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これは仕事?
しおりを挟む取り壊しが決まったこのアパートへ出向くのは4回目だった。
冷たい小雨の降る日、101号室の住人『一ノ瀬 快(かい)』のアパートの引き払い日を確認するために尋ねた。
3回目不在だった時、不動産から一ノ瀬の仕事先を確認した。
「三沢工務店」土木・舗装関係や、設備関係の会社だ。
夜間の工事が多いしらしく、3回とも尋ねたのは16時頃だったから、きっとすでに仕事に出ていたのだろう。
今回は昼前に尋ねた。
だいぶチャイムを鳴らした時、反応があってホッとした。
ドアを開けた一ノ瀬快は、思っていたよりだいぶ若かった。クリっとした大きな目は伏し目がちで、顔色は悪く、髪もボサボサだった。話していてもどこかふわふわしていて、もしかして病気か何かか?と思った。
立ち退きの説明の途中、いきなりふらっと倒れそうになった時はびっくりした。
床に倒れる前に、支えられて良かった。
(これは…参ったな)
苦笑しながら介抱することとなった。
ひと通り介抱してやり、部屋を出る時に鍵をポストへ入れた。
また明日にでも出直そう。
そう決めた時、ポケットの携帯がブルッと鳴った。
確認すると、社長の渡辺からだ。
(今夜の会食、先方は19時に来れるそうだ。俺も行くから迎えは18時半に頼む。)
あー、今日は契約先の代表との会食だった。
(了解致しました)
一言返信し、次の仕事場へ向かう。
しかし——
「りょう……って俺か?」
――――僕は、大学を卒業してすぐに大手の会社に就職が決まった。
意気揚々とやる気に満ちた23歳の僕。
同期との関係も良好で、日々を充実して仕事に励んでいた。
しかし、どうしようもない事が多くなり、日々悩んで過ごしていた。
入社後、次第に上司から接待に誘われる事が多くなった。
言われるがままに現場へ行くと、席には先方会社の重役達の中に、派手な女がすわっていた。常務だったっけ?
何度かお会いした事があったので、軽く挨拶を交わし、みんなで談笑していた。
「さてと。新田常務は亮介君を大変気に入ったようだ。少し場所を変えて仕事のノウハウでも学んでみてはいかがかな?」
と促された。新田常務は俺を見て微笑んでいた。
「はぁ」
俺は何が何だか最初は分からなかったが、どうやら暗黙で、接待しろとの上司命令だと悟った。
「失礼の無いようにな」
俺の耳元で上司が囁いて肩をポンポンと軽く叩いた。
――――最上階のバーラウンジでカクテルを飲みながら俺は何を話していいやら戸惑って、とにかく常務を褒めた。
今日も綺麗ですね。
そのネックレス素敵ですね。
このカクテル美味しいですね。
初めてのホテル最上階のBAR。自分は場違いのように感じていた。
常務はゆったり笑いながら
「小高君は、彼女とかいないのかしら?こんなに素敵な男性だもの、2.3人ぐらいはいるのかしら?」
「いえ、私は今は仕事ばっかりで……」
本当の事を答えた。
「ねーえ。そろそろゆっくり部屋で別の話しをましょう」
とホテルの鍵をテーブルにカチャリと置いた。
「え、えぇ。そうですね」
覚悟はしていたが、身体が強張った。
この女常務を怒らせれば、会社に損害が出る事は分かりきっていた。
もう、決めるしかないのだ。
――――「……すみません」
ベッドの上で正座をして謝ることになってしまった。
「飲みすぎちゃったのね。可愛いこと。」
バスローブを直しながら、常務が俺の鼻をツンと弾いて笑った。
(良かった、怒ってはいないみたいだ)
「でも……、このままでは、つまらないわね。また今度抱いてちょうだいね。」
「は、はぁ」
頭を掻きながら曖昧に答えてはみたが、そんな気は絶対ない。
男としての役目を果たせなかった情けない僕に、常務は次の約束を取り付ようとしていた。
そして、笑いながら
「次回はカクテル禁止かしらね。凄いペースで飲んでたよね。…また小高君と会える楽しみができて嬉しいわ」
僕の顎をクィッとあげて唇を重ねてきた。
――――「では、失礼いたします。」
常務を残し、部屋を出た。
乱れたネクタイを締め直し、ホテルを後にした。
何も考えないように、とにかく無になっていたかった。
家に着いて、すぐにシャワーを浴びた。
酒に酔って不能になった訳ではない。
あの身体を前にして、出来るもんか!思い出して、強い吐き気に襲われトイレへ駆け込んだ。
吐いてからも立ち上がる事ができず、しばらくの間、便器に項垂れていた。
ふふ……ふふ…… 笑いながら肩が震える
あはははは!!もう大爆笑だ
僕は、何をやっているんだ?これが仕事か?
あのババァ、そんなにしたけりゃ、ホスト行けよ!僕はただの会社員だぞ。気取ってバカにしやがって。
自分の惨めさに震えが止まらなかった。
――――次の日、出社すると上司から肩をポンポン叩かれ 「大丈夫だったみたいだな!また、今後もよろしくだとよ!小高君には、別の物件も頼むかもしれんから、よろしくな!」
「……はぁ」
「さ、気を取り直して仕事!仕事!」
上司はパンパンと手を叩き大きく叫んだ。
同期で入社した仲間より明らかに僕は夜の接待が明らかに多い。
僕は理解した。僕はただの顔要員って事だ。
ただ…居ればいい。
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