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第四章:万世流転編
第十六話「星天の園」 その三
しおりを挟む皇王を調度品の一部にした談話室にはひっきりなしに乙女騎士たちが足を運んでいる。
それは部隊単位であったり個人であったりしたが、総じてイズモから提供された情報を元に作った衣裳であり、結果、談話室に限らず後宮中が賑やかな雰囲気だった。
地下演習場の大騒ぎに匹敵するような催しが各地で繰り広げられ、中庭では大食い大会――黒龍公関係者出入り禁止――や武闘大会、出入りの写真屋による記念撮影などが行われていた。
写真撮影の一番人気は少女魔導師の衣裳に身を包んだマティリエと並んでの撮影であり、日頃あまり接する機会のない騎士たちも列を成してマティリエとの写真撮影に臨んでいる。
そのほかの皇妃といえば、メリエラは一時間毎に衣裳を換えて様々な催し物会場に飛び入り参加して場を盛り上げ、リリシアはこっそりと談話室に潜り込もうとしては捕獲されるという流れを繰り返している。
談話室警備のハイドリシアに首根っこを掴まれたリリシアが暴れている光景ももはや当たり前の光景となり、乙女騎士たちはその様子を見ても驚くことはなかった。
その代わりという訳ではないだろうが、エインセルとエリザベーティアは衣裳交換をして騎士たちを驚かせている。顔を隠す剣闘精霊の仮面を付けたエインセルと、エインセルの分として渡された異世界の女性騎士の衣裳を纏ったエリザベーティア。
似通った顔の造形と体躯を持つふたりは、〈皇剣〉を持ち、絶対に騙されないレクティファールを後回しにして各地を回っていた。
そんな皇妃たちの中で、比較的静かに過ごしているのが真子だ。
彼女は大きな騒ぎが起きている中庭とは別の、彼女のためにと部屋の前に新たに仕立てられたイズモ庭園の一角に野点の会場を作っていた。
「どうぞ」
「は、頂戴いたします」
喧騒を嫌う乙女騎士たちの憩いの場となったイズモ庭園には、やはりというかイズモ風の衣裳を纏った騎士が多い。
真子自身が着ているのは、今もイズモの女学生たちが着ている黒の水兵服である。ごく普通の女学生にはなれなかったが、その衣裳を着たいという彼女の希望に沿って作られたものだ。
他の皇妃に較べて地味な色合いだが、この衣裳を真子以上に着こなせる者はいないと、他の皇妃たちも認めていた。
その真子から茶碗を受け取っている人物もまた、ここでは皇妃として扱われるべき人物だ。
「ウィリィアさんの口に合えばよろしいのですが……」
派手な色合いで、さらに丈の短い笠袴という、これも別の記録映像を元に作られた伝統のイズモ衣裳を着て、ウィリィアは茶を喫する。
苦みの中にある抹茶の味わいを感じ、その味を視覚に頼ることなく表現する真子の努力に、ウィリィアは心の底から感嘆した。
「結構なものを頂きました」
そう感想を述べつつ茶碗を返したウィリィアに、真子が笑みを浮かべる。
「良かった。陛下はあまり味が分からないと首を捻るばかりで……」
「あれは……いえ、あの方は変なところで正直ですから」
むしろ、お世辞を言ったところで真子には通じないと分かっているのだろう。レクティファールは週に一度か二度真子の点てた茶を飲むが、その都度難しい顔をしている。
ただ、それが真子にとっては嬉しいものであるらしい。
「陛下はわたしたちと顔を合わせるとき、いつも穏やかであろうとしていらっしゃいます。ですから、ちょっとくらい顰めた顔の方が貴重なのです」
「なるほど、確かに」
ウィリィアもその場面を見たことがある。
目が見えない真子はレクティファールの顔を触ってその表情を確かめるのだが、そうして夫に触れる真子がひどく安らいだ顔をしていることに驚いた。
故郷での真子は、兄である〈帝〉の庇護下にあり、人に触れる機会はほぼ皆無だった。誰憚ることなく彼女と会うことのできる存在は兄正周のみであり、真子から見た兄は彼女の守護者であると同時に主君である。触れようとして触れられる存在ではなかった。
同時に、彼女の半身は触れようにも絶対に触れることの出来ない存在であり、彼女が知る人の温もりといえば、世話係の女官が自分の手を引くときに感じるそれだけだった。
だが、皇国では違った。
毎日義姉妹の誰かが彼女の手を引き、後宮の中を連れ回してくれる。
また、レクティファールが真子の手を取って自分の表情を読み取らせているのを見たマティリエがそれを真似し、それを見た他の皇妃たちも真子の手を取って自らの表情を教えるようになった。
