蒼井倫太郎の愉快な夏

糸坂 有

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其の二 大食い

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 数日後のことである。偶然は重なるもので、有村はまた曽根を見かけた。
 日曜日、寺町京極商店街近辺に行った帰りのことである。荷物を肩にかけ、両親の後ろをぷらぷらと歩く。
 有村の両親は、仲が良かった。何だかんだと言っても、気が合うのだろう。蒼井君がどうこうと言って話しては盛り上がっているのを見ると、奇妙な気分になってくる。有村は言葉少なに、後ろを歩くばかりだ。そもそも二人で行けば良かったのに、定期的に三人の食事会が開催されるのだ。思春期の有村は、断りはしないが前向きな気持ちになれなかった。つまらないわけではないし、美味しいものはたくさん食べたいけれど、何だかなあというわけだ。とはいえ、たくさん食べて満足して店を出ているのだから、感想としては「来て良かった」になるのである。
 地下鉄に乗ろうと行き交う人の中を歩き、三条大橋に差し掛かったところで、暑さで項垂れていた有村は顔を上げる。橋の下、鴨川にそっと手を伸ばすようにしているのは、曽根あずきだ。
 一人でしゃがみこみ、暑い中丸まっている。
 有村の視線は釘付けになった。もしかして、気分でも悪いのだろうか?
 両親に適当な言い訳をして、先に帰っててと言いおいた有村は、そっと橋を下りた。
 まだまだ明るい夕方、太陽が照り付ける中に佇む曽根は、異様だ。橋の上は盛況だが、橋の下には一切人がいない。空は青々とし、くっきりと地面に映る影は揺らめいていた。
 近寄ろうとしたところで、曽根はゆらりと動き出す。人目を避けるよう、橋の下に入り込んだのだ。
 有村が立ち止まると、曽根はゆっくりとしゃがみこむ。そして、草をむしると、躊躇なく口の中へ放り込んだ。それから、人目を気にするように辺りを見回す。有村は咄嗟に橋の影に隠れた。曽根に有村の姿は見えなかったはずだ。
 曽根は、誰もいないことを確認すると、今度は誰かが橋の下に止めていた自転車に近付いて行く。何をするのかと思えば、彼女は自転車のハンドルに噛みついた。
 有村は呆然とした。ガリガリと音を立てる歯はあまりにも強靭だ。恍惚の表情を浮かべる彼女は、ぞっとするほど高揚し、溢れる欲を満たすことに夢中になっている。ベル、カゴ、サドル、と次々に噛みつき咀嚼し呑み込んでいく様子は、まるで化け物のようだった。自転車は、すっかり自転車の体をなさなくなった。前輪が完全に消えたところで、有村はその場を立ち去った。この調子では、あと数分で自転車は全て曽根の身体の中へ消えることだろう。見ていられなかった。
 橋の上を行き交う人は、まさか橋の下で奇怪な出来事が起こっているとは思いもしないだろう。
 やっぱり、蒼井が言うほど甘い話ではない。自転車を食べるくらいなのだ、きっと頭蓋骨だってばりっとやれる。
「ほんとにもう――」
 有村は小さく呟いた。頭を抱えたところで無意味だった。地下鉄の空気が冷たいことだけが救いだった。
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