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本編

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わたしは荷物を取りに、以前の部屋へ向かった。

だが、荷物を持ち出すとなると、承諾を得る必要があり、
やはり、クリスティナに会わなければならないだろう…
気が重かったが、これを乗り切れば当分は顔を見る事も無くなるだろうと、
自分を励ました。

王妃の間の前まで行った時、メイド長のルイーズが出て来た。
彼女はわたしを見て、ギョッとしていた。

「嫌だわ!あなた、本当に生きていたのね!」

生きていて悪い風な言い方だ。彼女はクリスティナ同様、少し意地悪な処があり、
加えて、わたしは好かれていなかったので、嫌な感じはしたが驚きは無かった。
わたしを生贄に仕立て上げた事も、クリスティナとルイーズが共謀し企んだと見ている。

「はい、お陰様で無事に戻って来る事が出来ました。
今日から魔王様の侍女に付きますので、荷物を取りに参りました」

殊更丁寧に言ってやったが、ルイーズには全く効果は無かった。

「悪いけど、あなたは死んだものと思っていたから、荷物は処分させて貰ったわ」
「そんな!困ります!」
「仕方ないでしょう、生贄が戻って来るなんて誰も思わないわよ。
部屋はあなたの代わりの侍女が使っているわ、もう、あなたの部屋ではないの、
勝手に入らないでね」

確かに、消えた生贄が戻って来るとは誰も思わないだろうし、
そうなれば、荷物は邪魔になる。引き継ぐ侍女も必要だ___
言葉に思いやりや同情心があれば、素直に聞く事も出来るのに…
でも、それをルイーズに求めるのは無理というものね。

「王妃様に会えますか?」
「聞いてみるわ、そこでお待ちなさい」

ルイーズはツンと顎を上げ、王妃の間に入って行った。

会いたくはないが、あれでも姉だ、挨拶位はしておかなくてはいけない。
義理というよりも、後々で嫌味を言われない為だ。
内心で嘆息していると、扉を守る衛兵がわたしを見ているのに気付いた。

「何か?」と問う様に見ると、衛兵は「いえ!失礼致しました!」と、慌てて目を反らした。
わたしを生贄として連れて行った者だろうか?
嫌な事を思い出し、わたしは顔を背けた。

「ソフィ、クリスティナ様がお会いになるそうよ、入りなさい」

ルイーズに促され、わたしは王妃の間に入った。
クリスティナは長ソファに足を伸ばして座っていた。
侍女が跪き足をマッサージしている。嘗ての自分を見ている様だ。
わたしが近付き、「お姉様」と声を掛けると、面倒臭そうに顔を向けた。

「ソフィ、あなた生きていたのね、驚いたわ」
「わたしは生贄にされた事に驚きました」
「人の役に立てて良かったじゃないの、生娘なんて、あなた位しかいないんだから」
「わたしが死んでも良かったというの?」

謝罪を期待していた訳では無いが、少しの罪悪感も無く言い放つ姉に、
わたしは愕然とした。酷く悲しく、傷ついた。
だが、彼女はそれに気付かず、更に軽快に続けた。

「生贄として死んでいれば、あなたは称えられ、その名は後世まで残ったわよ?
あなたは不器量だし、秀でたものもないし、まともに生きていても、たかが知れているわ、
凄い出世じゃないの!お父様もお母様もお喜びになったに違いないわ。
でも、ソフィなんて凡庸な名じゃ、役不足かしら?」

クリスティナが肩を揺らし笑う。
わたしは前で重ねていた手をギュっと握った。

「生贄になる位なら、平凡な人生で良いわ、名を残したいなんて思わない。
それに、わたしの命はわたしのものよ!お姉様のものじゃない!
今後、二度とこの様な真似はしないで!」

これ程、はっきり言った事は初めてかもしれない。
いつもは、姉の報復が怖くて言えなかったのだ。
だけど、この時ばかりは、抑えられなかった。

案の定、姉は怒りに燃えていた。
凄い形相で足を振り払い、立ち上がったかと思うと、その手を振り上げた。
だが、それが振り下ろされる事は無かった。

「ん!ん!!?」

いや、振り下ろしたくても出来ないのだ、わたしに掛けられた呪いの所為で___

「ソフィ、許さないわよ!
私は王妃よ!この国の者の命は私の自由に出来るの!
分かったら、謝りなさい!私の僕だと宣言するのよ!
さぁ、早くなさいよ、王妃を侮辱した罪で、牢に入れられたいの?」

「好きにすればいい」

わたしはメイド服のスカートを翻し、部屋を出て行った。
クリスティナの怒りの叫びが聞こえたが、構わなかった。
クリスティナはまだ知らないのだ、王が《魔王》に取り入ろうとしている事を。
わたしを牢に入れれば、《魔王》の怒りを買う…
例え王妃の願いであったとしても、そんな事を王が許す筈はないのだ。

エクレールの力を利用したくは無かったが、
クリスティナに対抗する術が、わたしにはこれしか無かった。
わたし自身は、そう、凡庸で秀でた処の無い、ただの不器量な娘なのだから。

「ああ、あの方にだけは、借りを作りたく無かったのに…」

だが、あのクリスティナに一泡吹かせる事が出来、正直、胸がスッとした。
今までされてきた事を思うと、まだまだ足りないけども!


