お伽話 

六笠 嵩也

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第二章

2-10

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 日が沈みかけた頃、屋敷の土間には頭巾で首から上を覆った男が一人、二人…と集まりだした。上ノ村の村長むらおさが村の男衆に手分けしてもらって呼び寄せた者達だ。その素性を明かすことはここでは憚られる。その為か、各々口を開かず黙したまま、目も合わせずにあちらこちらに散らばって居た。

しばらくして嘉平が廊下の奥からやって来た。そして一旦、土間に下りると深々と頭を下げて出迎えの挨拶をする。こうして礼を尽くすところを見ると、此処に集まった者達は其れなりの身分のある相手のようである。その中の一人が「あと三人。いや、一人と従者が二人来る手筈になっているのだがまだのようだ。」と嘉平に告げた。集まった男達がざわつき始める。痺れを切らせた一人が苛立ちを露わにした。

「嘉平殿、いつまで待たせるのかね。来ない者は放っておかれればよかろう?」

「はぁ、左様でございますな。まだお越しでない方々は到着次第加わると言う事で、皆さま、参りましょうか。」

嘉平の後を五名ほどの頭巾を被った男がぞろぞろと付いて行く。庭に回ると堂への道筋に焙烙が幾つか置かれ、柴に火が燈されていた。縄を張った結界の内側、堂の入り口近くに一対の小振りな松明が掲げられているのが見て取れる。そこを目指して皆が足音を立てぬように一列になって進んだ。

「母さま、お連れしました。よろしいでしょうか。」

「…ようこそ、南海補洛浄土へお越し下さいました。」

嘉平が声を掛けると、中からはお妙の声で返事があった。

嘉平は戸を開けるとすぐに男達を前へ押し出して、自分は息を止めて一歩後ろに下がった。戸を開けると同時に溢れ出てくる甘い香りを吸い込まない為だ。慌ただしく手荒に押しやったが顔だけは愛想良く笑った形を作り上げている。男達が堂の中に全員入りきると、嘉平は一礼し、静に戸を閉めて施錠した。もうこれで内側から開けることは叶わない。鈴虫はまともな状態ではないから、あとの交渉はお妙に任せるしかないだろう。
嘉平はすぐさま母屋に戻りお八重を呼び寄せた。

「お八重さん、まだ全員ではないが、お客様が堂の中に入られた。お前さんが中に入ると鈴虫の気が散るだろうから、裏手に回って聞き耳を立てていなさい。凡その事の成り行きは分かるだろうよ。」

「急な申し出をお聞き届け下さり、ありがとうございます。」

「とんでもない。こちらこそ、ありがたかったよ。落ち着いたらまたゆっくり遊びに来ておくれ。」

お八重は頭を下げると、物音を立てないように堂の裏手に回った。堂の裏はほとんど真っ暗だった。しかし壁から一筋の光が細く漏れ出している。その光を頼りに壁に顔を近付けると、外気よりも少しぬるく甘い空気が鼻についた。そして中からはお妙と数人の男の声が聞こえてくる。どうやらそれぞれの身分は明かさないが、各々何度か面識がある者同士のような、妙に打ち解けた話し方だった。お八重は緊張しながらも、思い切ってその穴を覗き込んだ。


その頃、到着の遅れた三人は村へと向かう道を押し問答しながら歩いていた。

この御一行、随分と長いこと歩き続けている。最上流の上ノ村から伝達が走ったので、同じ領地内で最も川下の村に居た此の者達に話が届くまでには時間が掛かった。出だしで遅くなった焦りと、川下から川上へと向かって歩いているので、多少緩急に差があっても常に登り道を歩いている疲れも出て、いい大人が駄々っ子のような会話をしていた。

「馬を使うなとは何故なにゆえか問い質しておくべきであった。しかも手拭いの上から笠を被り、頭巾までも持参せよとは何故か。何故、詳しく説明もしないのか。それにしても…もうどれ位歩いたか…。もうすっかり日も落ちたのに笠はいらんだろう…なぁ?」

「で、す、か、ら!御館様!止めておかれた方が良いと、わたくし、弦次郎げんじろうは存じます。今からでも遅くは御座いません、引き返しましょう!」

この御館様と呼ばれるこの男、年の頃にして三十路に掛るか否か。目深に被った笠の庇から垣間見えるその顔立ちは、目鼻立ちの際立った秀麗なものである。そして身の丈およそ六尺にもなろうか、体つきもすらりとした美丈夫である。
そしてその御館様を引き止める弦次郎。一見すると同じ年頃あろうか。背丈も同じくらいであるが鍛え上げられた肉体を持ち、なかなかいかめしく鋭い眼光をしている。

「何故に止めるのだ。上ノ村の使者が言うにはこの上なく美しい観世音菩薩像が十五年ぶりに御開帳になるというではないか。
 それと、その御館様って言う呼び方は…どうも好かん。名で呼ぶのが憚られるのならば、余には慈照じしょうと言う戒名があるのだからそちらで呼べばよい。ちょうど御仏の御前に詣でるのだから慈照と…あぁ、村に着いたらどの様な場合も名を明かしてはならんのだったか…誠に不思議な習わしよのぉ。」

「お館様、いえ、慈照様、風野かざのからもお願い致します。是が非でもお止め下さい。」

更に二人の後から付いて歩く風野という者、他の二人と同じく笠を目深に被って男物の野良着を纏っているが、一見すると男か女か判別の付かない容貌をしている。声色からしても、男装の麗人であろうか、それとも女形なのか。微妙ななりで正体のよく分からない者だった。

「お主らは…先程から熱心に止める割には理由を言わぬ。何故なのだ。止めろと言うならば理由を述べて説得せよ。」

「そ、それは…ですねぇ…えっ…何と言いますか…お館様には不釣合いに思います。どうか風野に免じて!」

「不釣合いとは当たり前だ。人が御仏と釣り合うとでも思っているのか。観世音菩薩様の足元にも及ばぬ事は重々承知。余も兄が急な病で鬼籍に入り、厭々、仕方無しに、やむを得ず、不本意ながら還俗するまでは、長いこと仏門に身を置いて居たのだ。見目麗しき仏像があれば、一度は拝んでみたいと思うのは当然の事ではないか。そうであろう?還俗すると神仏を拝むことすら許されんのか?えい、答えてみよ。」

「そうではありませんが…。あのですね、その…」

「ほう、あれは何だ?村人が集まって何をしておる。」

辺りは足元がやっと見て取れるほどに暗くなりだしていた。薄暗い道の先に目を遣れば、道の外れにこんもりとした雑木林があった。その木々の合間から橙色の光が漏れている。そして近付くにつれて人の話し声や、手拍子に合わせて歌うような声、そして笛と太鼓の音も聞こえてきた。何やら賑やかな宴が行われているようだ。

「ここは確か小さな御社の境内。はて、この時期に夜祭か。丁度いい、松明を一本貰い受けて来よう。」

「さようで。では少々お待ちを…」

「あぁっ、ダメです!ここは風野が参ります。笠を被って変装してもお二人は目立ち過ぎますから!」

風野は道から逸れると近場に居た者から灯りを分けてもらった。これで慣れない夜道も心強い。
先を急ぐとしよう。



※焙烙=底の平たい素焼きの皿
※六尺=6×30.3cm(180㎝位。かなりの大男の意。)
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