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第二話 将来の旦那様はラスボス
しおりを挟む自分がゲームのヒロインで、婚約者がゲームのラスボスだと気づいたミーティだったが、だからといって何か変わるということはなかった。
相変わらず、将来の公爵家を守る女主人になる為に朝から晩まで勉強し、休憩時間は家庭教師や使用人達と歓談し、夜はレオリオとのんびり過ごす。本当に何も変わらない。
当然と言えば当然の話である。あのゲームは学園モノだった。だが、今のミーティもレオリオも学校を卒業した立派な成人。ゲームに当てはめれば今は所謂クリア後なのだ。何も起こるはずがなかった。
窓の外が宵闇に染まっていくのを見ながらミーティはハーブティーを片手に思った。
(私が女学院じゃなくて、ゲームの舞台でもあるお姉様が行っていた学校に入学すれば、もしかしたら何かあったのかもしれない。
それこそあのゲームの内容をなぞるように恋愛イベントとか起こったかも?
でも、結局、私は女学院の方に行ってしまったし、攻略対象者にも会うことはなかった。出会わなかったせいでヴィンセント殿下も他の人も名前しか知らない。ゲームとしては始まる前に終わってしまったようなものかしら?
でも、結果的に良かったかもしれないわ)
ミーティはふと窓辺から自分の目の前にいる彼の方へ視線を移した。
ミーティの目の前に座るレオリオは熱心に本を読んでいる最中だった。随分集中しているようでじっと見つめるミーティにも気づいていない。
(実はゲーム通りだとレオリオ様はもういないのよね……)
ミーティの記憶が正しければ、ラスボスであるレオリオの最期はあまり良いものではなかった。
主人公達に敗北したレオリオはゲームの終盤、全ての悪事の責任を取らされ表舞台から消える。描写は無かったが恐らく処刑されたのだとミーティは思う。それ以降、どのエンディングでも彼を見ることはなかった。
だからゲーム通りであれば、彼は既に存命ではないのだ。
しかし、ミーティが女学院に行ったせいか、それとも他の原因か、今目の前にいるレオリオはゲームの中のような悪事はせず、処刑されるようなこともなく、真面目で穏やかな青年のままこうして生きて、ミーティの隣にいる。
(この結末で良かったわ。
結局、この世界は平和なままだったってことだし、彼は生きてる。その方が今の私からすれば大正解だった)
ゲームの彼はともかく、ミーティは今目の前にいるこのレオリオを愛している。
ちょっと悪戯好きなところがあるが愛情深い彼の傍はとても幸せだ。この幸福はゲーム通りに生きていたらまず無かっただろう。あのゲームにはレオリオと結ばれるルートはなかったから尚更……。
ミーティは偶然とはいえ辿り着いたこの現実に感謝した。
「ふふっ……」
ハーブティーをサイドテーブルに置きつつ、ついミーティは笑みを零してしまう。その声に目の前にいた彼も気づいたようで本から顔を上げた。
「ミーティ? どうしたんだい?」
「いえ、何でもないです。ただ今、幸せだと思ったので」
「……」
微笑みを浮かべミーティがそう答えると、レオリオはその紅い瞳をほんの少しだけ見開かせた。
「……本当に?」
その条件反射のように問われた問いは、妙な重さを持っていた。ミーティは首を傾げる。何故かとんでもなく重要な選択を迫られているような気がした。
下手な返答は出来ない。これを間違えたら二度と戻って来れない。そんな感覚にミーティは驚きながらも、しかし、ミーティははっきりと答えた。
「はい……幸せです。貴方と婚約出来て本当に嬉しいんです。私」
その瞬間、部屋の明かりが一瞬、明滅した。
本当に瞬きの一瞬で、意識しなければ気づかないほどの明滅だったがミーティは気づいた。それをミーティが変に思っていると、目の前に座る彼が安堵したように息を吐いたのに気づいた。
「レオリオ様……?」
「実は……君に黙っていたことがある」
「……?」
レオリオは手の中にあった本を徐にサイドテーブルに置くと、ミーティと向き合った。
