万人の災厄を愛して

三石成

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第二章 二人の過去

一 骸

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 寿から語られた衝撃の事実に、藤は声を発することもできなかった。何かを言いかけて開いた口のまま、一瞬時が止まる。

 組の大隊長が、自身の所属する組の副組長を殺すなど、ありえない事態だった。

「まさか」

 ようやく絞り出せたのは、その一言のみ。

「俺もそう思ったものよ。まさか、とな。孫の側についていた衛士がすぐさま浄を討とうとしたが、四人全員返り討ちにあった。おれは報告を聞き、大事になる前に浄の罪は一時不問とした。混乱が起きぬよう、孫の死には箝口令かんこうれいを敷いてある。頃合いを見計らって戦で亡くなったことにするが……問題は浄よ」

「浄大隊長は朝廷にくだったのか?」

「いや、ただ依頼を受けたからと、のうのうと言っておったわ。朝廷が、何故おれではなく孫の殺害を依頼したかは謎のまま。浄も殺害依頼をされた理由は聞かなかったらしい。衛士は斬りかかられたから仕方なく殺したと」

 尋常ではない事件の上、その浄の言い分も常人には理解できないものだ。呆気にとられている藤を見ながら、寿は話を続ける。

「浄はそういう男よ。おれはそれを知っておった。問題を先送りにしていたが、もう見過ごせん。あれはな、いずれ万人の敵になる存在だ。ここで殺さねばならん」

 急に壮大になった話に、藤は僅かに疑問の表情を浮かべた。反して、寿は熱が籠もったように体を藤の方へと乗り出す。

「頼まれれば、本人の判断や義理人情もなく、誰でも殺してしまう。そんなものは人間ではなく、ただの化け物だとは思わんか? 現におれは今、あいつを持て余している。殺そうにも殺せぬ、情でも法でも縛れぬ者を、万人の敵と称する以外に何と呼べば良い」

 寿の抱える問題と状況を理解し、藤は声を潜める。

「どうしてその暗殺を、わたしなどに依頼する。今すぐ、そこにおられる冠さんへ浄大隊長の処刑を命じれば良いではないか」

 藤は、寿の側に控える冠を見ながら問いかけた。すると、今まで無表情を保っていた鉄面皮の冠の表情が、ほんの僅か苦くなる。

 寿は前に乗り出していた身を戻し、再び脇息に凭れた。

「率直に言えば、浄と真正面から戦って勝てる者は、白虎にはおらん。処刑すると言って素直に従う訳もなし。あやつを討とうと思えば、どれだけの犠牲が必要になるかも、はかり知れぬ。ならば暗殺となるが、忍といえば六堂が天下一。そこで、六堂の忍であり、冠も実力を認めるそなたならば、やり遂げてくれるのではないかと思ったのよ」

 言葉に、藤は軽く笑った。

「なるほど。わたしが失敗して返り討ちにあおうが、白虎にとって何の痛手にもならんということか。だが、わたしがおとなしくその依頼を受けるとでも? ここから出たら、わたしはすぐさま六堂へ帰るぞ」

 ならばここで死ねと言われるのも恐れず、藤は強硬な姿勢を崩さない。だが寿は気分を害した様子もなく、むしろ不敵に片方の口角を上げた。

「六堂タは精鋭揃いの忍の村だった。その村を一晩にして壊滅させたのは、白虎の隠密部隊による作戦行動に違いない、と、そなたはこう考えているのだろう」

 突然話題が出身の村の話になり、藤は僅かに眉を寄せる。

「それが?」

「ゆえに、そなたは当時行われていた作戦内容を調べ上げ、実行した部隊を探していた……だから、一〇年経っても仇を見つけることができなかったのだよ」

 寿は脇息についた手で、自身の顎のあたりをすり、と撫でる。

「六堂タを壊滅させたのは部隊の作戦行動ではない。当時一八だった浄、ただ一人の刀によるものだ」

 長年にわたり探し続けた仇の情報に、藤は目を見開いた。

 六堂タが壊滅したその晩。藤と号は、忍の師範であった袁という男に連れられ、遠くの山まで忍の術の修行に出ていた。

 一晩の修行を終え、村へ戻った時、村に生存者はいなかった。

 そこにあったのは、戦いに荒れ果てた村の様子と、屍の山。藤はその時すぐに、復讐心にかられて号と袁の元を離れ、単身白虎の領土へと向かった。

 つまり藤は仇の姿は一切見ていないし、証言なども聞いていない。精鋭揃いだった六堂タを壊滅させることができるのは、強大な武力を持つ白虎だけだろうと推測し、ただそれだけを頼りに白虎に潜入していたのだ。

「嘘を、つくな……」

 震えそうになる声を抑え、低く呟く。

「おれがそなたに嘘などつくものか。冠、あれを」

 寿が呼びかけると、冠は頷きを一つ。階段へと近づき、控えていた小姓に声をかける。

 しばらくして、階下から運び込まれてきたのは、担架に乗せられた五人分の死体だった。一人は孫副組長。残りは同時に斬られた四人の衛士だ。

 その死体を目にした瞬間、藤の脳裏に浮かんだのは、あの朝、故郷で見たあまりにもむごい光景だった。

「力が強すぎるせいなのか、浄の斬った骸は皆よく似ている。他に類を見ないような斬口だとおれは思う。どうだ、見覚えがあるだろう」

 寿が一方的に語っているが、藤の耳にはほとんど届いていない。

 藤は、一〇年経とうが忘れようもない姿を思い出していた。血に染まった家の中に、父と母がこと切れて転がっていた。頭を失っていた母の後ろには、ようやく言葉を話しはじめたばかりだった、妹の桜の死体。

 腹部を両断され、完全に体は二分されていた。硬いはずの骨さえも、まるで羊羹に包丁を入れたかのように滑らかに断ち切る、その鮮やかすぎる斬口。

 今、目の前に並べられた死体と、完全に一致した。

 藤が瞼を閉じると、こぼれた涙が頬を伝って落ちる。その様を見つめ、寿は笑む。

「藤よ、おれの頼みを、きいてくれるな?」

 寿の問いかけに、藤は目を閉じたまま、ゆっくりと頷いた。
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