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第四章:万世流転編
第十六話「星天の園」 その二
しおりを挟む後宮各地で様々な衣裳が咲き乱れていたこの日、地下演習場何故か歌劇場と化していた。
普段は乙女騎士たちが厳しい訓練をしている筈の空間には舞台が組まれており、演劇の舞台装置がどこからか運び込まれ、設置されている。
「次は第三大隊司令部による『皇都恋物語・改』です! 三大司の皆さんは今日のために衣裳を揃えて練習してきました! 一部振り付けは陛下監修です! 何やってるんでしょうねあの方!!」
司会役の乙女騎士が高らかに歌い手を紹介すると、観客席にいる乙女騎士と妃たちが歓声を上げる。
舞台の上に第三大隊司令部の面々が光反射糸を編み込んだ短い笠袴と軍装に似せて作ったと思わしき花飾の付いた上衣という煌びやかな衣裳を纏って登場し、引き攣った顔の第三大隊長を中心として歌と踊りを披露する。なお第三大隊長エルエンネ、そろそろ結婚を焦り始めた年頃。レクティファールとは酒飲み仲間であった。
そんな乙女騎士に対し、最前線で声を上げる皇妃がいた。
「脱げー! いや、むしろ剥けー!!」
「こらファリエル! 自分が失敗したからって騎士たちを巻き添えにするな!」
「うるさい畜生なんでちょうどあいつが居るときに衣裳破れるんだよ……!」
「若さに負けるなって張り切り過ぎたんだろう。騎士たちの衣裳とは強度が違うからな」
ファリエル、最初から仕込んでいたのではないかと思えるほど見事な衣裳分解を見せ付け、現在得点最上位。しかし、観閲の合間に会場に通信を繋いだレクティファールに出るところがでて引っ込むところが引っ込んだ鎧下姿を見せることになったため、どうしようもなく荒んでいた。
「まあ、このまま首位独走なら多少は救われるだろう」
そう言って姉が慰めても、ファリエルは魔法の花火を舞台に向かって撃つのをやめない。どうやら舞台を盛り上げて巻き添えを増やす方向に転換したらしい。
ファリエルの撃った花火は光の尾を曳いて飛び、歌う騎士たちの頭上で最初からそう予定されていたかのように曲調に合わせた大輪の花を開かせた。
観客は大いに盛り上がる。
「よしよし、そのままどんどん行け」
「――悪すぎて患者には見せられない顔だな」
口の端を大きく持ち上げ、邪悪な笑みを浮かべるファリエル。
しかし騎士たちの衣裳は妃たちのそれとは違って実戦仕様である、多少大きく身体を動かした程度では何一つ問題は発生しない。
「くっ、この程度で諦めるアタシじゃない!!」
ポポポ、と連続で花火を放ち、さらに浮遊する発光球を生成して舞台上に飛ばす。発光球は曲の律動に合わせて色を変え、時折光線を発射する。
フェリエルが意外な妹の才能に感心し、そのまま第三大隊司令部の発表は終わった。
無論、ファリエルの努力は何一つ成果を出せなかった。ただ、観客の盛り上がりに触発されたのか、エルエンネが部下たちの追従を許さない素晴らしい踊りと歌を披露し、こちらもまた意外な才能を開花させていた。
「――――」
燃え尽き、ぱたりと倒れるファリエルの頭を、フェリエルがつつく。
ファリエルの髪が一房意志を持つかのように立ち上がり、その指に抵抗する。魔力による操作術であった。
この術はオリガが感情表現に使用することもあって、皇妃たちの間では意外と使用者が多い。
「ほら、次はオリガと何故か紛れ込んでいたアナスターシャ様だぞ」
「うばー」
ファリエルは姉の言葉にむくりと立ち上がり、舞台に濁った水晶玉のような目を向ける。
「はい! 次が最後の組になります! 何故か紛れ込んでいたアナスターシャ様とオリガ様の二人組! 曲目は『天災少女狂想曲』! もちろん衣裳監修は陛下です!! ちなみに、あの方に衣裳選んで貰うと時間掛かります!」
何故貴様が知っている――そんな観客たちの声なき声を押し潰すように、どん、と巨大な音が巨大発音器から溢れ出す。
普段の黒龍の親子からは想像も出来ない曲調に、観客の期待が高まる。
「あいつ衣裳なんて選んでたっけ?」
「確か五日前がオリガの番だったから、そのときに選んだんだろう。あとはオリガに合わせてアナスターシャ様の衣裳を選べばいい。あのふたり、体型一緒だからな」
