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1. 最悪な出会い方

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「私に期待するなよ?」


そう冷たく突き放すように彼は彼女に告げる。
すると、彼女は目を瞬かせ首を傾げた。


「何の話です?」

「はっ、君は顔は良いのに頭が悪いのか! 容姿も頭脳も素晴らしいシルヴィーとはやはり違うな!」

「…………」


ここは彼の執務室。

そこにある2組のソファに彼と彼女は向かいあって座っていた。

彼女の目の前にいる彼は容姿端麗という言葉が似合うほどの金髪碧眼の美青年だった。
しかし、その顔は今、怒りに満ちている。

彼は自分と彼女の間に置かれた紙切れ……明日提出する予定の婚姻届を指差し、彼女に言い含めるように説いた。


「君の為に懇切丁寧に説明しよう。
此度の君と私の婚姻は仕方がなく結ばれたものだ。
私はお前など要らなかったが、父上が私の話も聞かずに愛しいシルヴィーと婚姻は不可能だと断じて勝手に決めてしまったせいでこうなった! 
今も不服だ。
お前は私の地位と私の美貌目当てに嫁いできたのだろう。
だが、私に期待するな、愛など求めるな! 私の愛は聖女シルヴィーにある!お前は邪魔だ。妻の役割はさせてやるがな! それ以上は求めるなよ」


彼こと元第一王子にして現ズィーガー公爵家当主クリフォード・ズィーガーはそう吐き捨て、自分の父をだまくらかし姑息な手を使い自分の妻となっただろう彼女から目を逸らした。

その醜いだろう魂胆はさておき、クリフォードから見て彼女は美しい女性だった。

白金に輝く髪も、夜のような藍色の目も、艶やかな白磁の肌も、そして、名のある彫刻家が作ったようなその完成された美貌も、彼にとって目障りな程に魅惑的だった。


(父上め、私の愛を試すおつもりだな! 見くびるな。この女はどう考えても、私の内面を愛したシルヴィーとは違い、私の外見に釣られてきた愚かな女だ。全く侮られたものだ)


クリフォードは舌打ちした。

そうしてどのくらい時間が経っただろう。

部屋には異様な緊張感が漂う。

不機嫌に黙り込むクリフォードを横目に、不意に彼女は座っていたソファから立ち上がりクリフォードの方に向き直った。

そんな彼女を彼は睨みつける。


「おい、なんだ? 縋りつこうというのか? だが」

「話が終わったようなので帰ります」

「私に泣き縋ろうとも無駄……は? なんだと?」


予想外の言葉に彼は呆気を取られ彼女を見る。

てっきり自分に振られ傷ついた彼女が自分に縋りつこうとしていると思ったが違った。

彼女の顔にはクリフォードが思い描いていた男に振られ傷ついた女の惨めな顔などなく、張り付けたような微笑みがあるだけだった。


「おい! お前、なんで……!」

「クリフォード様、実は私も今回の婚姻は不服なんです。お互い様ですね」

「は?」


呆けた声を出す彼を目の前に彼女は淡々と告げた。


「私、クリフォード様と同じ気持ちで良かったですわ。
国王陛下の命令とはいえ愛する方がいる殿方のお飾り妻になるなんて不服でしたの。
クリフォード様覚えています? 愛のない夫婦など惨めなものとクリフォード様は元婚約者様に仰っていたそうですね。新聞記事で見ましたわ。私も同じ意見です。
クリフォード様の言う妻の役割が何か分かりませんが辞退させていただきますわ。お互いに不干渉でいましょう? 愛のない夫婦なんて惨めですから、ね?」

「は、はあ? 何を言って!」

「お互い国王陛下の命令に従ってるだけの仮面夫婦になりませんかと言っているのです。
私はお飾りの公爵夫人で、貴方は引き続き聖女様と、婚前交渉でうっかり出来てしまったお子様を愛していれば良いですわ。
元々私は本邸ではなく別邸に住まう予定ですし、私にお構いなく本邸で愛する人と自由に過ごしてくださいな。新たなご子息が生まれても絶対に何も言いませんので。
私達の婚姻は何処までも白い結婚。良いでしょう。旦那様」


クリフォードは一瞬、彼女に何を言われたのか分からず固まっていた。

彼女は真実の愛を引き裂く悪女……そう固く信じていたクリフォードにとって彼女の話は信じ難い話だったのた。


(不服? 惨め? 白い結婚? 
この私との結婚が不満だと? は? 侮辱したのか? この女は)



その端正な容貌を真っ赤に染め上げ、クリフォードは逆上した。



「マリィ・ハルトマン! 男爵令嬢の分際で身の程知らずな! 当主である私を侮辱したなど許さない!
私を怒らせたんだ。覚悟しろ。
白い結婚が望みなら叶えてやる! 二度と本邸に来るな!」


しかし、そう叫んだ時には彼女はもう退室しており……開け放たれた扉の向こうから足音と共に「では、そのように」という声が聞こえるのみだった。


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