わたしはレイモンを探した。
王妃の間周辺が警備区域なので、彼を見つける事は容易だった。

「レイモン様!」

わたしは愛する人に数日ぶりに会えた喜びで、自然に笑みが零れ、声が弾んだ。
レイモンは警備中だったが、わたしに気付くと、驚いた顔をし駆けつけてくれた。

「ソフィ!君の事聞いたよ、心配していたんだ、全く酷い事をするよね、
君を生贄にするなんて…でも、無事で良かったよ!」

ああ、こんなにも、わたしの事を心配してくれていたのね!
わたしを心配してくれるのは、彼しかいない___
わたしは喜びに泣きそうになった。

「心配して下さって、ありがとうございます、レイモン様…」
「いいんだよ、それより、魔王に攫われたんだよね?酷い目に遭わなかったかい?」
「はい、魔王様は話の分かる方でしたので、良くして頂きました」

最初の日に襲われ掛けた事は内緒にしておこう。
《魔王》の名誉に傷が付いてはいけない。

「でも、君、魔王から結婚を申し込まれたんだろう?」

そんな事まで、もう噂になっているの!?
わたしはレイモンが知っている事に驚いた。

「はい、ですが、そのお話は、お断りしましたので…」

とても、《条件》の事は言えないわ!

「魔王の求婚を断るなんて、君は勇敢な女性だよ、ソフィ…
君の様に素晴らしい女性を、僕は知らないよ…」

レイモンが蕩ける様な甘い笑みを見せる。
ああ、この笑顔を、どれだけ見たかった事か!

「勇敢だなんて…買い被り過ぎですわ…」

これまで、素晴らしい女性だなんて言ってくれた者はいなかった。
それに付いては、わたしに掛けられた呪いの所為かもしれないが…
わたしを見つけてくれたのは、レイモンだけだった。
そして、今も、こんな風に言ってくれる…
やはり、レイモンはわたしの《特別な人》だ。
わたしの運命の相手、そして、愛を捧げられる人___

「ソフィ、また誘ってもいいかな?」
「はい、勿論です、レイモン様」
「出来たら、誰にも見られずに、二人だけで会いたいんだ…」
「わたしもです…」
「明日の昼過ぎ、あの場所に来てくれるかい?」
「はい、明日の昼過ぎ、必ず参ります」

わたしたちは約束を交わし、別れた。

思っていたよりも、ずっと事は順調に運びそうだ。
わたしの目の前は晴れやかだった。
その為、エクレールの部屋に戻るまで、荷物の事など忘れ去っていた。

「ソフィ、荷物はどうした?」

部屋の長ソファに掛け、本を読んでいたエクレールに聞かれた事で、それを思い出した。
途端に機嫌は底に落ち、わたしは「むっ」と口を曲げた。

「わたしは死んだ者とされていた様で、荷物は全て処分されていました」

荷物処か、部屋も無い有様だった。
こうしてみると、エクレールが付いて来てくれて良かったと思える。

「その様な事だろうとは思っていた」

エクレールが嘆息交じりに言い、読んでいた本を閉じたので、
わたしは目を見開いてしまった。

「エクレール様は、こうなると予測していらしたのですか!?」

それならそれで、忠告してくれても良いのに!!という不満が伝わったのか、
エクレールは、今は黒い、その目を眇めた。

「おまえが考え無しなのだ、消えた者が戻って来るなど、誰が思う?」

ルイーズに言われた事を二度聞かされ、わたしは更に不機嫌になった。
まぁ、ルイーズよりはマシだけど…
それに、考え無しだった事は認めなくてはいけない。
わたしを見た時の皆の反応を見れば、一目瞭然だ。
生贄の帰還など、死人か生き返りみたいなものだ。

「エクレール様のおっしゃる通りでございます、わたしが浅はかでした…」
「ふん、どうした、素直じゃないか、その様子だと、あいつに会えた様だな」
「!??はい、お陰様で…」

全く、鋭過ぎるわ!
わたしは赤くなりつつ、ぼそぼそと答えた。

「それで、明日の昼過ぎに、会いに行きたいのですが…」
「ああ、構わない、好きにしろ」

やはり、寛大過ぎる…
少し前のエクレールとは別人にすら思える。
だが、疑うのも悪い気がし、わたしはなるべく考えない事にした。

「ありがとうございます…」
「礼など良い、それより、ソフィ、おまえの部屋を見てみろ」

部屋??

わたしは促されるまま、扉を開け…
目の前の光景に、思わず声を上げていた。

「ええ!?どうして!?だって、ここは…」

思わず、エクレールの部屋と交互に見てしまう。
だって、とても、信じられない…

「ふん、驚いたか?
魔界のおまえの部屋だ、繋げてやった、荷物が無くては不便だからな」

相変わらずの得意気な表情だが、今日はどうしてだか、苛立つ事は無く、
寧ろ、飛びついてお礼を言いたい気分だった。

もう!なんて憎たらしい方なの!

「ありがとうございます!最高ですわ!魔王様!」

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