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謝罪
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彼らにやり返したいと思っていなかったと言えば嘘になる。
けれど本当にウィリアムとスカーレットの婚約が破棄され、あれだけ輝いていた彼の人生が詰んだかもしれないと思うと、素直に喜べない自分がいる。
「君は根っからの善人だな。そこまで心配しなくても、彼は無一文になった訳じゃない。多少の名誉は損なうかもしれないし、ジャクソン家と何らかの契約をしていたのも反故にされるかもしれないが、ターナー家の権力はいまだあるし、彼自身がへたな事をしていなければ、今後も普通にCOOとして生きていくだろう」
「そう……だね」
芳乃はホールスタッフに出されたホットコーヒーを飲む。
「私のストーカー問題も片付いた事だし、暁人とおそろいの指輪は金輪際嵌めないわ。嫌な想いをさせてごめんなさい」
グレースが頭を下げ、芳乃は「いいえ!」と胸の前で両手を振る。
「もし良かったら、暁人の幼馴染みとして友達づきあいはできる? 彼から少し聞いたけれど、投資で痛い目を見たんですって? 私で良ければ話を聞くわ」
言われてキョトンとしたものの、彼女がグレース・パーカーと書かれた名刺を差し出してきて、思わず「えぇっ?」と声が漏れた。
「グレースさんって、グレース・パーカー……!?」
一部では〝投資の女神〟とも言われている彼女を、芳乃は勿論知っている。
ただ、グレース・パーカーはSNSで自分の顔写真などを出さなかったため、芳乃は彼女が発信する情報を重視し、特にその外見について気にした事がなかった。
「す、凄い人と幼馴染みだったんだね……」
「蝉の抜け殻を集めて、服にブローチみたいにつける人だけどね……」
暁人のセリフに、芳乃は思わず噴き出した。
「ねぇ、今夜三人でディナーしない? 今は二人とも仕事中だし、あんまり引き留めたら悪いわ」
「勿論、喜んで」
グレースの提案に頷いた芳乃は、彼女と連絡先を交換して、コーヒーを飲んだ後フロントに戻った。
「ごめんなさい。戻りました」
木下と目が合ってぺこりと頭を下げると、彼女はにやついている。
「副社長との結婚はいつです?」
「えっ!?」
付き合っている事は周囲に言っていないので、芳乃はギクリとする。
「やだ、気付いてなかったんですか? 三峯さんがこのホテルに務めだしてから、副社長が頻繁に来るようになりました。三峯さんによく話しかけていますし、会話をしていなくても遠くから熱い目線で見ていて……。付き合ってますって言ってるようなもんじゃないですか」
(うわああああ……!)
そこまでダダ漏れだったとは気付かず、芳乃は両手で顔を覆う。
「いいじゃないですか。今度なれそめを聞かせてくださいよ。……と、ジャクソン様だ」
ニヤニヤしていた木下が表情を引き締め、ジャクソンという名前に芳乃も背筋を伸ばす。
エレベーターから降りてきたスカーレットは、スーツケースを引きずってチェックアウトする様子だ。
ヒールの音を鳴らして大股に歩いていた彼女は、芳乃に気付くと進行方向を変えてこちらにやってくる。
芳乃は覚悟を決め、ビジネススマイルを浮かべた。
目の前にスカーレットが立ち、ルームキーを差し出してくる。
《私はチェックアウトするけれど、清算は同行人がするわ。すぐにでも帰国したいけど、飛行機がまだ押さえられていないから、このホテルとグレードがあまり変わらない他のホテルを教えてくれる?》
《かしこまりました。少々お待ちください》
芳乃はタブレット端末を操作し、幾つかの系列ホテルの空室状況を確かめた。
《こちらは神楽坂グループの系列ホテルです。日比谷から比較的近いホテルでしたら、こちらなど……》
タブレット端末でホテルの外観、内装などを見せると、スカーレットが頷いた。
《そこでいいわ。手配しておいてくれる?》
《かしこまりました》
芳乃はノートパソコンを操作し始めたが、スカーレットが話しかけてくる。
《あなたにひどい事をしたと、謝罪しなければいけないわ》
「え……?」
思わず日本語で返事をして顔を上げると、スカーレットは視線を外し溜め息をつく。
《すべてはあの男の浮気性なところに原因があった。あなたはきっと、私の存在すら聞かされていなかったんでしょうね。あの男は私に黙って、何人もの女と関係を重ねていたようだから》
