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宿泊の町―リグレット―

9話 ドラゴンの卵

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 ドラゴンの卵を持ち帰った。
 アリシアに叱られた。

「捨ててきなさい」
「頼むよかーちゃん。餌もやるしトイレもきちんと躾けるから」
「だれがかーちゃんですか!」

 アリシアはお冠だった。
 というのも、アリシアの育ちが教会だからだ。

 教会では、神を最上位としてとらえているのだが、一方で下位に捉えられている動物がいる。それが蛇をはじめとする爬虫類だった。ある時は嘯く悪魔として、またある時は無数の首を持つ怪物として、いつも人に仇為す生き物として描かれている。

 アリシアは物心がつく前からこの話を聞いてきた。
 爬虫類を好きになれないのは分かるが、ドラゴンは猛禽類の特徴を併せ持つために現在は龍種に分類されている。そこまで毛嫌いする必要ないと思うんだけどな。

「大丈夫、ドラゴンは爬虫類じゃないから」
「親戚みたいなものでしょう! 昆虫を嫌いな人がムカデを好きになれますか!?」
「でもカニを好きな人は多いじゃん」
「そういう話をしてるわけではありません!」

 アリシアが持ち出した例え話なのに。
 理不尽だ。
 とはいえ、そこまで嫌なら家で飼うのは諦めよう。
 ロマンなんだけどなー。

 ……いや待て。
 昔アリシアが受け入れた爬虫類もどきがいたな。
 そうだ。

「ほら、むかし出会ったホヤウカムイ様は大丈夫だったじゃん」
「神様とドラゴンを一緒にしないでください!」
「爬虫類とドラゴンを一緒にしないでください……」

 勇者時代、アリシアと一緒に蛇のような神様と出会ったことがある。その時アリシアは散々うんうん唸って、結局受け入れた。
 その事があったから、ワンチャン行けるかと思ったのだが。

「ギルドに行ってきちんと処分してもらいます!」
「……はい」

 取り付く島もないらしい。
 仕方がない。
 森に巣を作ってそこで育てよう。
 そう考えて、玄関の扉に手をかけた時だ。

「お待ちください。隠れて育てるつもりではありませんよね? 私もギルドに同伴します。きちんと処分してもらいましょう」
「えぇ……」

 何故バレた。

「さあ、行きますよウルさん! さっさとその生命に良き終末を与えるのです!」
「ちょ、待って」
「待ちません!」

 そうして、俺はアリシアに連れ去られた。
 何故か、市場に連れられる子牛が脳裏をよぎった。



「なるほど。森の生態系の乱れは根城にしていたドラゴンが死んだことに起因すると……。東の森にドラゴンが棲んでいたとは」

 ひとまず、本来の依頼内容である生態調査の報告を済ませる。どうやらドラゴンの事はギルドの方でも把握していなかったらしく、そんな生物がよく今まで見つからなかったものだと不思議そうにしていた。

「それで、ですね。そのドラゴンの遺体の近くに、同じくドラゴンの卵と思われる物が転がってたんです」

 そういって俺は、アイテムボックスから一瞬取り出した。衝撃が中に伝わらないよう、慎重に。
 それを見て、驚いた受付嬢。
 しばらく顎を外したように呆然と立ち、急に我に返ったかのように動き出してこう言った。

「ど、ドラゴンの卵……!? ほ、本当に!? もしよろしければ生体観測していただけませんか?」

 急に熱く語り出す彼女。
 どうやら彼女はロマンが分かる人間らしい。
 俺がうんうんと頷くと、アリシアの機嫌が大暴落した。慌てて機嫌気褄を取ろうとするも、想定外なことに、続く言葉で彼女の機嫌はV字上昇を見せることになる。

「もちろんギルドとしての依頼という形になりますので報酬金も出ますし、養育費もこちらが持ちますよ」
「養育費……?」

 ……なあ、アリシアさんや。
 『ギルド』も『依頼』も『報酬金』もスルーして、どうして『養育費』だけに反応したんだい? いったいその言葉に何を見出したというんだい? ん?

「お待ちください。このドラゴンの赤ちゃんを育てるとして、その両親は一体誰になるのでしょう?」
「ご、ご両親ですか……? それは、父親がウルティオラさん。母親がアリシアさんになるのでは?」
「!!」

 アリシアの目が大きく見開かれる。
 骨董品を鑑定してもらったら予想だにしない金額が提示された、そんな顔をしている。まるで世界の真理を悟ったようにゆらりと脱力し、それから一気に蘇生した。

「ウルさん! この子をきちんと孵化して育てましょう! 愛情を注ぎましょう!」
「え、いや、さっきまでダメだって……」
「育 て ま し ょ う」
「はい」

 有無を言わせぬ物言いに、思わずそう答えた。
 アリシアは目の前で「うふふ、私がお母さんでウルさんがお父さん。これは実質夫婦なのでは!? 夫婦ですよね!?」と呟いて、体をくねくねさせている。ちょっと怖い。

 なんだろう。
 嬉しさ半分、よく分からない感情半分なのは。
 いや、いいか。
 今は喜びをかみしめておこう。

「そ、それでは、依頼内容の説明をさせていただきます」
「依頼?」
「えぇ……私きちんと説明しましたよね」
「そうでしたか……?」

 ダメだ。
 アリシアの脳内にお花畑が咲き乱れている。
 今なにを説明されたところで頭に入らないだろう。

「あ、説明は俺が聞きます」
「そ、そうですか。えっと、まず、第一目標はタマゴの孵化です。どういった条件でタマゴの経過観察を行ったかをお知らせください」
「御意」
「御意!? ふざけてないですよね!? きちんと聞いてますよね!? ……コホン、そして第二目標ですが、これはドラゴンの特徴を調べる事です。例えばどういう音を鳴らせばどういう反応をするのかなどです。こちらは無理に調査していただく必要はなく、育てていく中で気付いたことをまとめていただければ結構です」
「委細承知」
「一応聞きますけど、真剣だからそういう返しになってるんですよね? それから、第三目標は成龍に育てる事ですが、これは数年単位の計画になると思います。また、第三目標を達成されたとしても報酬金は継続してお出ししますのでご安心ください」

 その時、アリシアに電流走る。

「報酬金!?」
「アリシアさんや、反応が遅すぎる」
「やりましたねウルさん! 安定した収入のゲットです!」
「アリシアさん? 一応言っておきますけどドラゴンの観察による報酬金ですからね? 報酬金出るならドラゴン捨てていいやとか考えないでくださいね?」
「……」
「なぜ黙る」

 捨てさせないからな?
 アリシアの攻撃を受けてもびくともしないくらい頑強に、どんなに離れていても帰ってくるくらい賢く育ててやるからな。

「あの、それで、依頼は受けてくださると言うことでよろしいですか?」

 俺とアリシアは互いに目配せして、それから口をそろえてこう返した。

「「はい!」」

 今日、家族が増えました。
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