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1.勘違いは突然に!
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「はぁっ~、出るのは溜息ばかりか……」
営業の帰り道、車の中で大きな溜息を吐く。
私の名は山本飛鳥。人呼んで、笑ゥせぇ……ではなく、ただの弱小パンメーカーのオッサン営業マンである。この業界はヤマザル製パンが圧倒的なシェアを誇っており、我社など風の前の塵と同じである。そしてこの時期は、ヤマザル製パン恒例のサルのパン祭りが開催されており、我社の商品は躊躇なく商品棚の端に追い込まれていくのであった。こんな時期でも売上を伸ばすべく、私は馬車馬のように取引先の店舗を駆け回っていた。その上、パンメーカーの営業マンだからと言って、パンだけを販売すればいいというわけではない。端午の節句の柏餅、彼岸時のおはぎやぼた餅、――はっきり言って、イベントがある度に販売先で頭を下げているのだ。そして一番辛いのは、クリスマス商戦のケーキ販売である。ただでさえケーキ屋やヤマザル製パンより味で劣るケーキを売り込み、傍若無人のノルマを達成しなければならないのだ。毎年のように親戚や友達にまで頼み込んで買ってもらうが、それでも達成できずに、最後は泣く泣く自腹を切っているのだ。
「くそっ! 四ヶ月も前の事だけど、思い出すたびに腹が立つな! あのバーコード禿の森係長め! 私の指導が良かったからノルマを達成できました――とか抜かしやがって、人の苦労も顧みずに上司にばっかり媚びを売ってんじゃねえよ! ぺっぺっぺっ……あっ、今の道、右折だったな」
悪態を吐きながら唾を飛ばしていたら、どうやら道を曲がり損ねたようだ。得意先回りも終わり、引き返すのも面倒になった私は、ドライブ気分で間違った道をひた走る。やがて視界に映る民家や対向車もめっきり減り、道に沿って雑木林が生い茂る勾配の緊い山道へと変貌を遂げていった。
「あちゃー、失敗したな。横道も無いようだし、これは完全に一本道だ……引き返した方がいいかな」
引き返そうと考えていると、カーブの先にある駐車場の標識が目に飛び込んできた。これ幸いとばかりに車を滑り込ませ、辺りを確認してみる。
「天神社駐車場か……あの階段の上にあるのが社殿だな。一服したら寄ってみるか」
ありがたいことに駐車場には自動販売機とトイレが設置されていた。私は車を降りると徐に硬貨を取り出し飲み物を購入する。勿論買ったのはジンジャーエールだ。
「神社でジンジャーエールってか……此処の管理人は中々分かっているじゃないか」
しょうもないギャグを呟きながら、ペットボトルに口を付けゴクゴクと喉に流し込んでいく。渇いた喉が潤い、火照った体に涼しさが沁み込んでくる。
「さて、それではお参りしてくるか」
社殿に続く細長い石段を上っていくと、駐車場からカシャカシャと自転車のペダリングの音が響いてくる。振り向くと高校生ぐらいのポニーテールの女の子が、自転車から降りてトイレに駆け込むのが見える。苦笑いしながら鳥居をくぐり抜け社殿に辿り着く。樹々の隙間から木漏れ日が差し込み、古びているが荘厳な社殿を一際際立たせていた。
「パチンコで大勝できますように、株で儲かりますように、宝くじが当たりますように、女の子にモテますように、気ままに生きていけますように…」
賽銭を投げると柏手を二度打ち、俗なお願いを次々と並べあげていく。金持ちになってモテモテで、気ままにC調な人生を謳歌したい。叶う訳が無い願いを本気でしてしまう、現実逃避の悲しい社畜のオッサンであった。
「刻限通り15時45分……貴方は、ヤマモトアスカ様で間違いございませんか?」
願掛けが終わり頭を上げると、不思議な声が響き風景がガラリと変わっていた。ぼんやりと白い光を放つ神秘的な空間に、翼を広げた可愛らしい少女が浮かび上がっているのだ。
「はっ? えっ、天使? 何で神社に天使? というか、ここはどこ? 君は誰? 私は確かに山本飛鳥だけど、どうして名前を知っているの?」
「ヤマモトアスカ様と確認しました。エルピス様の元に案内いたします」
私の質問を無視するように、少女は私の手を取り空中に舞い上がる。いきなりの事に、私は当然大パニックである。