「実は、2週間後に王家主催の舞踏会が開かれる……」
「はい?」
ミーティは驚いた。ミーティはとある理由から今までの人生で1度も舞踏会に参加したことがない。だが、レオリオの婚約者となった今、彼と共に参加することもあるだろうと思っていた。それがまさかの2週間後。流石に急すぎる。
ミーティは焦った。
「どうしましょう。ドレスも何も用意していないのですが……」
「いや、君のドレスもアクセサリーも既に準備している」
「……え?」
「君に何も知らせていないだけで、一ヶ月前には揃えていたんだ」
「えぇ!?」
ミーティは思わずレオリオを2度見する。何故そこまでしていて何も知らせなかったのか疑問で仕方がなかった。そんなミーティの視線に気づいてか、罰悪そうにレオリオは視線を逸らした。
「全ては私の勝手な判断だ。申し訳ない。狡い私を許して欲しい。貴方を連れて行きたくなかった」
「えっと……それは私が実力不足だからですか?」
ミーティに思い当たるのはそれくらいしかなかった。だが、ミーティがそういうとレオリオはすぐさま椅子から立ち上がり、座るミーティに駆け寄ってその肩に手を伸ばした。
「それは断じて違う。これは私が……君を閉じ込めておきたかったからだ」
「と、閉じ……!?」
「君は愛らしい。とても……。
この髪も瞳も全て美しく、可憐だ。
そんな君と婚約できたことに私は奇跡と幸福を感じている。
だが、同時に不安なんだ。君を誰かに横から掻っ攫われないかと……。
特に今回の舞踏会は国中の貴族が集まる大規模なものだ。私の婚約者だと知っても愛らしい君に懸想する者は出てくるだろう。それに私は酷く怯えている。
それに、こんなに愛らしい君を知っているのは世界で私だけでいい。独占したいんだ。君のただ一人の夫として……」
レオリオに打ち明けられたその本音にミーティはただただ目を丸くするしかなかった。
(レオリオ様ってこんなに独占欲も強かったのね……)
彼に愛されているのは分かっていたがここまでとは思わずミーティは驚く。初めてレオリオの愛の重さを垣間見た気がした。
しかし、幾らミーティを誰にも見せたくないからと、王家主催の舞踏会をすっぽかすなんて有り得ない。特に彼は王太子の側近だ。厳重注意では済まないだろう。だから、ミーティは機転を効かせることにした。
(私に懸想する人なんて早々いないと思うけど、レオリオ様がそれで私を連れて行けないというのなら方法を考えなくてはならないわ……。
そう例えば……逆転の発想ね)
自分を抱きしめるレオリオの頬に手を伸ばし、自分の方へ向ける。
不安げなレオリオの紅い目と目が合った。
「レオリオ様、こう考えてはどうでしょうか?
今回の舞踏会は、私達の仲を見せつけに行くのです」
「!」
「私からすればレオリオ様が懸念されているような事が起こるとは思えませんが、レオリオ様がそう思うなら、私達の間には隙はないと分かるくらい仲を見せつけてしまいましょう?
舞踏会でお披露目するのはただの私ではなくレオリオ様の婚約者になった私なのですから」
そう話し、彼を安心させるようにミーティが微笑めば、レオリオの表情が目に見えて明るくなる。ミーティは内心、ホッと胸を撫で下ろした。
だが、ミーティが安心するにはまだ早すぎた。
「それは名案だ。だけど、ミーティ、良いのかい?」
「? 何がです?」
「私は確信が持てなければいつまでも気にするタイプでね。特に当日はきっと君が思う以上に心配になると思うんだ。君には負担をかける、いや、君には恥ずかしい思いをさせるだろうね。たとえば、こういう風に……」
「え?」
そうミーティが驚くと同時に、レオリオがミーティの首に手を回し彼女を抱きしめる。そして、ミーティは流されるまま彼に唇を奪われた。
ミーティは気づいていない。
不安だと語っていた口元にはずっと笑みがあったことも、その紅い目がじっと何か企んでいたことも……たった今、その愛が更に重くなったことも。
ミーティが気づくことはなかった。
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