を整備し終えると、今度は先程隠した獣道を辿る。足跡を残さないようにしながら家へと近づき、家の様子が伺える辺りで足を止めた。

 藤は工作を始める。伐採した竹の一本を割って、幅二寸程の竹材を切り出すと、両端を地面に打ち付け埋める。その蹄鉄形に曲げた竹の反対側には、これまた地面に埋め込むように岩を置いた。

 藤はその後、鹿毛を連れて来た。鹿毛の力で付近に生えた竹をしならせ、先に金属を編み上げた鉄糸をくくると、鉄糸の先を輪状にして結ぶ。

 その輪を地面に垂らすようにしながら短い竹棒に巻きつけて、地面に埋め込んだ蹄鉄型の竹の方にひっかける。さらに、それを固定するようにもう一本の竹棒で、岩との間に突っ張らせる。この岩と蹄鉄型の竹の間に突っ張らせた竹棒は、上に引っ張られる力には強い。だが、横からの力には弱く、何かが当たればすぐに外れるようになっている。

 道を歩いてきた者が、あやまって突っ張らせた竹棒を蹴飛ばすと、ひっかけられていた仕掛けが外れて竹のしなりが戻る。鉄糸の先に作った輪は通行者の足首を縛り、そのまま宙吊りにするという罠だ。

 本来は猪などの動物をとるための罠の構造だが、太い竹のしなる力は強く、人間の体も軽々と持ち上げてしまう。足首を縛るのも、ただの綱ではなく鉄糸にしているため、自力で綱を切って脱出することも不可能になっている。

 一通りの作業を終え、藤は伐採した長く太い竹を軽々と担いで、家の裏手にまとめて置いた。作業を手伝わせていた鹿毛を厩に戻し、短い体毛をくしけずって拭いてやる。厩の中を掃除して飼葉と水を与え、寝藁を整える。

 それから家へと戻ると、今度は水回りの掃除に取り掛かった。

 藤は、日毎に掃除する箇所を決めている。定期的な清掃と手入れがされた家の中は、隅々まで清潔で居心地が良い。これは藤の几帳面な性格によるものだ。

 そうこうしているうちに日が暮れてきて、藤は台所の掃除を終えると、夕餉の支度をはじめた。

 米を炊き、昼間残していた姫鯛を煮付けにして、油揚げの味噌汁をつくる。煮付けと味噌汁の匂いが家の中に漂い出した頃、作業部屋から浄が顔を出した。

「竹細工は作り終えたか?」

 米を椀に盛りながら、藤が問いかける。

「ああ、まあな」

 浄の返答はいまいち歯切れが悪い。浄は普段から、進捗が悪くともそうはっきりと口にする。違和感に、藤は少しだけ首を傾げた。だが特に追求はせず、支度を進める。

「冷めないうちに、夕餉にしよう」

 居間へ食事を運びながら声をかければ、浄は素直に出てきた。昼と同じように、箱膳を挟んで向かい合う。

 近所付き合いとは無縁の、誰が介入するでもない穏やかな生活と、静かな食事風景。これが、二人の日常だった。
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