「ぎゃ~、何で宙を飛んでるの? 速いよーー、速すぎてオシッコちびりそうだよーー! はっ! これはきっと●ーマンのパータッチの法則だ。手を離せば時速は半分に……」
「手を離しましょうか? 真っ逆さまに落ちてあの世行きですけれど、それをご所望でしょうか?」
「いや~ん、離さないで下さい。本当に止めて……Everyday Everynight 離したくはない♪」
「貴方が、パッパラパーマンだということは理解しました。迷惑ですので、大人しくしてもらいたいのですが!」
「大人しくしています。大人しくしています。でも私がお嬢さんの足を掴む、縦のパータッチに変更しませんか? そうすれば眺めも最高……ふんぎゃっっっーーーーー!!!」
「この覗き魔! ロリコン! スケベオヤジ! 死ね死ね死ね!!!」
繰り返し電撃を浴びせると、更に飛行速度を上げていく美少女天使。電撃と高速飛行をお見舞いされた私は、半死半生の状態で目的地に辿り着くのであった。
「エルピス様、生ゴミ……もといヤマモトアスカ様をお連れいたしました」
グロッキー状態の私を、荷物のように放り投げる美少女天使。そこは白い大理石で出来た神殿で、柱の中央にふくらみを持たせた巨大な柱が立ち並んでいた。
「酷いな、なんて事するんだよ! 美少女天使セーラーちゃん!」
「ぐっ、どうして私の名前を……貴方は、覗き魔でロリコンのうえにストーカーですか? 本当にキモいです!」
「えっ? お嬢さんの名前、本当にセーラーなの? こいつは、びっくらたまげた門左衛門! フヒャハハハ!」
バキッ!
「Noooooo!!!」
適当に言った名前が当たり、一人笑いしていると――セーラーちゃんのタイキックが私のお尻に直撃する。少女とは思えないほどの強烈な一撃で悶絶する私。お尻を押さえながら蹲っていると、神殿の奥の扉から古代ギリシャのキトンと呼ばれる衣装を身に纏った女性が姿を現した。美しいというより可愛らしい感じでの人である。
「勇者ヤマモトアスカ――神託に応えて馳せ参じてくれた事を、心より感謝いた……え? えっ?……誰ですか、この変なおじさんは……」
彼女の驚愕の表情と放たれたセリフで、私は招かれざる客と理解したのであった。
営業の帰り道、車の中で大きな溜息を吐く。
私の名は山本飛鳥。人呼んで、笑ゥせぇ……ではなく、ただの弱小パンメーカーのオッサン営業マンである。この業界はヤマザル製パンが圧倒的なシェアを誇っており、我社など風の前の塵と同じである。そしてこの時期は、ヤマザル製パン恒例のサルのパン祭りが開催されており、我社の商品は躊躇なく商品棚の端に追い込まれていくのであった。こんな時期でも売上を伸ばすべく、私は馬車馬のように取引先の店舗を駆け回っていた。その上、パンメーカーの営業マンだからと言って、パンだけを販売すればいいというわけではない。端午の節句の柏餅、彼岸時のおはぎやぼた餅、――はっきり言って、イベントがある度に販売先で頭を下げているのだ。そして一番辛いのは、クリスマス商戦のケーキ販売である。ただでさえケーキ屋やヤマザル製パンより味で劣るケーキを売り込み、傍若無人のノルマを達成しなければならないのだ。毎年のように親戚や友達にまで頼み込んで買ってもらうが、それでも達成できずに、最後は泣く泣く自腹を切っているのだ。
「くそっ! 四ヶ月も前の事だけど、思い出すたびに腹が立つな! あのバーコード禿の森係長め! 私の指導が良かったからノルマを達成できました――とか抜かしやがって、人の苦労も顧みずに上司にばっかり媚びを売ってんじゃねえよ! ぺっぺっぺっ……あっ、今の道、右折だったな」
悪態を吐きながら唾を飛ばしていたら、どうやら道を曲がり損ねたようだ。得意先回りも終わり、引き返すのも面倒になった私は、ドライブ気分で間違った道をひた走る。やがて視界に映る民家や対向車もめっきり減り、道に沿って雑木林が生い茂る勾配の緊い山道へと変貌を遂げていった。
「あちゃー、失敗したな。横道も無いようだし、これは完全に一本道だ……引き返した方がいいかな」
引き返そうと考えていると、カーブの先にある駐車場の標識が目に飛び込んできた。これ幸いとばかりに車を滑り込ませ、辺りを確認してみる。
「天神社駐車場か……あの階段の上にあるのが社殿だな。一服したら寄ってみるか」