ウィリアムの女癖の悪さを教えられ、芳乃は無言で瞠目する。
けれど本当にウィリアムとスカーレットの婚約が破棄され、あれだけ輝いていた彼の人生が詰んだかもしれないと思うと、素直に喜べない自分がいる。
「君は根っからの善人だな。そこまで心配しなくても、彼は無一文になった訳じゃない。多少の名誉は損なうかもしれないし、ジャクソン家と何らかの契約をしていたのも反故にされるかもしれないが、ターナー家の権力はいまだあるし、彼自身がへたな事をしていなければ、今後も普通にCOOとして生きていくだろう」
「そう……だね」
芳乃はホールスタッフに出されたホットコーヒーを飲む。
「私のストーカー問題も片付いた事だし、暁人とおそろいの指輪は金輪際嵌めないわ。嫌な想いをさせてごめんなさい」
グレースが頭を下げ、芳乃は「いいえ!」と胸の前で両手を振る。
「もし良かったら、暁人の幼馴染みとして友達づきあいはできる? 彼から少し聞いたけれど、投資で痛い目を見たんですって? 私で良ければ話を聞くわ」
言われてキョトンとしたものの、彼女がグレース・パーカーと書かれた名刺を差し出してきて、思わず「えぇっ?」と声が漏れた。
「グレースさんって、グレース・パーカー……!?」
一部では〝投資の女神〟とも言われている彼女を、芳乃は勿論知っている。
ただ、グレース・パーカーはSNSで自分の顔写真などを出さなかったため、芳乃は彼女が発信する情報を重視し、特にその外見について気にした事がなかった。
「す、凄い人と幼馴染みだったんだね……」
「蝉の抜け殻を集めて、服にブローチみたいにつける人だけどね……」
暁人のセリフに、芳乃は思わず噴き出した。
「ねぇ、今夜三人でディナーしない? 今は二人とも仕事中だし、あんまり引き留めたら悪いわ」
「勿論、喜んで」
グレースの提案に頷いた芳乃は、彼女と連絡先を交換して、コーヒーを飲んだ後フロントに戻った。
「ごめんなさい。戻りました」
木下と目が合ってぺこりと頭を下げると、彼女はにやついている。
「副社長との結婚はいつです?」
「えっ!?」
付き合っている事は周囲に言っていないので、芳乃はギクリとする。
「やだ、気付いてなかったんですか? 三峯さんがこのホテルに務めだしてから、副社長が頻繁に来るようになりました。三峯さんによく話しかけていますし、会話をしていなくても遠くから熱い目線で見ていて……。付き合ってますって言ってるようなもんじゃないですか」
(うわああああ……!)
そこまでダダ漏れだったとは気付かず、芳乃は両手で顔を覆う。
「いいじゃないですか。今度なれそめを聞かせてくださいよ。……と、ジャクソン様だ」
ニヤニヤしていた木下が表情を引き締め、ジャクソンという名前に芳乃も背筋を伸ばす。
エレベーターから降りてきたスカーレットは、スーツケースを引きずってチェックアウトする様子だ。
ヒールの音を鳴らして大股に歩いていた彼女は、芳乃に気付くと進行方向を変えてこちらにやってくる。
芳乃は覚悟を決め、ビジネススマイルを浮かべた。
目の前にスカーレットが立ち、ルームキーを差し出してくる。
《私はチェックアウトするけれど、清算は同行人がするわ。すぐにでも帰国したいけど、飛行機がまだ押さえられていないから、このホテルとグレードがあまり変わらない他のホテルを教えてくれる?》
《かしこまりました。少々お待ちください》
芳乃はタブレット端末を操作し、幾つかの系列ホテルの空室状況を確かめた。
《こちらは神楽坂グループの系列ホテルです。日比谷から比較的近いホテルでしたら、こちらなど……》
タブレット端末でホテルの外観、内装などを見せると、スカーレットが頷いた。
《そこでいいわ。手配しておいてくれる?》
《かしこまりました》
芳乃はノートパソコンを操作し始めたが、スカーレットが話しかけてくる。
《あなたにひどい事をしたと、謝罪しなければいけないわ》
「え……?」
思わず日本語で返事をして顔を上げると、スカーレットは視線を外し溜め息をつく。
《すべてはあの男の浮気性なところに原因があった。あなたはきっと、私の存在すら聞かされていなかったんでしょうね。あの男は私に黙って、何人もの女と関係を重ねていたようだから》
ウィリアムの女癖の悪さを教えられ、芳乃は無言で瞠目する。
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