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アルテとブルーノ

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「欲しいものあるのか」

「え?」

渋々といった様子で夜会のエスコートをしてくれたブルーノが、突然言ったので聞き返してしまった。

「誕生日」

「あ、そうだったわね……」

正直、誕生日が来るのが憂鬱で、忘れたかった。家族は毎年お祝いをしてくれる。今年は婚約を正式にお披露目するならさらにお祝いが重なることとなる。
準備もそろそろしてくれているかもしれない。
「欲しいもの、は」

猶予が欲しい。
でもそんなことは言えない。
チッとブルーノが舌打ちした。

「ごめんなさい」

「違う、お前に苛立ったんじゃない。すまない」
前髪をくしゃ、とかきあげてブルーノが謝った。珍しい。
普段は余裕があるのに。
「今まで、アルテにあまり……というかほとんど優しくしてなかったと思ってな。急にこんなことを言っても気持ち悪いよな。すまない。」

夜会の間、いつもと違うブルーノにアルテも調子を崩してしまった。

「あの、」
と同時に口を開いては気まずくなって顔を背ける。

「なんだあれ」

アルテの兄のクリスが、遠くから二人を見て呆れていた。
「ねえ。どう見ても、ね」

背後からセインが。

「おう、お前も来てたのか」
「ちょっと仕事が落ち着いたからね。二人を見に来た」

「俺もそんなとこかな。アルテが最近悩んでるから可哀想で。

なあ、お前の弟どうにかならないのか」

「ごめんね、不器用な弟で」
「まあ、アルテも拗らせてるからな」

「というわけで、俺はしばらく悪者になるから。アルテに近づくよ」

「は?なんでお前、
あ、なるほど。そういうことか」

「揺さぶりかけようかなと。」

「それで本当にアルテがお前を選んだらどうするんだよ」

「……それも良いかも」
「弟に刺されるぞ」

ブルーノが知り合いに呼ばれて少し離れた。

一人になったアルテのところに、ある貴族子息が近づこうとしていた。
そこに、セインがやって来て先に声をかけた。
「やあ、アルテ」
「セイン様。いまブルーノは向こうに」

(知ってる。だから来たんだよ)

子息が離れていく。
「アルテはブルーノが離れても怒らないの」

「だって、仕方がないわ。お友達と楽しそうだし、渋々エスコートを引き受けてくれたし」

(いや、クリスや俺を押し退けて望んでやってるけどね)

「婚約……者じゃないし、独り占めなんてできないわ」

「可愛いなあ、もう」

「えっ?」

「いやいや、ごめん。アルテは本当に可愛い。」
頭を撫でられる。
(妹にしたい)

「あの、セイン様?」

小さい頃には頭を撫でたり抱っこやおんぶもしてもらったけれど、触れられるのは久しぶりだった。
周囲がざわざわしているのにセインは気にしていない。

「何やってんだよ、兄貴」
そこに、ブルーノが戻ってきた。

ホールの端っこから、ギョッとして大股でものすごく速く来たのもセインは知っている。

「年頃の令嬢にそんなふうに触れるなんて常識ないのか」
「婚約者や身内なら構わないだろう。」

「婚約者じゃない」

ブルーノが低い声で言ったので、アルテは体を強ばらせた。
「怒るなよ。アルテが怯えるだろ。
さっき、ある子息がアルテに近づこうとしていたからわざと親しげにした。お前を挑発した訳じゃない。」

後半は小声でブルーノだけに聞こえるように言った
「……ごめん、兄貴」

「そんなに心配なら離れるなよ」

「心配なんかしてない」

セインは手を振って離れた。
帰りの馬車の中も、ブルーノは黙っているしアルテも自分から話すことはなかった。
もう少しでアルテの家に着くという辺りでブルーノがアルテを見つめて言った
「アルテは、恋愛結婚したいと思っているのか」

「友達は、そんな話をしている人もいます、でも私は興味がなくて」
「恋愛に?結婚?」

「……どちらも、かな。友達のいう恋愛の意味がわからなくて、私はどうせ」

「どうせ?」
ブルーノが低い声で言ったので、アルテは失言だったと気づいた。
「あの、違うの、その」

「どうせ、政略結婚だから?」

アルテは黙った。そういう気持ちは確かにあったから。

「どうせ政略結婚だから恋愛なんてできないし、想像できなかったんだよな。可哀想なアルテ」

ブルーノが怒っている。
「自分だって」
「あ?」

「自分だって他の人と遊べなくなるから嫌だったんでしょ。」

「アルテも他の男と恋愛したいのか」
「私の話じゃなくてブルーノの話でしょ!」

「他の男と遊びたいなら、どうせ政略結婚だから兄貴じゃなくて俺にしとけば」

「最っ低!!」

ドンッと突き飛ばしてアルテは馬車を降りた。
しばらく前からアルテの屋敷の前に止まったものの、言い争う声に御者が声をかけるのを躊躇っていた。

「ちょっ、まて、アルテ……!」

走って屋敷に入っていくアルテを、ブルーノは呆然として見るしかなかった。


「お帰り、アル……どうした!?」
クリスが驚いたのも無理はない。

走ったから息は荒れているしストールは落ちかけているし、髪は乱れている。何よりポロポロ泣いている。

(落ち着け、本人より周りが取り乱したらいけない。)

「何があった?ブルーノが送ってくれたんじゃないのか。セインか?」

「ブ、ブルーノが」

(あいつ、何をしやがった……!)

「喧嘩したのか?」

「違う、一方的に」
「一方的、に!?」

(まさか)

「誤解して、怒っちゃって」

(あのバカ……)

「私も悪いんだけど」

「いや、アルテは悪くない」

「どうせ政略結婚だから、って」

びえええん、と大泣きする妹を宥めながらクリスは呆れていた。

まあ事実だから。

「どうせ政略結婚だから、他のっ、他の人と恋愛したいならセイン様じゃなくて、俺にしとけって、ひっく、ブルーノの、馬鹿っ!」

(あー、えー、なんで、あいつ……)

「それで、アルテはどうしたんだ?」

「うっ、最低って突き飛ばして、降りてきちゃった」

「正解」

ややこしいことになってるし、多分ブルーノのほうがダメージが大きそうな気がする。
セインが何とかしてくれるだろ。


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