輪廻の果てに咲く桜

臣桜

文字の大きさ
43 / 51

現在8-6

しおりを挟む
 桜が咲き誇る幻想的な空間の中で、時人は葵と対面していた。
「葵さん?」
「無理しはりましたね」
 呆れたような、ホッとしたような、そんな顔で葵が笑っている。
「……怒ってますか?」
「いいえ、美弥を守ってくれはったでしょう」
 白いワンピースを着た葵が腰を下ろすモーションをし、するとそこに白いテーブルセットが現れた。
「美弥は時人さんが守ってくれはりましたさかい、ちゃんと無事でいます」
「……良かった」
 葵の言葉に時人は胸を撫で下ろし、葵が腰を下ろした椅子の向かいに自分も座った。
 それから、葵の前で美弥の名前を出し、彼女の安否を聞いてホッとした自分に、どこか恥ずかしさを感じた。
「あの……美弥の事は……」
 言い訳をするように言葉を濁す時人に、葵は優しく微笑む。
「時人さん、私と美弥の事で迷わはってますやんね?」
「…………」
 ズバリと核心を突く葵の物言いは、相変わらずだ。
 そして、真っ直ぐにこちらの心の奥底を覗き込んでくるような、大きな黒い瞳に見詰められて時人は嘘をつけない。
「正直……ずっと迷っているんです。美弥が生まれ落ちた時に『ああ、この子は葵さんの生まれ変わりなんだ』とすぐに分かったんですが、……あの子に葵さんを重ねて気持ちを持ち続けるのが……申し訳ない気持ちにもなります」
「そら……しゃあないかもしれませんね」
 文字通り仕方がないという風に葵が微笑み、テーブルに両肘をついて時人を覗き込む。
「けど、時人さんは現実を生きてはります。美作葵はもぉいやしまへん。時人さんがこれから幸せになりたいと思わはるなら、あなたは美弥と幸せにならなあきまへん」
「……美弥は……」
 その強い瞳に負けたように視線を落とす時人に、葵は更に言葉を続ける。
「こう言ったら反則かもしれませんけど、美弥は時人さんが好きですえ? もうちょっとしたら時人さんがさっちゃんと約束をした年齢にもなります。そしたら……、プロポーズしますやんね? それやあかんのですか?」
「……」
 プロポーズと言われて時人は気まずくなり、思わず視線を逸らして黙ってしまった。
「時人さん、私はなぁんも怒ってへんのです。むしろ、『私』の魂が混ざってる美弥を見付けてくれはって、嬉しいんです」
 葵のほっそりとした手がテーブルの上の時人の手を包み、愛しそうに撫でる。
「……浮気をしたと……、思っていませんか?」
「いいえ! とんでもない」
『浮気』という言葉にビックリしたように葵は目を見開き、それからおかしそうに笑った。
 葵の笑い声は、桜が舞い散る白い空間に優しく響きながら、遠くへ吸い込まれるように消えてゆく。
「私ね、確かに美作葵として死んでもうたのは悲しかったんですけど、後悔はしてへんのです」
 およそ非業の死を遂げた人の言葉とは思えないセリフに、時人は困惑して葵を見る。
「だって、最期の時に時人さんが側にいてくれはったんですもの。嬉しかったぁ。それに、ちゃんとキスしてくれはったでしょう」
「あなたの……っ、命を救えなかったんですよ? それなのに……そんな……」
 こんな時まで、葵は些細な事で喜んでみせる。
「あの時、ほんまは亡くしてまう命なら、時人さんに血をぜぇんぶあげてもええと思いました。それで時人さんの望みを叶えられるなら……」
 葵の言葉に時人はきまり悪く黙り込んだ。
 葵が何も言わなくなってしまった後、浅ましくも彼女の血を舐め回した自分を、彼女は見ていたのだろうか?
「私、時人さんに色んな望みを叶えてもらいました」
「俺は何も……」
 アクセサリーや花束すら、まともに贈る事ができなかった。
「ううん、ぎょうさんもろたんです。幸せな気持ちとか、愛しいって思える気持ちとか、大切やなぁって思う気持ちとか。正直、プレゼントとかよりもずっとずっとその方が宝物です」
「俺も……、同じです。葵さんを愛せた事は、人生の財産です」
「そんならええやないですか」
 ニッコリと笑う葵の笑顔を見て、時人は「敵わない」と思う。
「ええ加減、前を見てもええんですよ?」
「…………」
「美作葵はもぉいやしまへん。時人さんが幸せになるには、美弥なんです」
「…………」
 返す言葉がなく、時人はテーブルの上に置かれた葵のほっそりとした指を見つめるだけだ。
「死んだもんは生き返りやしまへん。こうやって時人さんとお話してる私も、もしかしたら時人さんが作り出したまやかしかも、しやしまへん」

 酷い事を言う人だ。

 同じ事を誰かに思った覚えがある。
 目に涙を溜めて黙り込む時人に、今度は子供に言い含めるように葵は優しく優しく語り掛けた。
「幸せになって欲しいんです」
「…………」
「時人さんは、幸せになりたないんですか?」
 その声は、そっと心の底にしまってある大切なものに手を忍ばせてくるような、秘められた声だ。
「……なり、……たいです」
「ちゃんと声に出して。意志を乗せて、自分の唇に乗せて」
「……幸せに、……なりたい」
「私の目を見て。お腹の底から声を出して、しっかりと」
 視線を上げた先には、大地にしっかりと根ざしたような強い瞳。
 しなやかな葵の手が時人の大きな手を両手で握りしめ、力強く彼の声を促す。
「……ぁ……」
 声が出ない。
 それを葵の前で宣誓したら、彼女を裏切ってしまいそうな気がする。
「言って」
 だが、葵の強い眼差しと声は、時人のグラグラとした心を強く揺さ振って、今の彼の心を変えてしまおうとしている。
「俺は……」

 言いたくない。
 このまま、彼女の幻想を追い掛けていたい。
 けれど――、今現実世界で自分を待っている美弥の気持ちにも応えてあげたい。

 グラグラと葵と美弥との間で揺れる時人を、葵のしっかりとした声が背中を押す。

「時人さん、変わって下さい。変わる事は怖いです。けど、変わらへんと時人さんはいつまで経っても孤独なままです。ちゃんと人を愛する事のできる、――人間になって! 幸せになって! 孤独な吸血鬼さんは、もぉお終いなんです!」

 桜は、二人の心情を示すように雨のように散っていた。
 散っても散っても、とめどなく降り注ぐ桜の雨。
 その下で――、時人が泣きながら応えた。

「――幸せになりたい!」

 白い世界の中で、桜が散った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

処理中です...