もう一人の私

音織かなで

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第1章 悪夢は突然に

第12話 得手不得手

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  ソファーとベッドの間にある丸テーブルに所狭しと食器が運ばれてきて、
中には私が見たことのないような料理が入っている。やはり分岐した世界
だと料理の内容も少しずつ変わってくるのだろうか。

 そんなことを思いながら、私はパラレルに勧められるまま料理に箸をつけた。


「まずい。もう要らない」

 パラレルが作ってくれた料理はどれも、味が濃すぎるか、薄すぎるかの二択
しかなかった。

 口に合う合わないといった高度な基準では推し量れない。
 もはや飲み込めるか否か――そのくらいのインパクトがある。

「食材を無駄にするな。多少の味覚の違いくらい我慢しろ」

 作った本人はケロッとしているから、これはパラレルの元の世界では普通
なのか?

 だとしてもここはパラレルの世界とは異なる次元。
 郷に入りては郷に従うべきだ。

「食材を無駄にしたのはパラレルでしょ」

「私は平気だ。食べられないほどではない」

「自分でも美味しくないって思っているんじゃない! ……まあ、作って
待っていてくれたのは有難いけどさ」

 パラレルなりに気を使ってくれたのに、あんまり貶すのはさすがに気が引けた
ので、私は言葉を補足する。

「料理なんてギャンブルと同じようなものだろう。今日はツイテなかったが、
上手くいくときは本当に美味しい。会社のことといい、お前、今日は運が
悪いんじゃないか?」

 悪びれもせず、パラレルは再び胸を張る。

 どうして私の運とパラレルの料理の出来栄えが関係あるのだ。
 気遣ってやって損した。

 怒り半分でご飯を口に運ぶ――すると水っぽい触感が口中に広がった。

 え……とご飯をよく見ると、水っぽさが通常の1.5倍くらいの惨状になった
米粒が目に入った。

   
「ご飯炊くときに、お水の量を測らなかったの?」

 我が家の炊飯器は単身者用の小さなものだが、なかなかに高性能のものなので
お釜の内側に記載されている目盛り通りに水を入れれば、こんな悲劇は起きない
はずだ。


「測る?」

「……なるほど。理由は分かった」

 私はすべてを察した。
 パラレルはおよそ料理において、分量を測るということをしないのだろう。

 すべて目分量。
 それなら味の濃淡の差が大きすぎるのも分かる。
         
 とはいえパラレルなりに気遣いを見せてくれたものだ。
 仕方なくなんとか全部をお腹に収めると、口直しに私は会社帰りに駅前で
買ってきた唐揚げ弁当をテーブルに出した。
 明らかに食べ過ぎではあるが、内心パラレルも私と同意見だったのか
「買ってきてしまったものは仕方がない」と二人してお弁当も完食して
しまった。


 さすがにお腹が満腹だ。
 満腹の苦しさを紛らわすためか、パラレルが「食後のお茶でも淹れるか」
と席を立つ。

 それを見た私は即座に「いや、今度は私がお茶を淹れるから、パラレルは
休んでいて」と代わりをかって出る。また目分量でやられては堪らない。
 なんとかスムーズにお茶を淹れる役目を手に入れる。

 無事規定量のお茶の葉を急須に入れて2人分の湯飲みにお茶を注ぐと、
ようやく私は人心地が付いた。

 腹も満ち、まったりとお茶を飲んでリラックスしていると、自然と口も
軽くなる。
 パラレルは高圧的な口調だけど、妙なところで気遣いをする。
 残念ながらそれは通常とはズレているんだけれど、それでも委縮することなく
自信満々だ。
 だからこそ私も変に遠慮することなく気持ちを打ち明けられる。

「……あのさあ、パラレルはお金稼ぐのは得意なんでしょう? 私にも稼ぐ方法
を教えてよ」

 私は半分本気で言ってみた。

「うん? ああ、構わんぞ。私はお前で、お前は私だ。稼ぐ才能は折り紙付き
だからな。教え甲斐がある。で、どんな仕事がしたいんだ?」

「……他人となるべく接しない仕事かな」

「お前、まだリストラのことを引きづっているのか」

「だって、あの会社でダメだったら、もう居場所はないよ。受け入れてくれる
ところなんてないよ……」

 自分でも「面倒な奴になってる……」と自覚しながらも、言わずには居られ
なかった。

 本当だったら会社で、社長の前で言いたかったくらいだ。
 私はそのくらいこの会社に愛着があるんだって知らしめたかった。

 だがパラレルはそんな私も馬鹿にしたり、中途半端な慰めの言葉をかけること
はなかった。ここら辺が不器用だが信頼ができるところだ。
 むしろ真剣そのものの表情で私の言葉を受け止め、何か考え込んでいる。

 そしてようやく口を開いた。

「――違うな」

「え?」

「それは雇われる側だった場合の話だ。雇う側になれ」

「そんないきなり雇い主なんかになれる訳がないでしょう?」

「なれるさ。本気ならな」

 朝から着たままのパジャマ姿のパラレルは、そんな気の抜けた格好でもこの時の
表情だけは酷く真剣だった。
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