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桜姫試験~再会1

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 そして桜姫試験が迫った秋。

 花の色が少し薄くなったその季節は、花はついているというのに木々に実がなり落葉しない紅葉がある。

 いつもの着物とも店の制服とも違う純正装の袴を身に着けた夜花は、緊張した面持ちで宮廷の朱雀門をくぐっていた。

 牡丹から何区画か離れた場所に宮廷はあり、その白い壁の奥へ桜姫試験を受ける女性が次々と吸い込まれてゆく。皆緊張した顔をし、出来る限り上品に見える化粧をしていた。髪はそれぞれが一番よく見えるように結われ、夜花も朝に芍薬に髪を結ってもらっていた。

 棘千代は専属の髪結い師に髪を結ってもらい、夜花とは違う時間に寮を出ている。そこに無言で「慣れ合わない」という空気を察し、夜花はそれをありがたくも思っていた。

 ここで変に棘千代と仲良くしていても、どちらかが落ちてしまった時に気まずくなるし、両方受かっても両方落ちても、今までの距離が保てる関係の方がいいと思ったのだ。

 白い壁の中には、大小さまざまな建物が役職別に建っている。
 宮廷の見回りの兵士が道案内をするように要所に立ち、受験生は案内板にある通りに進んでゆく。

 その景色の中に穂積の姿を探そうとしたが、彼がいつも仕事中にどんな姿をしているのか分からず、夜花は気持ちを切り替えて試験の事だけを考えるようにした。





 受験の一次は書類審査も行われ、格式のある店で働く花女の方が有利となる。宮廷としても、ギリギリのラインで経営している店の花女を受け入れるつもりはない。

 書類審査を通った夜花は受験票を持って会場まで行き、机にある番号と受験票の番号とを比べてそこに座った。

 周囲を見れば明らかに花序一位や二位という雰囲気を纏った花女が多く、夜花は萎縮してしまう一方なのだが、ここまで来ればただ合格を目指して頑張るしかない。

 試験官の方をちらりと見ても、穂積らしい姿はなかった。

 やがて時間になり、筆記試験が始まる。
 ピリピリとした空気のなか、鉛筆の芯が紙とこすれる硬質な音だけが響き、試験官がゆったりと机の間を通ってゆく度に頭の中の緊張が増す。
 机の上に置いた時計の文字盤を確認しつつ、夜花は何度も解いた問題集を思い出し、頭に詰め込んだ単語などを思い出しながら問題を解いてゆく。

 教科は簡単な計算から、桜花帝国や周辺国の歴史、国土地理、言葉遣いに関する事や、色彩や匂いが人にもたらす効果など多岐にわたる。

 その一つ一つが桜姫になるために必要な知識だと思い、夜花はこれまで勉強してきたのだ。問題の中には普段の生活で芍薬から自然に教わった事もあり、また夜花が今まで良い花女になりたいと地道に学んできた事もある。

 一日がかりで試験を終え、疲労困憊してまた朱雀門をくぐる頃には、時間はすっかり夕方前になっていた。





「お帰り、夜花」

 寮に帰ると同僚が迎えてくれ、疲れた夜花の事を思ってか甘い物を用意してくれていた。

「どうもありがとう」
「どうだった?」

「うん……、全部出し切れた感じはあるけれど……。わかんないや」
「頑張れたならいいよ。ほら、夜花の好きな桜餅買っておいたから食べな」

 出された桜餅をほおばると、甘い餡子と桜の葉の仄かな塩味が疲れた頭に心地よく、夜花はしばらく何も考えずに目を閉じて桜餅を食べていた。

「あんた頑張ってたんだから、いい結果出たらいいねぇ」
「そうよね。大人しい夜花が急に桜姫試験受けるだなんて言い出したから、初めはびっくりしたけど、寝る間も惜しんで頑張ってたんだもの。あたし達を代表して立派な宮廷花女になってくれたら、鼻が高いわ」

 そう話していた時、寮にフラリと棘千代が帰って来て三位四位の花女たちの興味がそちらへ移った。

「姉さん、お帰りなさい」
「姉さん、どうでした?」

 やはり後輩たちに慕われている棘千代は、それらの声にチラッと目をやる事はしたが、軽く手を振ってそのまま自分の部屋へ上がっていってしまった。

「姉さん、結果が芳しくなかったのかしら?」
「でもいつもの姉さんって言えば、いつもよね」

 そうヒソヒソと周りが話している中、夜花は同僚が淹れてくれたお茶を飲み、結果が発表される日にちまでは全てを忘れて働こうと思っていた。



**



 それから数週間があって筆記試験の結果が届き、夜花は非常に気まずい思いをする事になる。

 筆記試験の結果、夜花は合格したのだが棘千代が落ちたのだ。

 今は顔を合わせる事すら申し訳なく、店でも寮でも棘千代を避けるようにして毎日を過ごしていた。

 そんな時、穂積がフラリと『吉野』を訪れた。

 実に最後に顔を合わせてから三か月が過ぎようとしていたというタイミングだった。





「お久しぶりです」

 穂積の顔を見て、夜花は照れ臭い気持ちもあったが以前のようにねじれた気持ちはもう心になく、素直に挨拶ができる自分がいるのを感じていた。

「二次試験合格、おめでとう」
「どうもありがとうございます」

「三次試験は実技だね」
「はい。そこまでのような気もしますが、今まで良い花女になりたくて頑張ってきた事、全て出したいと思っています」

「夜花ならきっと大丈夫だよ」

 着物を脱いだ穂積の体を見て、夜花はふと小首を傾げる。

「穂積さん……、少し体が曲がっています?」
「え?」

「穂積さん右利きですよね。体を左にねじる癖がついていませんか? 左右の骨盤の位置も少しずれている気がします。首も少し前に出ていますね」

 的確に穂積のおかしい場所を指摘してゆく夜花は、以前に増して人の観察を続けてほんの少しの歪みも逃さない目に育っていた。

「参ったな……。ちょっと会っていない間に凄く成長したみたいだ」
「勉強……しましたから」

 夜花に促され、穂積はベッドの上に横になる。
 薬湯の入ったアイマスクが目の上に当てられ、夜花の気配が優しく丁寧に動くのが分かった。

「正直、凄く嬉しいんだ。俺は君に一方的な道を提示して、君が従順なのをいい事に君の意思を無視していた気がした。あの時君が試験を受けたくないと思ったのなら、それでいいと思っていたんだ」

「……いいえ。穂積さんは私に、今までの生き方以外の道を示して下さいました。それを決めるのは私自身です」

 首筋の凝りを癒す前に、夜花はゆっくりと穂積の頭を揉み解し始める。

「…………」

 その指先からじわりと心地のいい波動を感じ、穂積は夜花の手技に以前と違うものを感じていた。
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