ありがたいことに駐車場には自動販売機とトイレが設置されていた。私は車を降りると徐に硬貨を取り出し飲み物を購入する。勿論買ったのはジンジャーエールだ。
「神社でジンジャーエールってか……此処の管理人は中々分かっているじゃないか」
しょうもないギャグを呟きながら、ペットボトルに口を付けゴクゴクと喉に流し込んでいく。渇いた喉が潤い、火照った体に涼しさが沁み込んでくる。
「さて、それではお参りしてくるか」
社殿に続く細長い石段を上っていくと、駐車場からカシャカシャと自転車のペダリングの音が響いてくる。振り向くと高校生ぐらいのポニーテールの女の子が、自転車から降りてトイレに駆け込むのが見える。苦笑いしながら鳥居をくぐり抜け社殿に辿り着く。樹々の隙間から木漏れ日が差し込み、古びているが荘厳な社殿を一際際立たせていた。
「パチンコで大勝できますように、株で儲かりますように、宝くじが当たりますように、女の子にモテますように、気ままに生きていけますように…」
賽銭を投げると柏手を二度打ち、俗なお願いを次々と並べあげていく。金持ちになってモテモテで、気ままにC調な人生を謳歌したい。叶う訳が無い願いを本気でしてしまう、現実逃避の悲しい社畜のオッサンであった。
「刻限通り15時45分……貴方は、ヤマモトアスカ様で間違いございませんか?」
願掛けが終わり頭を上げると、不思議な声が響き風景がガラリと変わっていた。ぼんやりと白い光を放つ神秘的な空間に、翼を広げた可愛らしい少女が浮かび上がっているのだ。
「はっ? えっ、天使? 何で神社に天使? というか、ここはどこ? 君は誰? 私は確かに山本飛鳥だけど、どうして名前を知っているの?」
「ヤマモトアスカ様と確認しました。エルピス様の元に案内いたします」
私の質問を無視するように、少女は私の手を取り空中に舞い上がる。いきなりの事に、私は当然大パニックである。
「ぎゃ~、何で宙を飛んでるの? 速いよーー、速すぎてオシッコちびりそうだよーー! はっ! これはきっと●ーマンのパータッチの法則だ。手を離せば時速は半分に……」
「手を離しましょうか? 真っ逆さまに落ちてあの世行きですけれど、それをご所望でしょうか?」
「いや~ん、離さないで下さい。本当に止めて……Everyday Everynight 離したくはない♪」
「貴方が、パッパラパーマンだということは理解しました。迷惑ですので、大人しくしてもらいたいのですが!」
「大人しくしています。大人しくしています。でも私がお嬢さんの足を掴む、縦のパータッチに変更しませんか? そうすれば眺めも最高……ふんぎゃっっっーーーーー!!!」
「この覗き魔! ロリコン! スケベオヤジ! 死ね死ね死ね!!!」
繰り返し電撃を浴びせると、更に飛行速度を上げていく美少女天使。電撃と高速飛行をお見舞いされた私は、半死半生の状態で目的地に辿り着くのであった。
「エルピス様、生ゴミ……もといヤマモトアスカ様をお連れいたしました」
グロッキー状態の私を、荷物のように放り投げる美少女天使。そこは白い大理石で出来た神殿で、柱の中央にふくらみを持たせた巨大な柱が立ち並んでいた。
「酷いな、なんて事するんだよ! 美少女天使セーラーちゃん!」
「ぐっ、どうして私の名前を……貴方は、覗き魔でロリコンのうえにストーカーですか? 本当にキモいです!」
「えっ? お嬢さんの名前、本当にセーラーなの? こいつは、びっくらたまげた門左衛門! フヒャハハハ!」
バキッ!
「Noooooo!!!」
適当に言った名前が当たり、一人笑いしていると――セーラーちゃんのタイキックが私のお尻に直撃する。少女とは思えないほどの強烈な一撃で悶絶する私。お尻を押さえながら蹲っていると、神殿の奥の扉から古代ギリシャのキトンと呼ばれる衣装を身に纏った女性が姿を現した。美しいというより可愛らしい感じでの人である。
「勇者ヤマモトアスカ――神託に応えて馳せ参じてくれた事を、心より感謝いた……え? えっ?……誰ですか、この変なおじさんは……」
彼女の驚愕の表情と放たれたセリフで、私は招かれざる客と理解したのであった。
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