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白百合の疑惑

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 戴冠式の当日夜に各国を迎えての晩餐会があり、多忙な各国の王族たちは翌日になると自国へ戻っていった。
 迎賓館に残っているのは、ウィドリントン王国の王族や大臣、貴族たち。
 その面々には、あらかじめいつクライヴが戴冠するかを教え、その後に結婚後の挨拶や会食を行うことを伝えていた。
 大事なモニカを嫁がせたウィドリントン王国としても、モニカが一番疲れない方法をと快諾した。
「モニカ、綺麗だ」
「クライヴも、国王陛下の威厳があって素敵よ」
 着替えを済ませた二人は、午後のティータイムを前に部屋を出ようとしていた。
 モニカはアイボリーを基調としたドレスで、若草色のペチコートに金の唐草模様が美しい。その上のヴァトー・プリーツは白地に小さくアイボリーのバラがあしらわれた刺繍があり、清楚ながらも豪奢な装いだ。
 クライヴは彼の青い瞳を生かすようなスカイブルーのコートを着て、中には締めるように濃い色のウエストコートを着ている。薄いグレーのトラウザーズに、濃い茶の革ブーツ。
 爽やかな服装は王子の頃から変わっていないが、モニカはその佇まいに国王の気品を感じた。
「では、行こうか」
「はい」
 着替えを手伝った侍女たちを後ろに、見目麗しい国王と王妃はお茶会を開く中庭に向かった。


「この国に来て、なんだか初めて中庭を歩いた気がするわ」
「……まぁ、色々慌ただしかったからね。君が目を覚まして翌日から式の準備が始まった。式が終わってすぐに戴冠式の準備に追われたし……。本当に君には、この国に来て早々無理をさせてしまった」
「いいえ。私よりも結婚式などに合わせて、遠くから来てくださった王家の方々に感謝しなければ」
「君は健気だな」
 二人で手を繋ぎながら歩き、クライヴとモニカが生活している宮から外に出る。
 王宮の敷地は広く、敷地内にある一番遠い宮には馬車を使わなければならない。それでも、二人は若いのでなるべく自分の足で歩こうとしていた。
 外に出ると初夏の日差しがあり、サァッと爽やかな風が二人の髪を揺らす。
 幾何学模様に花壇を配置したパーテアの中に、イチイやツゲを鳥や動物の形に刈り込んだトーピアリが立ち並んでいる。
 見るだけでも心が躍る庭なのに、今までモニカはゆっくり見る暇がなかった。
「温室もあるし、氷室もある。オランジェリーも充実しているから、そのうち二人でゆっくり回ろう」
「はい」
 また風が吹いて、モニカの髪をまとめた白いリボンを揺らしていった。
「あら……、この香り」
 ふと、風にのって嗅ぎ慣れた強めの香りがあり、モニカはスンと鼻を鳴らす。
「あぁ、あちらに百合園があるよ。反対側にはバラ園もある」
「そう……」
 脳裏に『百合』という単語が浮かんだ途端、モニカは何かを思い出しそうになった。
「私……」
 頭がボーッとし、お茶会に向かう足はいつの間にか止まっていた。
 先導する小姓も、親衛隊も侍従たちも、怪訝そうな顔をしている。
「具合が悪いのか?」
「いいえ……。そうじゃなくて……。何か……、何かを思い出しそうで……」
 こめかみを押さえた指先は、微かに震えていた。
 そんな彼女を、クライヴは優しく抱きしめる。
「モニカ、無理をしなくていい。確かに記憶は戻った方がいいが、急ぐこともないんだ。記憶があってもなくても、俺は君だけを愛している。それは絶対に揺るぎないことだ」
 クライヴの言葉は頼もしく、モニカも思わず笑顔を取り戻していた。
「……ありがとう」
 こんなにも親身になって支えてくれるクライヴに、自分は何もしてあげられていない。
 胸の奥を鈍い痛みが襲い、モニカは歪んでしまいそうになる笑顔を、必死に綺麗なものに保っていた。
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