白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第二話「日常と非日常の境界」 その五

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「でねでね! アリア様って実は、精霊学の論文いくつも書いてるんだって! わたしも読んだことあるんだけど、皇王府名義だから今まで気づかなかったんだぁ」
 魔動車の隣の座席で楽しげに、そして一方的にアリアとのやり取りを語るクラウディアをそのままに、イノーウィックはレクティファールから渡された土産物を険しい顔で眺めていた。
〈北ウォーリム教国〉産の葡萄酒。
〈南ウォーリム教国〉産の香水。
〈トラン大同盟〉の封蝋がしっかりと押された葉巻。
〈統一帝國エリュシオン〉産の蒸留酒を使った蒸し菓子。
 いずれも他大陸産の品物で、空路を用いなければ輸入できないようなものも混じっている。
「――これと喧嘩しろと? はは、無茶を言う」
 大統領でさえおいそれと手に入れることができない品物がいくつも詰まった鞄は、これも珍しい鯨竜の皮を使った逸品である。
 この手土産を本国でうまく使えば、党の要職に就くことぐらいは簡単にできるだろう。それほどの品物なのだ。
「あとこれ! アリア様に貰ったんだけど、他の次元世界の宝石を使った腕輪なんですって! 確率の歪を作り出して持ち主に幸運をもたらすらしいんだけど、修正力との兼ね合いで、きもーち運がいいかなって思うくらいだってさ」
「そうか、大切にしろよ」
 イノーウィックは妻の手首で輝く細い腕輪を見て、これも恐ろしい品物なんだろうなと嘆息した。
 一介の議員に渡すものとしては異例づくしの品々。イノーウィックは自分に対する嫌がらせも兼ねているのではないかと邪推した。
「――でも、不思議だね。皇国なら自分たちの国の品物でも良い物たくさんあるのに、みんな他の大陸や世界の品物だなんて」
「これだけの品を簡単に揃えられる情報網と交易路を持っていて、それを俺のような木っ端議員に渡す余裕があると教えたかったのさ」
 イノーウィックはそう毒づきつつも、皇国はまだ自分たちの敵に回っている訳ではないと己を奮い立たせる。
 皇国は決して負ける戦いはしないとされている。それによって生じる損害を許容できないからだ。
 国家として許容できないという意味ではない。皇王がそれを許せないということだ。彼らは自分たちの権限がそれをさせないためにあると知っている。そしてそれを防ぐためには、あらゆる手段を講じることができるとも理解している。
「我々は、少なくとも一度は帝国の帝都を焼き払い、一時的に占領するだけの戦力を有しています。しかし、それでは意味がない。我々が欲する勝利とは、その程度のものではない」
 遊技盤で相対している間、レクティファールはそんな言葉を呟いていた。
 戦えば必ず勝てる、と言われるほど強力な軍を持った皇国だが、それは十全の状態で戦闘を行えればの話だ。
 皇国は予備兵力が少ない。既存戦力も決して多くない。だからこそ、勝てる戦いしかしない。簡単なことだ。
 イノーウィックは皇国が、軍備の機械化を進めていることを知っていた。
 龍種に代わる、『機龍』と呼ばれる存在。実用化までは恐ろしく時間がかかるとされているそれは、あるいは皇国以外の国でも手にすることができるかもしれない。
 龍種の十分の一の性能であっても、一〇倍二〇倍の数を揃えればいい。皇国にはそれを可能とするだけの工業力がある。資源がある。他国が舌なめずりするほどの肥沃な国土が、それを可能としていた。
「――ああ、そういうことか」
 イノーウィックは思考の果てに、ひとつの答えを見出そうとしていた。
 この国は、勝てない戦を勝てる戦にしようとしているのだ。
 その方法はいくつもある。
 単純に力押しで勝つ。搦手を使って相手の力を奪う。結果として勝利すればいいのなら、相手が“負ければ”それで済む話なのだ。
 自分たちが勝つ必要はない。相手が負ければいい。レクティファールの戦略の基本はそこにあるのではないか。イノーウィックはそう考え、自分に贈られた土産物をひとつひとつ確かめる。
 いずれも、他大陸を統一した国々の品物だ。
 そして、皇国はそれらの国に対して何かを仕掛けようとしている。何故か、それが皇国という国家を守ることに繋がるからだ。
 では何故、レクティファールは自分にこれを渡し、あのような警句を発したのか。
 それは、イノーウィックの祖国がレクティファールの思惑にとっての不確定要素だからだろう。
 無能な味方ほど厄介なものはない。足を引っ張るだけの存在ならば、斬り捨てた方が面倒がないだろう。
 レクティファールはもしも連邦が自国の利益を侵害すると判断したならば、躊躇いなく連邦を崩壊させる。軍事力など必要ない。連邦国内に深く根差した情報網を用い、政府を倒してしまえばいい。
 すでに国民は、皇国の味方なのだ。
「建国の頃から仕掛けられた罠か、崩すのは無理だろうな」
 結局のところ、イノーウィックにできることは多くない。ただ、やるべきことは理解できた。
 この土産物の原産国は、皇国だけを狙っている訳ではない。そう考えるならば、イノーウィックの議員としての責務は自ずと彼に道を示してくれる。
「クラウ、帰ったら暫く家を空ける」
「お出かけ? あ、だったらアリア様に荷物出してよ」
 志を同じくする者たちを集めなくてはならないと決意するイノーウィックに、クラウディアは破顔して一枚の紙を閃かせた。
「これ、アリア様の個人通信番号と直通住所! お土産のお返ししないと!」
「――おい」
 イノーウィックは妻の握った情報が、おそろしく価値のあるものだということに気付いた。アリアへの個人的な連絡方法は、そのままレクティファールへの連絡方法と言ってもいい。
 本来なら大統領だけが持っているはずの直通連絡手段を得てしまったイノーウィックは、引き攣った笑みを浮かべて妻の顔を見つめた。
 これは報酬の前払いだ。報酬を得たからには、イノーウィックは皇国に、この報酬に見合うだけのものを提供する責任がある。
「手作り果糖ジャム送ってほしいって言われたから、さっそく用意しないと」
「ちゃ、ちゃんと手紙も添えるようにな。近況報告とか」
「もちろん」
 イノーウィックは妻に何かを伝えようとは思わない。ただ、ほんとうに必要になったならば、躊躇いなくその力を借りようと思う。
「忙しくなるな」
「そうだねぇ」
 噛み合っているようで絶望的なまでに噛み合っていない会話をしつつ、夫妻は魔動車に揺られていた。

