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南端の水の都-サウザンポート-

8話 没落

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『ふざけんなー』
『変装して弱弱しく見せるとか卑怯だぞ!』
『あいつを参加取り消しにしろ!』

 そんな声が聞こえてくる。
 が、規約を読んだところ変装してはいけないという文言は無かった。とやかく言われる筋合いはない。

「ウルティオラ。どうして?」
「それは俺がどうしてここにいるかという質問か?」
「そう」
「当然、選手として出場したからだ」
「違う」

 俺はカラカラと笑った。
 メアはからかわれたことに不満そうにしている。

「何、闘技場を潰す方法を教えてなかったと思ってな」
「問題ない。これが最後」
「……それは撃剣興行の最後か? それともお前の命の最期か?」
「……!」

 なんとなく、事情は察した。
 おそらくあの後、貴族に直接興行を止めるように言いに行ったんだろう。そしてこれが最期・・とでも言われたのだろう。興行ではなく自分の命の最期だとも知らず、メアはのこのこ現れたわけだ。

 そう考えれば、このタイミングでガロンという屈強な男が現れた理由も納得できる。おおよそ、この大会でメアを壊すことを依頼された何でも屋あたりか。それであれば«風神の羽衣»を装備しての参加が認められたことも納得できる。

「でもま」

 ぽんぽんと、メアの頭を撫でた。

「人を信じようとした結果だもんな。だったらそのフォローは、俺達年長者の務めだ。後は任せろ」

 剣を構え直し、ガロンと向き直る。

「ちっ、そこをどけ! 頼まれた依頼はそっちの小娘だけなんだよ! 俺に無駄な殺生をさせるな」
「無駄な殺生? ははっ、安心しろ。なまくらのお前じゃ、俺の首の皮一枚切り取れやしねえよ」
「てめぇ、言わせておけばいい気になりやがって」

 ガロンはじりじりと間合いを詰める。
 俺はその場を動かない。
 メアは俺に忠告をした。

「ウルティオラ。あいつ、なんか纏ってる」
「ああ、分かってるさ」
「気を付けて」
「当然」

 言い終わると同時。
 ガロンがその巨体を揺らして突っ込んできた。
 ハルバードの矛先は俺に向いていて真っすぐに向かっている。

「はあぁぁぁ、ごふぁっ!?」

 木刀による斬撃は通らない。
 だが、斬るだけが能の剣ではない。
 俺が穿った突きは«風神の羽衣»という障壁を貫通し、ガロンの鳩尾に深々と刺さった。

「てめえ、ふざけんな! 今何をした!」
「何って、ただの突きだけど」
「ただの木剣の突きで«風神の羽衣»を打ち破れるわけがねえだろ!」
「そう思うならそう思っていろ。そこがお前の限界だ。ちなみに俺は、木剣だろうと斬鉄できる」

 俺が刃を一振りすれば、男のハルバードの頭から上が崩れ落ちた。断面はまるでバターでも切ったかのように滑らかで、木刀で切った鉄とはまるで思えない。

「ふざけるなふざけるなふざけるな! こんな理不尽あってたまるか!」
「お前が今感じている何万倍もの不条理を、メアはたった一人で背負いこんできたんだ!」
「俺には関係ないだろ! 知ったことじゃない!」
「なら今から教えてやる」

 上段に構えた木剣。
 それをただ垂直に振り下ろす。

 音を置き去りにして、その一刀は振り降ろされた。
 その一刀は耳をつんざく爆音を上げ、フィールドを一刀両断した。

「ひ、ひぃぃっ」

 ガロンは泣きべそ掻いてへたり込んだ。
 断割の大地にぺたりと、彼の手が突く。

「審判、ガロンは場外だ」
「は、はい……!」
「さてと。じゃ、メア。悪いけど降参してくれる?」

 メアに向き直り、呟いた。
 彼女はしばし考えた後、頷いた。

「ウルティオラなら、信じる」
「そっか、サンキュ」
「ん」

 こうして、戦いは幕を下ろした。
 会場からはブーイングの雨嵐だ。
 当然だろう。
 最低倍率のメアが敗北し、最大倍率の俺が優勝したのだ。観客のほぼすべてが大損したといっても過言ではない。

