復讐のための五つの方法

炭田おと

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44_絵画のモデル

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 視線を動かすと、偶然、カエキリウスと目が合った。

 興味を引かれたのか、カエキリウスがルジェナと他の貴族を引き連れ、近づいてくる。あっという間に、私達のまわりには人垣ができあがった。

「陛下、ご覧ください。美しい絵でしょう」


 その瞬間、カエキリウスははじめて、私が買った絵を目にした。


「・・・・!」


 その絵を一目見た瞬間に、カエキリウスは、絵のモデルがルジェナだと、察したようだった。瞠目して、立ち尽くしている。


 カエキリウスが一目で気づいたのだ。ルジェナがその絵のモデルに、気づかないはずがない。

 ルジェナは青ざめ、開いた口が塞がらないようだった。しばらくして私の狙いに気づき、睨みつけてくる。


 ――――実はこの絵画を描いた画家は、ルジェナの元恋人だ。


 彼女と別れた後も、画家はルジェナのことが忘れられず、彼女の面影を描き続けていたらしい。


「美しい女性だな」

 他の人達は、絵画のモデルがルジェナなどとは夢にも思わず、絵に見入っている。


「・・・・・・・・」

 カエキリウスだけ、感情を隠すように、俯いてしまう。一瞬、複雑そうな顔を見せただけで、決して怒りの感情を見せることはなかった。


(・・・・残念。効果はなかったのね)

 カエキリウスの、ルジェナにたいする盲目的な愛が、多くの人の不幸の原因だった。

 だからヘレボルスを倒すには、二人の関係を終わらせるしかない。元恋人が描いた絵を見せることで、カエキリウスとルジェナの関係が微妙になるのでは、と期待した。


 けれど、元恋人の絵を見たぐらいでは、カエキリウスの愛は揺らがなかったようだ。――――それほど彼の想いは、強いのだろう。


(仕方ないわ。効果があるかどうかは、賭けでしかなかったのだから)


「これはもしかして、美の女神がモチーフなのかしら?」

「ええ、そのようです。美の女神の象徴である、貝殻が描かれていますから」

「はあー、美しいわよねえ。一度でいいから、私も美の女神のモデルになりたいわ」

「お前は美の女神より、戦の女神のほうが似合っているだろう。戦場で斧を振りまわす姿が、私には想像できるよ」

「まあ、ひどいわ!」

 夫婦が軽口をかわして、どっと笑い声が弾けた。


「・・・・ねえ、この女性――――誰かに似ていると思いませんか?」


 ――――やがて、一人のご令嬢がその点に気づいた。


「そういえばどことなく、ルジェナ様に似ているように思うわ」

 貴族のご令嬢の、何気ない言葉に、ルジェナの肩が震える。

「そうね。確かに似ている」

「髪の色や、目の色が同じだから、そう思うのかしら?」

「美の女神のモデルに似ているなんて、光栄よね」


「・・・・いえ、でもおかしくありません? ――――ほくろの位置まで同じよ?」


 ――――ただの感想だったのが、その瞬間、疑惑に代わった。


 私はそのことをはっきりと、肌で感じ取る。


「・・・・本当だわ。目元のほくろと、胸元のほくろの数と位置が同じよ」

 ルジェナはいつも、胸を強調した襟ぐりが広いドレスを着ている。

 だからルジェナの胸元のほくろの数を、美の女神として描かれた女性のほくろの数と、比較することができた。

「ただの偶然?」

「いえ、偶然にしては、顔が似すぎているわ・・・・」

 急に騒がしさが消え、けれどひそひそとよく聞き取れない声が、ルジェナを取り囲む。

「そう言えば、噂を聞いたことがあるわ。ルジェナ様は皇宮に入る前、若い画家と・・・・」

「まさか、あの噂、本当だったの?」


 貴族階級の結婚を親が決めるとはいえ、結婚前に恋人がいるという話は、珍しいことじゃない。


 ――――でも、皇后になる女性となると、話は別だ。


 皇后になる女性の過去に、半裸の人物画のモデルになったなんて話は、あってはならない。


「――――この絵は、この場に相応しくない」

 噂話が加熱しようとしたその時、カエキリウスが口を開いた。

 皇帝陛下の冷たい声で、ざわめきはさっと消える。


「肌の露出が多すぎる。公的な場に飾るには、相応しくない絵だ。・・・・ローナ。パーティが終わった後に、この絵は外しておくように」

 卑猥な絵だという口実で、この絵を外したいのだろう。

「はい、陛下」

 反抗する理由もないので、私は素直に受け入れる。

 カエキリウスは身を翻した。


 カエキリウスと一緒に広間を出るまで、ルジェナはずっと、私を睨み続けていた。


「・・・・カタリナ」

「はい、ローナ様」

 私はカタリナの耳に口を寄せる。

「・・・・パーティが終わったら、カエキリウスを私の部屋に呼んで」

「なんてお伝えしましょう?」

「大事な話がある、とだけ伝えて」

「かしこまりました」

 カタリナは薄く笑った。

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