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第四章:万世流転編
第三話「来訪者来たりて」 その四
しおりを挟むもしも子がなければ、エミールの立場になっていたのは自分であったかもしれない。ヴェルナーは真剣な表情で装具の点検を行っている友人に、言葉を掛けられずにいた。
基地司令の命令は非情であっても的確であり、あの場で抗命する者が居なかったのはヴェルナーにとって意外ではなかった。
司令はこの基地に迫る軍勢の規模も、基地防衛の見込みがないことも正直に告げた。この基地はあくまでも輸送拠点のひとつとして整備されたもので、その防衛機能は陸軍基地の中でも貧弱な部類に入るだろう。
基地を守る魔導障壁はたった四重の単層障壁。大規模な要塞都市や軍事基地が持つ十二重積層障壁に較べれば、薄紙と言って間違いない。
本来の輸送護衛よりも、基地公開祭りの際に子どもたちを乗せて走り回ったりするのが主な任務だった装甲車輌には、倉庫の奥から持ち出された多目的誘導弾の発射架が取り付けられた。
基地周辺の鉄条網の外には、これまで蓋がされていた壕と覆い隠されていた特火点が姿を見せ、進撃予想進路を睨む見張り棟には幾つもの多砲身連射弩が据え付けられようとしている。
時間はない。
敵の到達予想時刻までもう半時間もないのだ。
空軍の爆撃騎が戦闘騎に護衛されて多数飛来しては前方へと魔導弾をばらまくのが見えたし、それによって多少なりと敵の侵攻が遅れていることも分かっている。
それでも、時間はない。
止まらないのだ。敵の侵攻が。
相手はどれだけ味方が吹き飛ばされ、粉微塵にされても進行をやめない。敵の転移による空間異常が収まるまで時間を稼ごうという皇都大本営の考えは、長距離転移によってこの基地を救援するという方策と共に破棄された。
基地への救援は不可能。
しかし、空挺自動人形と陸軍挺身兵団による援護は今も準備が進められていると聞く。
諦めた訳ではないが、それは最悪が少しだけましになるという程度の違いでしかない。どう足掻こうともこの基地は敵に押し潰される。その潰されるまでに時間を少しでも多く稼ぐために、今ヴェルナーの友人たちは準備を進めているのだった。
「エミール」
ヴェルナーは自分の声が震えていなかったことに胸を張りたかった。友人に気を遣わせることなく、最後まで友人らしく接することができる。
「ヴェルナー、悪い。時間がないんだ」
新妻を家に残したままの友人は、ヴェルナーにちらりと目を向けるだけで準備の手を止めない。逃げても意味はない。ただ、戦うことには幾つもの意味が用意されていた。
「あいつのこと、頼む。何も言ってこなかったんだ。連絡を取ろうにも通信がぐちゃぐちゃでさ、諦めた」
家族と最後の別れをする時間は、ほとんど与えられなかった。
その家族も、基地周辺に居住している場合は避難の準備に追われているからだ。
たまに基地まで息子や夫、娘や妻を迎えにくる家族もいた。それらの人々はときに再会とともに脱出することを喜び、またあるときには最後の別れになることを悲しんだ。
陸軍と国を、そして皇王を恨む言葉を発する者も居た。そしてそれを止める者は、死に行く者以外にいなかった。
「あいつは家族も居るし、新しい旦那を見つけるのも難しくはない。ガキがいる訳でもなく、遺族補償もこの状況ならばっちりだ」
訓練中の事故の場合、本人の過失によって遺族補償が成されないこともあるが、軍の命令による戦死であればその心配はない。敵前逃亡もそれを知る方法がない以上、適用されることはないだろう。
「ヴェルナー、伝言も何もないんだ。だから、お前もさっさと行けよ」
友人が必死に言葉を紡いでいることはヴェルナーにもよく分かった。その上で、友人が弱音を吐けないことも理解できた。
「エミール、本当に最後だぞ。軍の書式の遺書だけでいいのかよ。お前、結婚したばかりで新しい遺書書いてなかっただろ」
身辺が変化すると、それに合わせて遺書も書き換える。
エミールもそれを命じられていた。だが、間に合わなかった。
「何を言ったところで、あいつが泣くことに変わりはない。そして、俺がそれを知ることはない。嫌われようと思って色々言葉も考えてみたけど、あいつ頭良いからすぐにばれるし、かっこつけてみようかと思ったけど、やっぱり似合わなくてやめた」
魔動式甲冑を纏い、脚甲を嵌めて呼吸器付きの装甲兜を被る。背中の兵装架には連装弩が二丁と、腰に単結晶格闘剣が二振り。歩兵の装備としてはかなりの重武装だった。
「倉庫の中身全部引っ張り出してもさ、矢の数より敵の数の方が多いんだぜ? まったく嫌になる。軍になんて入るんじゃなかった」
くぐもった声。それがどんな英雄的な行動であろうとも、結末が自分の死であるならば文句のひとつも出る。エミールは自分が思ったよりも恐れておらず、心地よい諦念の中にあることが可笑しかった。
「軍人なんてなるもんじゃないが、なっちまったらしょうがない。それが誰の目にも分かる破滅でも――だけど、あいつは軍人でもなければ誰かに死ねと言われたわけじゃない」
エミールは蒼い結晶硝子の向こうにある目を細め、笑った。
「護衛隊の仕事、がんばれよ。こっちはこっちで出来るだけ汚く生きてみる」
虚勢だと分かった。
しかし、それを否定することはヴェルナーの任務ではなかった。
彼らはお互いに軍人なのである。
それも、これから国民護衛と国土防衛という、その至上任務を果たそうという軍人なのだ。
「絶対泣き叫んで死ぬだろうけど、それはあいつに言わないでおいてくれよ」
「ああ、分かった」
ヴェルナーは、エミールの友人である自分を押し殺した。そして陸軍少尉として敬礼し、死兵となる友人を見送る。
「――くそったれ」
彼自身、生き残るかどうかは分からない。
だが、友人よりは長生きしなくてはならない。友人の妻が、友人よりも早く死ぬことはあってはならないのだ。
「偉大なる皇王陛下、あいつが無駄死にじゃないようせいぜい上手い葬送譜を書いてくれよ、ツェラちゃんがあんたを恨めばそれで済むぐらいにさ」
不敬であろうとも、そう口にせずにはいられなかった。
この国は皇王の国。将兵の死に意味を与えられるのは、たったひとりしかいないのである。
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