 そのため、ただ一人。
 この結末を喜んでいる男がいた。

「いやー素晴らしい! お見事ですよ、アル選手」
「そいつはどうも、お貴族様?」

 選手の入場門からあらわれたのは、いやらしい笑みを浮かべた男。隣でメアが、ぎゅっと身構えた。
 聞かなくても分かる。
 コイツが件の悪徳貴族だろう。

 裾を引かれ、メアを見れば「どうするの?」と小声で問いかけてきた。俺はそれに口では答えず、頭を撫でて応えた。心配するなと。

「多少計画にズレは生じましたが、おかげで想定以上に儲かりましたよ。あとはそこのメアだけです。さあ、アル殿? メアを私に引き渡してください」
「引き渡す? 何故?」
「おお、説明しておりませんでしたね。メアは私の所有物。生かすも殺すも私の勝手。さあ、早く返してください」

 下卑た笑みを浮かべる男。
 ニタニタとしている様子がこの上なく気持ち悪い。

「あー、何勘違いしてるか知らないが、もうメアはお前の物じゃない筈だぞ」
「何を言っているんです? それは高貴なる私の――」
「ついでに言うと、お前はもう貴族ですらないな。お前の手元に残るものはなにもねえよ」

 そういい、俺は一枚の紙を取り出した。
 それは、この撃剣興行における賭け金証明書。
 この時、意図的に金額部分を指で隠した。

「大会のルール、読ませてもらったけど面白いよな。参加選手は自身に賭けて試合に出場することができる。まあ、この辺は妥当だ。だがその次の一文、こいつがちと引っかかった」

『その際、選手が掛けた金額は倍率に変動を与えない』

「ま、おおよそ見当はつく。参加者に一縷の希望を与え、大量に借金させることだろ。『次こそは』とまた興行に選手として参加するためにな」
「ふむ、それで、賭けた金額に応じた配当を寄越せという事ですか。いいでしょう。それで、賭けた金額はいくらです?」
「10億」
「……は?」

 この時になって俺は、隠していた金額を見せた。
 男の顔がぎょっとした。
 それから少しして、ポケットからハンカチを取り出し、汗を拭い、それからこう言った。

「ああ、なるほど。配当金が10億という事ですか。それなら何とか……」
「違うぞ。賭けた金額が10億だ」
「はぁ!? そんなはずありません! 選手への貸し出しは100万までという規約です!」
「らしいな。だから、全額俺の手持ちだ。出せよ。5000億だ」
「そ、そんな額! 払えるわけがないでしょう!」
「だったら破産しろ。城も闘技場も身分もメアも、お前が今まで好き勝手してきた全てを手放せ!!」

 貴族がギリギリと歯ぎしりする。
 それから、吐き捨てるように言った。

「皆の者! であえであえ! この者を捕らえよ」

 その声にも皆一様に、どうすればいいかと狼狽しているようだった。

「何をしている! 捕らえたものは給金5倍にしてやる! さっさとそいつを捕まえろ!」
「怪我をしたくないものは退け。さもなくば、斬る」

 俺と貴族が声を出したのはほぼ同じタイミング。
 大声を上げた貴族と、呟いた俺。

『ひっ、た、助けてくれぇえぇ!』
『没落した貴族の肩なんて持ってられねぇ! 俺はこの仕事を降りさせてもらう!』
『あんな化け物に挑むなんて命がいくらあったって釣り合うかってんだ!』

「ま、待て! お前ら!! 私を助けろ!」
「諦めろ。これが人を物としか見てこなかった、お前の報いだ」
「ひぃっ!」

 貴族の前に立ち、ガンと地面を突いた。
 剣先を中心に小さなクレーターが広がる。
 へたり込んだ貴族の首筋に、木剣を突きつける。

「最後通牒だ。全てを解放しろ」
「は……ひ」

 この日、撃剣興行は幕を下ろした。
 永遠に、永遠に。
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