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竜帝の後始末・乞い願う者

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「帝国のほまれ高き偉大いだいなる竜帝陛下に、浅ましくも命乞いのちごいに参りました」

突如とつじょ、竜帝のおわ皇城こうじょうへと現れた年若としわかい女が一人。

この帝国ていこくでは、およそ見ないあわ薄紅色うすべにいろの髪。

ーしかも、どこか浮世離うきよばなれした雰囲気ふんいきまとい、竜帝ジークバルトへと相対あいたいするさまは、偉大いだいな竜帝を前にしても動じる様子はなく、りんたたずんでいる。

見るからに年若としわかく、しかもむすめであるにも関わらず、物怖ものおじしないそのさまに、竜帝ははからずも好感こうかんいだく。

更には、彼女が持つあわ薄紅色うすべにいろの髪色に既視感きしかんを覚え、その年若としわかい娘が現れた理由わけみずかさとる竜帝。

謁見えっけんの間へと通されるわずか前。

忽然こつぜんと現れた外衣がいい目深まぶかかぶる若い女が一人。

止める門番ものともをものともせず、声高こわだかに竜帝へと謁見えっけんを申し出る。

門前もんぜんさわぐ者がいるー」

かげ守護騎士しゅごきしから、そう報告ほうこくを受けた守護騎士しゅごきしロンバルトは、すぐさまその場へとけつける。

鬼気迫ききせまるその者の様子に、何かを察する守護騎士しゅごきしロンバルトは、その者に入城にゅうじょう許可きょかを与える。

守護騎士しゅごきしロンバルトにともなわれ、若い女が通されたのは、しも竜帝の私的してき謁見えっけんの間。

竜帝の身前みまえいやうやしくこうべれる年若としわかい娘は、見るからに鬼気迫ききせま様相ようそうで、竜帝を見上みあげるなり、唐突とうとつに告げる。

「ー竜帝陛下、貴方様あなたさま大切たいせつ御方おかたは、今まさに……大変困難たいへんこんなん状況じょうきょうにあります。その事をお伝えしたくてまいりました。せつにお願い申し上げます……ーどうか、われらの大切たいせつな姫様をお助け下さい。そして、非情ひじょう郷長さとおさいのちと引き換えに、どうかどうか……さとに残る全ての花のたみいのちだけはお救い下さい。花のたみいのちだけは、お見逃みのがし下さる事をせつにお願い申し上げますー……」

最後は消え入りそうな声音こわねで、低く低くこうべれる。

その年若としわかい女は、森の奥深おくふか結界けっかいまもれたかくさとに住まう郷長さとおさの娘でクレハと名乗なのる。

竜帝は、守護騎士しゅごきしロンバルトから“うしなわれたたみ”と呼ばれるかくさとに住まう花のたみ存在そんざいは、すでに聞いている。

今更驚いまさらおどろくべき事でもない。

守護騎士しゅごきしロンバルトにうながされ、こと顛末てんまつをぽつりぽつりと話し出す郷長さとおさの娘クレハ。

郷長さとおさの娘クレハがかた内容ないようにこそ、竜帝はおもきを置き、更に激怒げきどする。

一気いっきたかぶる竜帝の覇気はきに、パァンッ! と室内しつない装飾品そうしょくひんれる。

同時どうじに、うぐっ……と呼吸こきゅうを止める郷長さとおさの娘クレハ。

(……いきが……いきが、できない……)

胸元むなもとおさえ、苦悶くもんに顔をしかめる。

が竜帝の覇気はき

普段ふだん何者なにものにもがいさる事のないかくさとおだやかに生きる花のたみには、その身に初めて受ける竜帝の覇気はきは、身にこたえるは必至ひっし

「ー陛下! お気をおしずめ下さいー! このままではこと真相しんそうの全てを聞く前に、この者のいのちが持ちません」

守護騎士しゅごきしロンバルトの忠言ちゅうげんに、竜帝は苦々にがにがしくも覇気はきしずめる。

「それに……この者が悪いと云うわけではありません。郷長さとおさと云われる者の仕業しわざ……むしろこの方は番様つがいさまのがし、郷長さとおささからってまで、我らに進言しんげんまいった者。有りがたい限りではありませんかー……それに、これで番様つがいさまをおむかえに上がれるのです」