真子は、瑠子の力を借りずに人の顔を知ることができるようになったのだ。
「それにしても、ウィリィアさんがこちらにおいでになるとは思っていませんでした。てっきりメリアさんと一緒に色々なところを回っているものと……」
「ええ、そのつもりだったのですが、隙を見て陛下に衣裳を見て貰うから、わたしがいると身動きが取りにくいと仰って」
実際には着飾ったウィリィアの姿をレクティファールに見せ、褒められているのを見るのが嫌だ、という子どもじみた我が儘だったのだが、ウィリィアもその内心を知った上で何も言わなかった。
彼女も内心ではまったく同じことを考えていたからだ。
だからこそ、気持ちを落ち着けることのできる真子の元を訪れていたのである。
「おふたりのことは陛下も気を配っていらっしゃいます。羨ましいとも思いますが、仕方のないことなのでしょうね」
真子の言葉に、ウィリィアは慌てた。
まったく同じ言葉を他の皇妃たちから聞かされたことなど、一度や二度ではない。誰の目から見ても、メリエラとウィリィアの義理の姉妹は『特別』なのである。
しかしそれが問題にならないのは、誰もが問題にしても解決策がないと知っているからだった。
レクティファールがただのレクティファールだった頃、ほんの僅かな期間であっても共に過ごしたふたりである。そこに一種の特権が生じるのは仕方のないことだ。
リリシアとメリエラが後宮での二巨頭として認識されているのは、その特権が無関係ではないだろう。ウィリィアが頑なに騎士としての役割を返上しないのも、その特権によってメリエラと正面から相対することを避ける意図もあった。
「いえ、おふたりを責めるつもりはありません。人は平等ではいられません。陛下はそれを理解し、少なくとも目の前に居る誰かをもっとも愛するとお決めになった」
それ以上の対処策がなかったと言えるかも知れない。
生物の営みには本来、公平や平等というものは皆無に近かった。
存在するとすれば、それは生と死のふたつの結果のみだ。
だからこそ皇国では平等の絶対基準としての皇王を必要とし、その他の国では今も人々総てが納得する平等の基準を探し求めている。
「ただ、そのせいでしょうね。今日はこんなにも賑やか……」
真子がどこか楽しげに中庭の方へと顔を向ける。
「真子様」
ウィリィアはその表情に、他の皇妃が決して持ち得ない深い慈愛を感じた。
自分以外のすべてに対する愛情。
他の皇妃総てが真子に対し、強い敬意と憧憬を抱く理由がこれだった。
「ウィリィア義姉様? ねえ、今日は皆さん楽しそうに笑っていらっしゃるでしょうか?」
「ええ、殿下たちも騎士たちも、楽しそうです」
真子がいるだけで場が収まるということも珍しくない。
今では取っ組み合いにまで発展したリリシアとメリエラの争いも、真子の前では勢いを失ってしまうほどだ。
「そうですか……わたしも着替えてもう一度陛下に見て頂こうかしら」
「よろしいかと思います」
ウィリィアは心の底から同意した。
せっかくの機会である。真子も自らの望みに従うのも良い――そう思った。
だが、真子は自分だけでレクティファールに会いに行こうとは思っていなかった。
「では、ウィリィアさんにも新しいお着物を着て頂かないと」
「え?」
呆然として間の抜けた声を上げたウィリィアの背後に、すっとふたりの乙女騎士が現れる。
余人よりも遙かに過敏な真子の神経を刺激しないよう、自らの気配を限界まで隠した隠密乙女騎士だった。
イチモンジ家に仕える影一族から乙女騎士になった、優秀なシノビである。
ふたりはウィリィアの両腕をがっちりと掴む。
「ちょっと、あなたたちあれでしょ、ササメとカズラでしょ!? この間甘味譲ってあげたのに!」
「ごめんなさいね。友情よりも面白み、じゃなかった、主君第一だから」
「そうそう、わたしたちでさえ着るのを躊躇った女忍の衣裳だけど別に面白そうだからとか、そうのじゃないから」
「何を着せようとしてるの!? ねえ! それ着てあいつの前に出ろとか言わないわよね!? こら、引き摺るなぁああああああああああっ!!」
ウィリィアの悲鳴が、庭園から真子の部屋へと消えていく。
「ふふふ、やっぱりお義姉さまは陛下のことが大好きなのですね」
「え、えー?」
これまで黙っていた乙女騎士たちが、一斉に首を傾げた。
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