万人の災厄を愛して

三石成

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第二章 二人の過去

二 娼館

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 長く降り続いた雨があがり、久々の快晴となった明朝。

 藤は普段から硬い表情をいっそう強張らせ、とある建物の中を歩いていた。

 朱塗りの柱に朱塗りの欄間。炭を混ぜ込んでつくられた黒の壁との対比が、異様な雰囲気を醸している。藤を先導しているのは中年の女。長い廊下に並ぶ襖の向こうからは、朝だというのに時折色っぽい女の喘ぎ声が聞こえてくる。

 今から四半刻ほど前。藤は松柏ソへ向けて出立するため、城内に建つ浄の御殿へ迎えに行った。そのまま共に港へ向かう予定だったのだが、浄は昨晩、寿に城へ呼び出されてから帰ってきていないということだった。

 念の為、寿にも浄の所在を確認したのだが、そこで、おそらくそこにいるのではないか、と伝えられたのが、この娼館だ。

 訝しみながらも娼館の入り口で浄のことを尋ねると、ごく当然のように是との返事を受けた。そして今、彼の泊まっている部屋へと案内を受けている最中だ。

「浄大隊長は、こちらによくいらっしゃるのですか」

 藤は漏れ聞こえてくる声を聞かないようにしながら、先導する女将おかみに問う。もちろん娼館というものの存在は知っているが、足を踏み入れたのは初めてだった。

「そうですね、浄様は週に五日ほどはいらっしゃいます。熱心に、いつも同じ娼妓をご指名でして」

「五日……」

 ほとんど毎日ではないか、と言いかけた言葉を飲み込んだ。視線を横に移せば、廊下の窓から内庭が見える。その庭を挟んだ反対側の窓に、胸元の大きくはだけた、色鮮やかな着物をまとう女が凭れていた。一瞬その白い肌に視線を奪われ、藤は慌てて前を向く。

「こちらのお部屋です」

 突き当りの襖の前で足を止め、女将はその脇に正座をする。藤は立ったまま、牡丹が描かれた派手な襖絵を見つめた。

「浄様、お客様です」

 女将が中へ向けて声をかける。すると、少しの間の後に「入れ」と低い声が響いた。女将の手によって襖が開かれていく。

 藤の目にはじめに入ってきたのは、後ろの窓から差し込む朝日。そして、その光に照らされて畳の上に落ちる、座る人影。

 部屋の上には薄桃色の布団。その上に足を崩して座る娼妓と、彼女の太ももに頭を乗せて横になる、体格の良い男。藤には、一目見て彼が探していた浄だということがわかる。

 気だるげな様子で、浄の瞼がゆっくりと動く。おかげで、彼の長い睫毛がよく目立つ。

 藤は浄のことを、今まで見たこともないような顔立ちの男だと思った。

 浄は着崩した着物を身にまとい、娼妓の方の着物はまったく乱れていない。布団の方にも夜の行為を思わせるような様子はなく、藤は僅かに体から力を抜く。

 仇を見た瞬間に殺意が漲るかもしれないと危惧していた藤だったが、藤は彼自身の想像以上に冷静だった。部屋の中に数歩入り、片膝をついて座すると軽く頭を下げた。

「浄大隊長、初にお目にかかります。寿様より任務の同行を命じられました、藤です。用意している船の出港時刻が迫っておりますので、無粋を承知でここまでお迎えに上がりました」

 言葉に、浄は大きく息を漏らしながら上体を起こした。膝枕を提供していた娼妓が手を伸ばして、彼の動きを支える。

「ああ、もうそんな時刻か。手間をかけた」

 悪い、すまない、等の言葉はない。浄は立ち上がるが、藤は片膝をつき、軽くうつむいたまま待つ。

はな、出立の支度を」

 華と呼ばれた女は、娼妓にしては少々とうが立っている。だが器量は良く、所作の一つ一つに品を感じる。浄が声をかけると、彼女は「はいよ」と気安い様子で答えた。

 娼妓らしい華美な着物の裾をさばいて立ち上がり、彼女は甲斐甲斐しく支度をはじめる。着物を着替え、刀を腰帯にさせば、浄はすっかり大隊長の風格だ。

 支度が終わった気配を感じとり、藤はようやく顔を上げる。

「待たせたな」

「いえ。馬と荷物は外に用意しておりますので、参りましょう」

 二人は華に見送られ部屋を出る。通ってきた廊下を戻り、娼館の外に出てくると、働きはじめた町の喧騒に包まれる。朝の健全な気配に、藤は無意識に強張っていた体から力を抜いた。

 その藤の背中を興味深そうに見ていた浄は、軽く鼻から息を漏らして笑う。

「お前、藤と言ったよな。その様子では、色ごとには慣れないか」

「はい、わたしは浄大隊長とは違い、そういったものとは縁遠い生活を送っております」

 繋いでいた二頭の馬の綱を解き、その背に跨りながら応える。浄の声音がからかいの気配を孕んでいたのは気づいていたが、別段恥じる気はなかった。

 この世には、女との色ごとに精通した男ほど良いというような風潮がある。だが、藤はそういった見栄に興味はない。

 浄は軽く肩をすくめるに留め、後に続くように馬に乗る。

「ところでその、浄大隊長っていう呼び方はやめないか」

「しかし、わたしはただの一組員ですので」

 会話を続けながら馬の腹を蹴り、走り出す。去っていく二人を、女将が見送っている。

 藤は空を見上げた。太陽の位置で時刻を確認する。急がなければ、船が出てしまう。

「お前は俺の部下でも何でもない。頼まれごとを終わらせて帰ってくるまで、一週間はかかる。その間中、七面倒臭い呼び方を通すつもりか。俺のほうが御免こうむる」

 「もっとも、俺に部下はいないが」と浄の言葉は続く。白虎において浄は大隊長の称号を与えられているが、実際に部隊を率いているわけではなかった。戦に向かう際、彼は常に単身で一部隊と同等の機能を持つ。

 藤は馬を駆けながら、軽く後ろを振り向いた。浄は藤の後をついてきてはいるが、いまいち馬を操る様子に急ぐ素振りがない。藤と浄の距離は徐々に離れていく。

「浄大隊長、もう少し急いでいただけますか。予定よりもだいぶ遅れておりますので」

「呼び方。あと敬語をやめろ」

「ご要望が増えておりますが」

 藤の言葉に、浄は口角を上げて笑った。その表情を見て、藤はゆっくりと息を吐く。

「わかったから急げ、組が用意してくれた船を逃したら、また乗船の交渉から始めねばならん。……浄」

「よし、行くぞ」

 浄は笑みを深め、藤に追いつくように、馬を駆った。二人は白虎の賑やかな町を抜けていく。
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