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しおりを挟むコリンヌさんがナイフを握りしめ私に向かって真っ直ぐ走ってくる。
貴族達にあれだけ強い殺意を向けておきながら、私はコリンヌさんから向けられた殺意で動けなくなっていた。
どうして……!? コリンヌさんは私がノアだと気が付いたの? そうだとしてもなぜ私に向かって来るの……
周りは騒がしく、まだこの状況に気付く人はいない。
人から向けられる殺意がこんなに恐ろしいものだなんて……
怖い……動けないっ……誰か!!
………心拍数が上がり……声も出せないっ……
まるで悪い夢の中にいるように早く逃げ出したいのに身体が言うことを聞かない。
「トーカさんっ!!」
王妃様の声が聞こえてハッとする。
ようやく動けるようになったけれどコリンヌさんはすでに目の前まで来ていてナイフを私に向けて……
間に合わないっ……そう諦めかけた瞬間
パンッ!!
手刀でナイフを叩き落とし、見事な膝蹴りをみぞおちに入れ、コリンヌさんを床に沈めた人物がいた。
クリーム色のドレスをフワリと翻し
「まったく、本当にどんくさいわね、ノアは」
そう言って意地悪そうに微笑むティナ様……
ティ……ティナ様ッ!?
ティナ様がコリンヌさんの手を踏んづけたまま振り返る。訳がわからないのと怖かったのとで泣いている私を見ると
「ケガはないわね。あらあら、ブサイクね」
そう言って私の涙を拭いてくれたティナ様のハンカチにはネコの刺繍がしてあった……孤児院の子供達が作ったハンカチ……
驚いてティナ様をみると
「何よ。私だって動物は好きよ」
と、不機嫌そうだけれど頬をうっすら染めて言う。
いや……コリンヌさんの手を踏んづけたまま可愛く言われても……
よくわからないけれど何だか安心してしまい涙が溢れる。
あーあ、と言いながらも溢れる涙を拭いてくれるティナ様の表情が優しくてまた涙が出る。
「トーカさん大丈夫!?」
いつの間にか私の側に来てくれていた王妃様とノバルト。
王妃様がティナ様を見る。
「よくやったわ」
王妃様!?
「はっ」
ティナ様!?
ど、どういう……?
「彼……いや今回は彼女か……は、こちら側の人間だよ」
え――ノバルト……最初の呟きも気になるのだけれど……
「今回も大変だっただろう。ご苦労だった」
じゃあ本当にティナ様はリアザイアの……なんだろう?
「オーーホッホッホッホッホッホッ!」
わざとらしいこの高笑いで完全に皆さんがティナ様に注目する。
「イヤですわ、ノヴァルト殿下。貴族に紛れ込む事程簡単なことはございませんのよ」
ティナ様はまだコリンヌさんの手を踏んづけているけれどそのまま…………続けるみたい。
「今回なんて特に。令嬢は殿方の話とドレスの話しかしませんし、わがままで平民を見下す振る舞いをするだけで勝手に貴族だと思い込み気に入られ受け入れられましたわ。ありもしないブラウン子爵家の令嬢ティナを」
間抜けね、フフフッと貴族達を見渡し
「真面目に地道に働いている平民になりきることの方が難しいのよ。彼らの絆は強く義理堅い。新入りにも世話を焼き受け入れてくれる。損得関係なく助けてもくれる。彼らは人としっかりと向き合うからこちらも気を抜けないし離れがたくなるの」
そんな経験があるような言い方……
「あなた達のように爵位や資産ばかりを気にしている者達の中にはとても入りやすかったわ。全く馬鹿馬鹿しいし退屈だったけれども。そんな関係だからこんな時自分ばかり助かろうとするのだわ。見苦しい」
嫌悪の表情がどうでも良さそうな表情に変わる。
「爵位も資産もなくなってしまう貴方達には一体何が残るのかしらね。興味もないけれど」
心底つまらなさそうに貴族達に向けため息をつく。
「私はね、やるとなったら徹底的になりきるわ。嫌なヤツだろうと、気持ちから振る舞いまで」
それはもう完璧でしたよティナ様……正直ひどい人だと思っていました。ひどい事をしていたし……
「今回の人間関係ほど切りやすいものはないわ。あなた達にはリアザイアの危機にザイダイバが手を差しのべた事も、リアザイアがその恩を忘れず時が経った今ザイダイバに手を貸した事も理解は出来ないのでしょうね」