双子以上に双子らしい黒龍親子の姿を思い浮かべ、ファリエルはこの上ないほど納得した。仮縫いは朝食のあとにでも行っていたのだろう。
「マリア様は流石に無理だと言っていたが、流石アナスターシャ様だ」
「マリア様はね、うん……あ、マリア様と自分較べてちょっと元気出てきた」
本人に聞かれたら怒られる程度では済まない会話をしつつ、紅の姉妹は盛り上がりの最高潮を迎えた前奏に合わせ、舞台下から飛び出してきた影を目で追う。
白を基本としてそれぞれ赤と蒼で彩られた衣裳は、肩から先を晒した詰め襟調の上着と、飾布を重ねて作った笠袴。そして編み上げの長靴だ。
長い髪は先の方で結ばれ、その結び帯はそれぞれの衣裳に合わせた赤と蒼である。小さな飾帽子には白煉鈴蘭が刺してあり、耳にはレクティファールが贈った魔導結晶の耳飾りが煌めいている。
そしてふたりを何よりも驚かせたのは、白い長手袋に包まれた手で受音器を握り、声を上げているふたりの姿であった。
「誰アレ」
「アレ誰だ」
殊更笑みを浮かべている訳ではないが、いつものような無表情とも違う。
どこか柔らかさを感じさせる表情は、明るい律動を刻む曲と較べても違和感はない。
「え? 変身魔法?」
「いや、魔法の反応はない」
困惑する姉妹をよそに、観客の乙女騎士たちは大いに盛り上がる。
一部で「可愛い! 超可愛い! 抱き枕買って帰ろう!」とか、「この写真は高く売れる……!」などと言った声も聞かれたが、そんなことは問題ではない。
実際に密造抱き枕が製作されて旅団憲兵に摘発されたり、このときの様子を掲載した翌年の皇族写真集が皇都の競売で史上最高値を更新したり、さらには映像が各国に流出して大変なことになるのだが、それも今のところは問題ではない。
「食べ物で釣った?」
「釣ろうとしたら手ごと食われるぞ。レクティファールが口先で煽動したか?」
「――あー、そっちの方が分かるわ」
ファリエルが妙に納得した様子を見せる。
彼女自身、褒め殺しにされてこの舞台に送り込まれたのだ。
「じゃあ、あれも?」
ファリエルが指差す先で、黒龍の親子は曲に合わせて靴を鳴らし、腰を振り、片目を瞑って一回転。そして片手を突き上げて観客を盛り上げ、舞台の上を走り回る。
「う、うーん? あれは……どうだろう?」
歌手として世に出たばかりのような初々しさと瑞々しさを感じさせる親子の姿に、流石のフェリエルも自信なさげに眉を下げる。
何をどう口車に乗せればあんな姿を見せるのか、考えても考えても答えは出ない。
「ねーさん、あれと同じことやれって言われたらどうする?」
そのまま困り切った表情の姉に向かって、小さく手拍子をしながらファリエルが訊ねた。彼女はこうなったら考えても仕方がないという結論に達していた。
「歌えって言われたら……暴れるかな」
「着るのはいいの?」
ファリエルはそう訊きながら姉の顔を見る。
そこには、彼女から視線を逸らして遠くを見る姉の姿があった。
「――さてはもう着たな」
びくり。
「さ、さあ、何のことだろう?」
フェリエルの手拍子が狂う。
「一昨日って姉さんの番だったしね」
びくびくり。
「はて、何か特別なことをした覚えはないが……」
会場の熱気に当てられたのか、フェリエルの額に一筋の汗が流れる。
「つまりほぼ毎回衣裳に手ぇ掛けてるんだ……そういえば衣裳合わせは多いのに普段着は変わってないよね」
「うぐぐ……」
妹の呆れたような視線に晒され、姉はついに最終手段に打って出る。
「――う、うわああああああああああああっ!!」
ばっと変身魔法で衣裳を替え、舞台に飛び乗ったのである。
『わぁああああああああああああああああああああああああああっ!!』
観客たちが突然の乱入者に歓声を上げ、オリガとアナスターシャも驚いたようにフェリエルを見詰める。
しかしそんな視線など何処吹く風。フェリエルは精一杯の笑顔を浮かべて片目を瞬き、観客に愛想を振りまいた。
「あの姉、そこまで弄られたくないのか……!」
戦慄するファリエルを余所に曲は終わりを迎え、彼女の持つ最高得点を更新した。
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