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面接

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 幸いな事に、芳乃の家族はそう思える優しい家族たちだった。

 ゆっくりと起き上がると、一本に縛っていた髪をポンと背中によける。

 視界に入るのは、向かいのソファに座った弟と、ハーフパンツをはいた自分の膝。そして十日以上前に塗って放置されたままの、剥がれたポリッシュネイルの爪。

(このままじゃ駄目だ)

 自分に言い聞かせ、芳乃はピシャン! と自身の頬を両手で叩いた。

「都心のホテルの面接を受ける!」

 気力を取り戻した姉を見て、健太は安心したように微笑んだ。

「都内勤務になるなら、いつでも連絡くれよ」

「彼女を大切にしてあげて」

 家族想いなのは嬉しいが、そればかりになっても彼女に寂しい思いをさせてしまう。

 そう指摘すると、健太は嬉しそうに笑った。





 その後、芳乃は都内にある有名ホテルの求人情報をノートパソコンで探し、条件などを表計算ソフトにまとめた。

 一社ずつアタックし、まず堅実に働けるところを見つけるつもりだった。

 母は芳乃がやる気を取り戻した事を喜び、自分の事はいいからと言ってくれた。
 けれど父の死で一番憔悴しているのは母だ。

(絶対、老後は楽させてあげるから待ってて!)

 リクルート用のスーツも用意し、日本の就職面接用に薄化粧をして、黒に染め直した髪をきっちり纏めた。

 開くのが怖いと思っていた投資アプリも、また開けば指数は上昇していた。

 ――一度底値まで落ちたら、あとは上がる。

 それを自分の人生にも当てはめ、言い聞かせる。

「行ってきます!」

 胸元まである長い髪は、シニョンにした。
 濃紺のリクルートスーツを着て、アイメイクは薄めのブラウン。リップはピンクベージュ。

 ――もうあの濃いルージュは塗らない。

 かつてウィリアムに贈られたハイブランドのルージュは、燃えないゴミに捨ててしまった。

 日本で自分らしく生きていくために、芳乃は神楽坂グループの代表的ホテル、〝エデンズ・ホテル東京〟へ向かった。



**



 面接時間の三十分前には日比谷にある〝エデンズ・ホテル東京〟に着き、十分ほどロビーで客層やコンシェルジュ、フロントの対応などを観察した。

 皇居に近い場所にある五つ星ホテルだけあり、ロビーは上品な空間だった。
 床は黒い大理石で、磨き抜かれたそれは鏡のようだ。一方で壁は優しいクリーム色の大理石や白壁を使い、温かみのある照明やゴールドのシャンデリアを使っている。
 黒い床に金色のシャンデリアが反射し、とてもゴージャスだ。
 それでいてフロントには組子細工を使い、和風のテイストと温もりを醸し出している。
 ホテルマンたちはモカブラウンとベージュを基調にした制服を着ていて、品のいい笑みを浮かべていた。

 やがて面接時間が迫り、芳乃は面接会場があるフロアに向かう。

 パブリックスペースのあるフロアの奥に、打ち合わせ室がある。
 その前に〝受付〟と紙をつけた会議用テーブルがあり、女性がいた。

「本日十一時から面接を予定しております、三峯芳乃と申します」

「お待ちしておりました」

 受付を済ませたあとは、面接会場となる部屋の前の椅子に座り、スマホを開いてもう一度神楽坂グループの理念などを確認した。

 やがて芳乃の前に面接を受けていた人が退室し、ほどなくして彼女の名前が呼ばれた。

 入室して自己紹介をし、着席してから本格的な面接が始まった。

 面接官は四人いて、真ん中に二十代半ばの男性、と五十代の男性、そして両脇には三十代ほどの男性と、四十代の女性がいた。

 真ん中の男性は、ネットでも確認した、神楽坂グループの御曹司で副社長の暁人に違いない。

 暁人は座っていても背が高いと分かる。
 黒髪はビジネス用にセットされ、身に纏っている濃紺のスリーピーススーツは高級そうだ。
 キリリとした眉に、二重の幅が広い大きな目。白目は少し青みがかって見えるほどで、黒目が引き立って目力がある。
 鼻筋は高く通り、その下にある唇はほんの少し薄めで潔癖そうだ。

 緊張した芳乃は背筋を伸ばし、手元にある履歴書に目を落とした暁人をまっすぐ見た。
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