                            ◇ ◇ ◇

 イノーウィック夫妻が魔動車に揺られている頃、別業ではレクティファールとアリアが食事を摂っていた。
 庭に面した小さな円卓で、アリアの手作りの夕餉を楽しんでいる。
「はい、陛下、お口を」
 満面の笑みで差し出される紅玉鮭の香草焼き。レクティファールは幾度目かになる逡巡の果てに、口を開いてそれを迎え入れた。
「お味は如何ですか? 香草の比率を変えたので、以前よりすっきりとした味になっていると思うのですが……」
「ええ、白酒には合いますね」
「良かった!」
 レクティファールの感想にアリアは両手を叩いて喜ぶ。その姿だけを見れば、リリシアとさほど違いはない。純真な少女のようである。
 しかしその純真な少女は、レクティファールの前で白い肌を躍らせる淫婦にもなるし、暖かな愛を与える慈母にもなる。レクティファールという存在の隙間を埋めるために、あらゆる形に変化する。
「奥方との話は楽しかったですか」
「はい、以前手に入れた論文の著者であるとは知りませんでしたが、有意義な時間を頂きました」
 先ほどレクティファールの口に入った香草焼きが、今度はアリアの口に消える。
 彼女は何度か頷き、次の改良点を見つけたようであった。
「君から見て、議員はどう見える?」
 レクティファールは白酒を一口飲むと、アリアの硝子杯に同じ酒を注ぎながら訪ねた。
「彼は信ずるに足る人物か」
 アリアはレクティファールに礼を述べ、杯の四分の一ほど酒を減らしてから肌を桃色に染め、ようやく答えた。
 答えを考えていたのではない。少しだけ、拗ねたのだ。今夜は自分だけのものになっているはずの夫が、他人ばかりを気にしている。物分かりのいい自分も嫌いではないが、少しぐらい稚気を見せてもいいだろう。
「――これから奥方様と文を交わし、ようやく分かるものと思います。ですが、陛下よりも年嵩で、陛下よりも物事を知っているのは間違いありません。少なくとも、ふたりきりの場で仕事の話ばかりして、妻を怒らせたりはしないと聞いております」
 アリアの不貞腐れたような答えにレクティファールはきょとんと呆け、続いて天を仰ぐ。
 そしてぶつぶつと言葉を発したあと、身を乗り出して腕を伸ばし、アリアのうなじの辺りを手のひらで捕らえ、自分の唇にアリアのそれが触れるまで引き寄せた。
 最近、実力行使を覚えたらしい。これも妃たちの教育の賜物であろう。本人たちは全力で否定するだろうが。
「――!」
 驚き、不満を宿していたはずの瞳を大きく見開いたアリアは、数瞬のあとようやく目を閉じた。
 騙されてなるものか、と決意しながら。
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