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7月

ペナルティってなんですか???

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「う~~ん……。こう、かな……」
「違うよ。それはこっちの公式」
「あ、あれ……うう、ごめん……」
「あはは、別に謝ることじゃないけどね。こっちは正解」

 図書館に通い始めて今日で五日目。アルバイトは未だに謹慎中である。
 はじめは仁紫に対してかなり警戒をしていた俺も、連日こうして顔を合わせる中で、特におかしな素振りを見せない事が分かると、少しずつ課題攻略のために力を借りるようになっていた。

 はじめはフリースペースで行っていた勉強も、こうして教えてもらうことが多くなってからは、予約制の自習室を借りて時間いっぱい取り組んでいる。
 個室の中で二人っきりなわけだけど、仁紫はまじめに勉強を教えてくれるし、課題もスローペースではあるものの順調に片付いてきた。

「はぁ……ようやくここまで終わったぁ」
「お疲れさま~」

 そう言って差し出された缶ジュースはまだ冷たい。さっきトイレに出た時についでに買ってきてくれたのだろうか。
 仁紫と数日一緒に過ごしてみて、いろいろと発言に思うことはあっても、こういう気遣いが出来るところとか、何度間違えても怒ったりせずに優しく教えてくれるところとか、あ~こりゃモテるよなぁって思うポイントはたくさんあった。

 脳ミソの出来はもはやどうしようもないけれど、真似できるところは真似したいものだ。

「だいぶ進んだけど、この調子じゃまだまだ時間かかりそうだねぇ」

 ちびちびとジュースで喉を潤しつつ整った横顔を観察していると、課題の進み具合をチェックしていたらしい仁紫がうーんと唸った。

「バイトが始まるのはいつから?」
「一応、来週からは復帰予定なんだけど……」
「あとは野球部の手伝いだっけ? 夏休みの終わり頃に合宿があるんでしょ」
「うん。だから、なるべくそれまでには終わらせたくて」
「そうなると、やっぱりもう少しペース上げないとか~」

 今までの自分と比べれば、現時点でここまで終わっているのは上々だと言えなくもないんだけど、仁紫の言う通り今後に控えている予定のことを考えると、少しでもはやく終わらせておきたいのは事実だ。
 しかしそれは完全に俺の勝手な都合で。どうしたものかと真剣な顔をして頭を悩ませている男にとっては、実際のところなんら関係のない問題なのだ。

「……仁紫くん、ごめんね。毎日僕の課題に付き合わせちゃって……」

 さすがに申し訳なくなってそう言うと、仁紫は一瞬きょとんとした顔をして、くすりと笑った。

「俺としては、役得だと思ってるけどね」
「役得?」
「こうして姫と二人で勉強出来るわけだし♡」
「ふふっ。それのどこが得なの?」

 本気なんだけどなぁと拗ねたような声で呟いているけど、それが冗談なんだってことは俺にも分かる。

 姫、姫、と口では言っても、仁紫は変に手を出してこようとはしない。
 女の子扱いをされるわけでもないし、たまには軽く小突かれたり、その接触はごく一般的な友人関係の域を出ていない……と、思う。実経験がないから基準が分からないけどな!!!(泣)



 これまで出会ってきた男どもがおかしいだけで、普通に考えたら、イケメンで、性格も良くて、頭もいい男が、わざわざ同性にちょっかいかける方が不自然なんだよ。うん。まさか電波だと思っていた仁紫が一番まともだったとは……世の中分からないものだ。

「でもそうだなぁ。このままゆる~く続けても、姫のためにならないか」
「え?」

 なにやら漂ってきた不穏な気配に、思わず戸惑いの声をあげると、仁紫はにっこりと完璧な笑顔を浮かべて恐ろしいことを告げてくる。

「何かペナルティでもあった方が、死ぬ気で覚えるんじゃない?」
「ええっ!?」
「こら、静かに。あんまり大きな声出すと、追い出されちゃうよ」

 しーっと指を立てた仁紫に、慌てて口を噤む。
 この自習室はいくら個室とはいえ、防音機能があるわけではない。壁に貼りだされた<自習室は静かにお使いください>の文字が目に飛び込んできて、俺は小さく「ごめんなさい……」と呟いた。

「ふふふ。何にしようかなぁ」
「な、なるべく痛くないやつに……してほしいなぁ……」

 あと、あまり金のかからない方向でお願いします。
 それ以外に俺が出来ることで、仁紫が満足するような事柄があるのか甚だ疑問ではあるが。

 悪い顔で思案を始めた仁紫の姿に、俺は半泣きになって懇願する。神様仏様仁紫様……! ちらりとこちらに視線を投げ、それなら、と提案された内容に、俺は今度こそ絶叫した。


「じゃあ最後の確認問題で、間違えた数だけ姫から俺にキスする、ってのは?」

「えええええっ!?!?!?」



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