これまで貴族で仲間だと思っていた者から突然牙を剥かれ混乱する貴族達。
そしてまさかの人物から助けられ混乱する私。
ザイダイバの王族が指示を出しコリンヌさんは騎士に取り押さえられ、貴族達も全員連れていかれている。
いまだに何が何だかよくわかっていない私は別室に案内されてリアザイアの皆さんから説明をされる。
「トウカ、驚かせてしまってすまない。彼女、ティナは私達王族に仕える影と呼ばれる者だよ。彼女は……この通り潜入が得意なのだよ」
だから皆さんいろいろと知っていたのか……
それにしても完璧と言うかやり過ぎと言うか……
「きっと不快な思いもさせてしまっただろうね……すまない。我々は彼女の……彼らのやり方にはあまり口出しをしないようにしているのだよ。命を掛けてくれているからね」
そうか……それなら納得です。
「私達兄弟がザイダイバに来たのは、捕まった貴族達の計画の引き金になる役割りがあった。そうする事で計画が実行される時期が絞られるからね」
王妃様も言っていた……主導権を完全には握らせないようにするための引き金。
それともう一つ…………ノバルトが続ける。
「トウカ、君に人を殺させないよう止めることが我々兄弟の一番の役割りだった」
「あ…………」
そうだ……私はたくさんの人達を……殺してしまうところだった。
今さら震えてくる。あのまま実行してしまっていたら……
きっと今までと同じように生きてはいけなくなっていただろう……
三毛猫さんがジッと私を見つめている。
失うものの大きさに気が付いて震えが止まらない。
「君を止めてくれる人達がいる、良かったじゃないか。君が積み重ねてきた関係は素晴らしいものだよ」
突然男性の声でティナ様にそう言われて驚きで震えが止まる…………
ブッ……アッハッハッハッ……その顔っ!
えーー令嬢の姿に男性の声ですごい違和感……
お腹を抱えて笑うティナ様と……なぜかノクトも笑っている。そしてその横でノシュカトが変なのに気に入られて……と気の毒そうに私を見ている……それはそれで何か不安になる……
「すまない、トウカ。こんな風だがとても優秀なのだよ」
ノバルトがティナ様を困ったコを見るような……けれども優しい表情でそう言う。
彼らが信頼関係を積み重ねてきた事がよくわかる。
そういえば、とふと思う。
「ティナ様が影ならたくさんの人に見られたけれど大丈夫なの?」
ノクトが笑いから立ち直り
「次に会う時はまた別の姿をしているからな。性別も変わっているかも知れないぞ」
続けてノシュカトも教えてくれる。
「今回は彼女、だけれども本当の姿はお互い子供の頃に見たきりだし性別も父上と母上しか知らないんだよ」
そうなんだ……
私の姿を見た貴族達が長生き出来るとも思えないし。
……ティナ様が物騒なことを呟いた。
「今回はトウカを守る為に母上が潜入を頼んだのだよ」
まさかあのティナ様に守られるとは…………
けれども思い返してみるとシュゼット様付きメイドになれたのもココさんを見つけられたのもタイミング良くお城で働く時間が出来たのも全部ティナ様のお陰……?
それとも偶然だったのかな…………
ティナ様を見るとフンッと意地悪そうに微笑んでいる。
「自分の娘が傷つくのは見たくないもの。それもあんな人達のせいで」
王妃様…………
「あの、皆さん本当にごめんなさいっ。それからいつも守ってくれてありがとうございますっ」
そう言ってバッと頭を下げる。
「トーカ、辛い思いをさせてしまってすまなかった。結局君に助けられたのはこちらだよ。たくさんの民と騎士達と動物達を救ってくれてありがとう」
陛下がそう言うと全員が私に頭を下げる。
王族全員に頭を下げられ慌ててしまう私の元に三毛猫さんがトコトコトコ。
抱き上げようとすると視界がクラリと傾く。
あれ? この感じ…………私の異変に気付いたノバルトが倒れる前に抱き止めて額に手を当てる。
「熱がある」
やっぱり……大丈夫だよと言おうとしたけれど意識が遠くなる。
三毛猫さんのニャ――と鳴く声を最後に聞いて私はそのまま瞼を閉じた…………
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