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涙する花姫と竜帝の再会

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ひっそりと森のかくに、たったひとり身を隠すように生きる花姫アリーシア。

(……ここでの私は……何も出来ないー……)

なさけなくも涙がこぼれ落ちる。

花のたみが暮らす隠れさとからも、そのさとたばねる非情ひじょう郷長さとおさの元からものがれては来たものの、稀有けうな存在の花姫として育てられた花姫アリーシアには、日常的な事はおろか、自身の身の回りの事すらも一人ではままならない。

(今の自分に出来る事は、植物を豊かに実らせる事ぐらいー)

この予期せぬ状況下じょうきょうか

不慣ふなれながらもどうにか生き抜く為に、かくのすぐ外には、花姫アリーシアがきずいた小さなはたがある。

食べられそうな甘い果実などが豊かにみのり、それをしょくしては生きながらえる花姫アリーシア。

元々もともとにしてしょくの細い花姫アリーシアは、力ある者が強くくいだいてしまえば、あるいは折れてしまいそうな程に華奢きゃしゃ身体からだつきをしている。

ぼそき花姫アリーシアには、果実のみでも充分じゅうぶんな量と云えるも、はら御子おこを宿している身では、およそ栄養価えいようかは足りない。

それでも花姫アリーシアが、その身に宿す御子おこを流す事なく、今も母子共に存続そんぞく出来ているのは、竜帝が与えた〈竜玉りゅうぎょく〉による加護かごに他ならない。

時おりー、花姫アリーシアの身体内からだうちからは、あたたかな気がゆっくりとあふれ出し、まるで花姫アリーシアをまもるかのように全身をやわらかな気がつつむ。

(……私は、今でも貴方あなたまもられているのね……嬉しいはずなのにー……いやでも貴方あなたぬくもりを思い出してしまう所為せいで余計につらいー……)

花姫アリーシアはみずからの腕を回し、自分自身をなぐさめるかのごとく、ぎゅっと身体からだをきつく抱き締める。

今この時は、はらに宿る小さな命のきらめきさえ抱き締めてあげられるのは、花姫アリーシア唯一人ただひとり。己れのみ。

「……このような、ひよわな母様をどうかゆるしてー……」

はら御子おこに、そっとささやく花姫アリーシア。

その心情は、竜帝の御子おこを授かった最良さいりょうよろこびに湧く想いとは裏腹うらはらに、不安な心が細波さざなみのように押し寄せては、花姫アリーシアにうれいをもたらす。

弱音よわねを吐けば、この場所でたった一人で御子おこを産み落とし、育てられる自信も覚悟かくごもないのが実情じつじょう

花のさとでは、最高位さいこういの花姫という身分で、人々からはあがめられながらも、いざとなれば何も出来ないただの役立たず。

ふっ……ううっ……。

声にならない涙があふれる。

(……なさけない私……なんてなさけないー……)

やがて涙は、激しい嗚咽おえつへと変わる。

「……眠れないー……嗚呼ああっ、貴方あなたいたいー……」

ぽつりとつぶやく花姫アリーシアは、やはり眠れない夜を幾日いくにちも過ごす。

おまけに朝夕あさゆうとなくおとずれ出した不調ふちょうが、花姫アリーシアから起き上がる気力さえも奪い、更に胃の奥底から込み上げてくるような気持ちの悪さが、花姫アリーシアを苦しめる。

花姫アリーシアには、それが子をはら所為せいで、もたらされる悪阻おそだとは知り得るはずもなく、ただただー、この苦しい吐き気がしずまるのをじっとえる。

竜帝の御子おこは、言わずとも相当そうとうな力を宿している。それゆえに、かよわき存在の花姫アリーシアへともたらされる反動はんどうは大きい。

更にー、幾日いくにちも日は去り行く。

このところ、何も口にしてはいない花姫アリーシア。

その気力さえ無かったと云えるが、やはりのどかわきにはあらがえず、みずからの不調とたたかいながらものどかわきをうるおすべく、きよいずみたもとへと向かう。

不意にー、そのきよいずみうつりこんだやつれた己れの姿を見た花姫アリーシアは、そのみじめな身姿みすがた驚愕きょうがくする。

「……なんてひどい顔ー……ああっ!」

今にも折れそうな程に細い手で、やつれ果てた顔をおおう花姫アリーシアはひどく打ちのめされる。

みじめでたまれない自分。

ここに来てようやく、自身の境遇きょうぐうつらさといたらなさ、更には忘れられない竜帝への尽きぬ恋慕れんぼが合わさり、やがてせきを切ったように泣きじゃくる花姫アリーシアがいる。

涙が次から次へとあふれ出し、想いが爆発する。

「……貴方あなたに、貴方あなたいたい……いたいのー……」

静かな森の奥。

花姫アリーシアのせつない想いがこだまする。

その刹那せつな

慟哭どうこくする花姫アリーシアの震える身体からだをそっと後ろから抱き締めるあたたかな腕がある。

「……ああっ、ようやくだ……! ようやく見つけた、余のいとしいつがいー……!」

花姫アリーシアを抱き締めるその腕は限りなく強く、そしてー、ひどく優しい。
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