守護騎士しゅごきしロンバルトは、郷長さとおさの娘クレハへと人好ひとずきのする笑みを向ける。

ようやく息苦いきぐるしさから解放かいほうされた郷長さとおさの娘クレハは、竜帝の圧倒的あっとうてき存在感そんざいかんとその放たれる覇気はきから、自身じしんの行動が間違まちがいではなかった事をさとる。

最高位さいこういの花姫アリーシアが、易々やすやすとその純潔じゅんけつささげる程の御仁ごじん。その者を口にする事もない。

郷長さとおさの娘クレハにはさっするところがあり、もし本当に花姫アリーシアのつがった相手が、外界がいかい強大きょうだい帝国ていこくおさめる竜帝ともすれば、決して花姫アリーシアをのがさない。

つたく、竜帝のつがいと云う存在そんざい

郷長さとおさの子には、かくさとの外の世界のこまかな知識ちしきは、貴重きちょう知識ちしきとして口伝くでんにてさずけられる。

その一方で、かくさとの花のたみである花姫には、余計よけい知識ちしきさずけられないまでも、大まかな知識ちしきを持つ事自体じたいは許されている。

最高位さいこういの花姫が暮らす花のみやに、一生囚いっしょうとらわれて暮らす花姫。

次代じだいの花姫を残す為に、愛してもいない男とまぐわされ、花のさと恩恵おんけいを与えながら、その一生いっしょうえていく贄姫にえひめ

郷長さとおさの娘クレハには、もはやしき慣習かんしゅうとしか思えない。

花姫であっても一人のおなご

それに花姫アリーシア自身じしんが、愛をささげる相手を求めていた事は知っている。

(自由じゆうにさせてあげたいー……)

郷長さとおさの娘クレハは、心よりそう願い、非情ひじょう郷長さとおさおこないに心をいためる。

(それに……姫様は、この私にさずけて下された)

そう、郷長さとおさの娘クレハには、花姫アリーシアへの多大ただい恩義おんぎがある。

子をはらみにくい郷長さとおさの娘クレハに、“めぐみの加護かご”を与え、見事みごとにその恩恵おんけい芽吹めぶき、子を身籠みごもる事が出来たクレハ。

(どれ程にうれしかった事かー……!)

子はたから

花姫アリーシアのそのとおとい身に、宿った御子おこ貴重きちょうたから。竜帝の御子おことなれば、尚更なおさらがいされる事があってはならない。

花姫アリーシアをのがした郷長さとおさの娘クレハは、郷長さとおさからの謹慎きんしんを固く言い渡されようとも、次なる目的の為に、人知れずにさとを抜け出し、嘆願助命たんがんじょめい皇城こうじょうへとまいる。

花姫アリーシアが、まことに竜帝の御子おこはらんだとなれば、どのみち花のたみの存在は知られるは必至ひっし

冷酷れいこくうたわれる竜帝が、花姫アリーシアが受けた過酷かこくめを知れば、それこそしきむ為に、一掃いっそうされかねない。

おそらく、花のたみが暮らすかくさとごと焼き払う可能性もありる。

(それだけはけなければ……!)

郷長さとおさの娘クレハは、しき慣習かんしゅうを終わらせ、あわれな花姫アリーシアと全ての花のたみを救う為に心を決める。

「ーどうか、我が母……郷長さとおさいのちでもって花のたみへの慈悲じひいます」

ーしかし、非情ひじょう郷長さとおさでも母である事には変わらはない。

郷長さとおさの娘クレハは、無常むじょうな涙がこぼれる。



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