【R-18】記憶喪失な新妻は国王陛下の寵愛を乞う【挿絵付】

癒やしの手１

「オーガスト、何だか……とても久しぶりな気がするわ」
「そうだね。だが僕が君を見送ってから、ひと月も経っていないよ」
　すっかり砕けた口調で話す二人は、ケイシーが淹れてくれたお茶を飲んでいた。
　頭痛はまだ名残があったが、寝込んでしまうという程ではない。
　二人はモニカの私室で向かい合って座り、その隅にはケイシーが控えたままだ。
「風邪でも引いたのか？　昼間もそうだったし……、心配だ」
「今の自分には、心配することしかできない」という切なさを押し隠し、オーガストは優しく微笑む。
「風邪ではないの……。それが……」
　頭痛のことを言おうか悩み、モニカは少し黙り込む。
「刺客に襲われたこと？」
　が、オーガストにズバリと言われて、モニカは目を丸くする。
「どうして知っているの？」
「どうしてって……。アーロン閣下がヴィンセントに着いてすぐ、ウィドリントンに使いを寄越したよ」
「あ……。あぁ……。叔父さま……」
　襲撃された時のことは覚えていなくても、ヴィンセントで目を覚ましてから、同じ城内にアーロンがいたことは知っている。
　結婚式の準備が慌ただしく行われていたので、モニカもアーロンとゆっくり話せなかった。
　おまけに記憶のことで酷く悩んでいた時でもあり、クライヴとケイシー以外の者とは極力話さないようにしていたのだ。
　自ら撒いた種とは言え、思いつかないことだった。
「じゃあ、お父さまもお母さまもご存じなのね？」
「あぁ。だがクライヴ陛下からも正式に書状があり、モニカの身を無事に保護したと連絡があった。そして、側に置いて目を離さないでいるから、式については変わりなく進めたいと」
「そうだったの……」
　確かにあの時、クライヴは先代王の体調から挙式を急ぎたいと言っていた。
　父王が存命のうちに式を挙げ、戴冠式も行いたいと思うのは、クライヴだけではなくヴィンセント王国の臣下たちも同じ思いだった。
「怖い思いをしたね」
　少し声を抑え、オーガストは気遣う。
　背後でケイシーはあの時のことを思い出していたが、モニカは記憶がない。
　少し言葉を迷わせたあと――、モニカは幼馴染みにだけ打ち明けることにした。
「私ね……。覚えていないの」
「え？」
「襲撃された時に強く頭を打ってしまって……。本当はクライヴに恋をしていたことを、すっかり忘れてしまっていたの」
「――――」
　モニカの告白に、オーガストは胸の奥が強く疼くのを感じた。
「じゃあ……。どうして、愛していない人と結婚したんだ」
　その声には、彼女を想う男としての色が乗っていた。
　部屋の隅でケイシーは、じっとオーガストの動向を見守る。
「愛していなくないわ。ちゃんと愛してる。本当にすっぽり忘れてしまったけれど……。『今』の私に、クライヴはもう一度恋を教えてくれたわ」
「……何だそれは」
　うめくように言い、オーガストは自分の金髪を乱暴に手でかき回す。
「混乱させてしまってごめんなさい。私も、まだ自分でよく分かっていないの。でも、望んでいない結婚とかじゃないのよ、本当に」
　目の前にいるモニカは、自分が知っているモニカと何一つ変わっていないように思える。
　幼い頃から一緒で、彼女の悩み事もケイシーの次に知っている自負があった。
　それなのに、彼女は記憶を失ってしまっていた――。
　輿入れの隊列が襲われたというだけでも、気がおかしくなるほど心配したのに。
「……幸せ、なのか？」
「幸せよ？」
　オーガストの問いに、モニカは真正面から答える。
　人々から褒め称えられる瞳は、美しさを損ないまま。――汚れを知らない瞳だ。
　もう彼女が、クライヴによって純潔を散らされているのだと思うと、オーガストは怒りで腸が煮えくり返りそうだった。
　――けれど、相手がクライヴだから許した。
「オーガストは？」
　逆にモニカに尋ねられ、彼は青い瞳を瞬かせる。
「え？」
「お茶会の時、随分具合が悪そうだったわ。顔色も悪いように見えたし……。病気でもしているの？」
　現在の王妃という立場さえなければ――、昔のままの関係だったら、手を握って顔を覗き込んでいてくれたかもしれない。それほど、モニカは親密な態度でオーガストを心配していた。
「……大丈夫だよ。……ただちょっと……。色々ショックで最近食べられていなかっただけだ」
「……ショック、……って」
　ポコリとあぶくが浮かび上がるように、モニカは「私が結婚したことかしら？」と思い、それは自惚れだと内心かぶりを振る。