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第二章

騙されるな(高雅視点)

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 ……。……そうだな。
 確かに、せっかくの飯を粗末にすることはできないと、俺も何とか食事を再開させたが、正直何の味もしない。

 俺の頭は、大混乱に陥っていた。

 雅次に意中の女がいたことだけでも驚きなのに、相手は国主の娘で、これまで人目を盗んで度々逢瀬に勤しんでいただの、その娘はすでに孕んでいるだの。

 あまりにも予想だにしていなかった事象の数々に頭が追いつかない。

 だが、それ以上に俺を混乱させたのは、胸の奥底で激しくのたうつ感情の襞。

 雅次にそういう相手がいたことも、雅次がその姫と逢瀬を重ねていたことも全く気づけなかった愚鈍な己に呆れ果てている?

 多分、それもあると思う。
 だが、一番心を占めたのは、

 ――兄上だって、義姉上様を早々に孕ませて、義姉上様を手に入れたではないですか。
 ――兄上が義姉上様との仲睦まじいさまを見せつけてくるから。

 まるで当てつけるように言ってきたその言葉。

 雅次は、 

 俺が……俺に命がけで付き従ってくれる家臣たちや、俺のことを健気に待ってくれている雅次のことを顧みず、嫁入り前の姫君を、孕ませることで手に入れるような男だと思っていたと?

 そう思ったら、なぜだろう。
 腸を引きちぎられるような……もしくは、腹の奥底でどす黒い色をしたへどろがぐつぐつと煮えたぎってくるような。何だろう? この得体の知れない感覚は。

 こんな感覚は知らない。
 これは何だ。俺は何を、どう感じている?

 ぐらぐらする頭で、そこまで考えた時だ。

「……っ」
 息が止まった。

 視界の端に、雅次の襟元からわずかに覗く、を捉えてしまったせいだ。

 雅次の白い首筋についたあの痕は、口づけの痕?

 正式に結婚を取り付けた喜びを、花嫁と熱烈に分かち合っていたのか?
 今の今まで?

 雅次は今日非番だった。別に何をしてもいい。
 だが、これは……っ。

 そう思っていたら、不意に雅次と目が合った。

 刹那、雅次の黒目が意味ありげに笑った。まるで、生々しい情事の痕を誇るように。

 

 そう思った瞬間、俺はたまらず席を立った。
「兄上」という呼び声が聞こえたような気がしたが、気のせいだと片づけた。






 一人自室に戻って、深く息を吐く。

 それでも、腹の中の不快なぐつぐつはいっこうに治まってくれない。
 いよいよ激しく煮えたぎっている。

 本当に、これは何なのだろう?

 自分で自分が分からない。それと同時に、こう思わずにはいられない。

 雅次と過ごしたこの一年は、一体何だったのだろう。

 俺は雅次の何を見ていたのか。
 まさか、全部幻だった?

 そんな俺を、雅次はずっと嗤っていたのだろうか? 先ほどのように。

 ぐつぐつがなおいっそう、腹の内でのたうち回る。
 あまりの激しさに思わず手で腹を押さえつけた時だ。

『兄上』
 部屋の外から、声がした。

 雅次の声だ。

 瞬間、全身の血がぞわりとうねった。
 あまりにも不快な感覚でぎょっとして、何も言えずにいると、

『……兄上。返事をしてくださらぬほど、怒っておられるのですか』

 再度聞こえてきた声音にはっとした。
 なんと心細げな、頑是ない童のような声だろう。

 しかし、心のどこかで「騙されるな」と誰かが叫んだ。

 この一年、お前に黙って隣国の姫と逢瀬を重ねた挙げ句、お前の真似をしたんだと意図的に女を孕ませるような……その女とまぐわっていた痕を、したり顔で見せつけてくるような奴だぞ?

 何も見えていなかった馬鹿なお前をもっと嘲りたくて、追いかけてきたに決まっている。

 そんな奴、相手にするな。
 もう放っておけ。

 また、誰かが腹の内で叫ぶ。

 いつもの自分なら、雅次はそんな男ではないと即座に否定している。
 だが、今はその声を打ち払うことができない。

 雅次が何を考えているのか、今の俺にはさっぱり分からない――。

『兄上……兄上。何か、言うてくだされ。一言でもよいのです。どうか……無視はしないで』

「……っ」
 今にも泣き出しそうなその声に、唇を噛んだ。

 騙されるな。答える必要なんかない。
 声高に警告される。俺もそう思う。けれど、

「……入れ」
 深い深い溜息を吐いた後、俺はその言葉を吐き出した。

 腸が煮えくり返っていようが何だろうが、やっぱり……こんな甘ったれた声で懇願してくる雅次を放って置くことなど、俺にはできない。

 けれど、俺のその言葉に対し、雅次は何も言わなかった。
 部屋に入っても来ない。

 どうしたのかと不思議に思っていると、ひどく遠慮がちにそろそろと障子が開き、雅次が部屋に入ってきた。
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