復讐のための五つの方法

炭田おと

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42_ダフネ前皇后陛下

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 皇宮に戻り、しばらくの平穏を満喫している時に、私はある発見をした。


 庭に面した渡り廊下を歩いていると、洗濯物を干す侍女達の姿が目に入った。真っ白なシーツが陽光を弾いて、とても眩しい。


「あの方は・・・・」


 その中の一人の顔に、見覚えがあるような気がして、私は立ち止まった。


「どうかしましたか?」

「カタリナ、あの人の顔に見覚えがあるような気がするんだけど、あなたは彼女のことを、何か知ってる?」

 カタリナは私の視線を追って、洗濯物を干している女性に目を留めた。


「あの方は、ユリア・サビーナ様ですね。ダフネ前皇后陛下にお仕えしていた、侍女の一人です」


 どうりで顔に見覚えがあるはずだと、私は納得する。

 私がイネスとして皇宮に入ったとき、ダフネ前皇后陛下はまだ、皇宮で暮らしていた。はっきりと覚えてはいなかったものの、ユリアさんとも、何度か廊下ですれ違っていたのかもしれない。


「どうしてまだ、皇宮に留まっているのかしら?」

 皇后に仕える侍女達は、身分が高いご令嬢から選ばれる。年頃になれば、親の意向で結婚し、皇宮を去るので、若い人が多い。

 家の事情で残る人、離縁、あるいは夫と死別して戻ってくる人もいるけれど、多くはいなかった。

「一度結婚して皇宮を出たそうですが、夫に先立たれ、戻ってきたと聞きました。夫の死後、寡婦として修道女になるという話もあったそうですが、修道院で貧しい暮らしをするよりは、皇宮で侍女として働いたほうがいいと、彼女のお父様が決めたようですね」


「そう・・・・彼女と話ができるかしら?」


 なぜか急に、彼女と話してみたくなり、私はそう言っていた。


「話ですか?」

「ええ、お茶会に招待したいの。聞いてきてくれる?」

「お任せください」

 カタリナは庭に出て、ユリアさんに話しかける。

 ユリアさんは驚いている様子だった。

 目が合ったので、私は笑い返した。





「ローナ様とお話しできるなんて、光栄の極みです」

 ユリアさんを部屋に招き入れ、紅茶を勧めると、彼女は緊張した面持ちでそう言った。

「そんなにかしこまらないでください、ユリアさん」

「いえ・・・・」

 それでも、彼女から感じられる警戒心のようなものが消えることはない。


(突然、接点のない人から呼び出されたら、誰でも警戒するわよね)

 理由がわからない呼び出しほど、怖いものはない。それはイネスだった頃に、何度も経験している。


 とにかく最初は、ユリアさんの緊張をほぐさなければと思った。


「それで、その・・・・私に、何かご用でしょうか?」

 しばらくして、ユリアさんのほうから、質問してくれる。

「話がしたいと思ったんです」

「ですが、私とローナ様にはあまり共通点がありません。おまけに私は口下手なほうなので、お喋りでローナ様を楽しませられるかどうか・・・・」

「そんなに難しく考える必要はないんですよ。ダフネ前皇后陛下のことを、聞きたかっただけなんです」

「え?」

 ユリアさんの目が丸くなる。

「実は私、ダフネ前皇后陛下に、一度だけお会いしたことがあるんです。皇后候補者に選ばれる前、お父様に皇宮に連れてきてもらい、ダフネ前皇后陛下と偶然お会いしました。それで少しだけ、話をしたんです」

「本当ですか?」

 ユリアさんの表情が、明るくなった。

「と言っても、二言三言、話をしただけなんですけど」


 嘘は言っていない。ただ前皇后陛下と話をした時の私の名前が、ローナじゃなかっただけだ。

 皇宮では、廃位された皇后の話はしてはならないという、暗黙のルールがある。ダフネ前皇后陛下はもちろん、イネス・ディド・クレメンテの名前も、ここでは誰も口にはしようとしなかった。

 でも、今ここには、私とカタリナ、ユリアさんの三人だけしかいない。だから話してもいいはずだ。


「少しの間しかお話しできなかったので、どんな方だったのか、結局わからないままでした。それでダフネ前皇后陛下のことをお聞きしたくて、あなたに来てもらったんです。教えてもらえますか?」

「は、はい! 私に答えられることなら・・・・」

 ユリアさんは、ダフネ前皇后陛下のことが好きだったのだろう。ダフネ前皇后陛下の名前が出た瞬間から、目が輝いていた。


 それから私達は、お菓子を食べながら、しばらくダフネ前皇后陛下について話をした。


「・・・・皇宮を出た後、皇后陛下は、空気が綺麗な場所で療養していると聞いていました。・・・・でも、まさか、そのままお亡くなりになられるなんて・・・・」

 途中までは明るく話すことができたけれど、話が前皇后陛下が亡くなった部分に及ぶと、ユリアさんの表情は暗くなってしまった。

「まだお若いのに・・・・」

「皇宮でとても苦労されていたので、そのせいで――――」

 話し過ぎたと思ったのか、ユリアさんの声は弱々しくなっていく。

「いえ、その・・・・」

「ここでの会話が外に出ることはありません。ですから、安心してください」

 私が微笑みかけると、ユリアさんは安心したのか、肩の力を抜く。

「・・・・ダフネ前皇后陛下の話ができることを、嬉しく思います。当時を知る人達は、ほとんどいなくなってしまいましたから・・・・」


 その言葉が、ずしりと身体の奥を重くした。


(ヘレボルスが起こした政変のせいで、クレメンテだけじゃなく、大勢の人が殺されたものね・・・・)

 ヘレボルスが捏造した罪のせいで、私の一族は滅ぼされることになった。

 だけど被害を受けたのは、私達だけじゃない。


 クレメンテに関わった人達はもちろん、ヘレボルスは混乱に乗じ、敵対する人々を大勢殺した。


「でもユリアさんには、当時一緒に仕事をしていた仲間がいるでしょう?」

 励まそうとして言った言葉なのに、なぜかユリアさんの表情は、ますます暗くなってしまった。


「いえ・・・・みんな、いなくなってしまったんです」


「いなくなった?」


 問い返すと、ユリアさんはハッと顔を強ばらせる。


「ど、どうやら、長居をしてしまったようです」

 ユリアさんは立ち上がる。慌てていたのか、テーブルに腰をぶつけ、カップが倒れそうになっていた。

「す、すみません・・・・仕事が残っているので!」

「そ、そう、そういうことなら・・・・」


 慌てている彼女を引き止めるわけにもいかず、部屋を出ていくユリアさんの後ろ姿を見送った。


「なにか、様子がおかしかったわね・・・・」


 ――――ユリアさんは何かを隠している。そう感じた。


「ダフネ前皇后陛下に仕えていた侍女達のことを、調べてみますか?」

「ええ、お願い。・・・・当時何かが起こったのなら、身を守るためにも、知っておきたいから」

 皇宮で起こることはすべて、把握しておきたい。

「では、調査に取りかかります」

 カタリナも部屋から出ていった。

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