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第四章:万世流転編
第十六話「星天の園」 その一
しおりを挟む星天宮後宮、第一特別護衛旅団の官舎の各地で悲痛な声が上がる。
「や、やめなさいあなたたち……! それがどんなものか知っているのでしょう!?」
「ふっふっふ、大丈夫大丈夫、恐いのは最初だけだから、それもすぐに快感になるから……」
「そうそう、着てみると意外に動きやすいんだよこれ。最初にこれを着てた人たちは尊敬通り越して恐いくらいだけどね!」
同僚ふたりに壁際まで追い詰められているのは、リリシア付き護衛小隊の乙女騎士だ。しかし普段は同僚たちからは堅物とまで言われるひどく真面目そうな面立ちも、今は恐怖が張り付いて離れない。
「いやよ! そんな水着みたいな戦闘服!」
「水着じゃないよ。何か凄い昔の戦闘衣裳なんだよ。イズモの天子様からの贈り物だから、怪しいものじゃないよ!」
「正直怪しすぎる! 第一それって変身して戦うような衣裳じゃない! 普段から着るなんておかしいでしょ!?」
「常在戦場が我が騎士団の行動規範……くふふ……」
同僚ふたりが纏う黄色と青色と同系統らしい赤の戦闘装束。しかし大きく開いた笠袴は太ももの半ばまでしかなく、意味があるのか分からないひらひらとした飾布をそこまでふんだんにあしらう位なら、胸元をもう少し隠して欲しかった。
「お、お妃様たちに着て貰えば……」
「そっちはもう手配済み、そのお妃様たちがわたしたちに着せてみようってことらしいよ。ちなみに陛下は全員の衣裳見終わるまで談話室の天井から吊されているけど」
ぶらふらと天井から吊り下げられたレクティファールの姿を思い浮かべ、乙女騎士は頭に痛みを感じた。逃げだそうとしたのか、それとも手を出さないようにと考えた皇妃たちの行いなのか。
どちらにせよ、彼女は一瞬の隙を見せた。自分と同格の技量を持つ同僚たちに対して、余りにも御粗末。
「隙あり……!」
「ひゃあああ!! 早着替えだぁあああ!!」
「ひっ!?」
同僚の手が騎士装束の脱着装置に掛かり、あっという間に彼女はひん剥かれた。同じ装束を纏っているだけあって、反応する間もない早業である
「いやあああああああああああ!!」
彼女の悲鳴は、同じような騎士の悲鳴に紛れ、後宮の中に消えていった。
「何これすごく酷い」
レクティファールは頑丈な縄で蓑虫にされ、後宮談話室の真ん中に吊されていた。
月に一度か二度は同じような姿にされて後宮各所に吊されるため、その姿に驚く者はいない。それ自体が何かおかしいと思うレクティファールだが、悲しいかな後宮内での彼の立場は流動的だ。
「次、第三外周護衛小隊。ええと、イズモ巫女装束、短装型?」
レクティファールの隣で用箋挟を抱えているのは、部下たちによって『兎耳女給』姿にされたマリカーシェルだ。旅団司令部要員はその衣裳が与えられたらしいが、マリカーシェルの衣裳は頭に付けた兎耳型空間探測儀の一方が半ばで折れている特別製だった。
資料映像で兎耳女給たちの中心にいた指揮官と思わしき女性が、この兎耳を装備していたことが理由であるという。
高い踵の靴で、尚且つ無手であったことから凄まじい技量を持つ精鋭たちだと予想され、結果、もっとも練度の高いマリカーシェル麾下の部隊がこの衣裳を着ることになった。
網脚穿に包まれた長く形の良い足。臀部には白く丸い兎の尾があるが、これは格闘戦などに用いられる重力制御装置である。皇王府が抱える常識をどこかに置いてきた天才的頭脳の持ち主たちが一週間足らずで小型化に成功した。
「マリカーシェル。あの……」
「お、お話はあとでお聞きします! ほら、外周小隊の娘たちが入ってきますよ!」
吊されたままのレクティファールをぐいっと回し、マリカーシェルは談話室の扉にレクティファールの視線を向ける。少しでも自分の姿を見せまいという悲しい努力であった。
「失礼します!」
扉を開け、十五人ほどの乙女騎士たちが談話室に入ってくる。がちゃがちゃという音は、彼女たちが纏う魔動式甲冑よりも装飾性の高い機械鎧の音だ。彼女たちが持つ妙に機械的な大剣や大鎌などは、軍の各研究所で新たに試作された騎士兵装である。イズモからの記録には、乙女騎士たちと同年代か、それよりも年下の娘たちが魔法戦闘を行う『記録映像』もあった。それを元に軍の研究所が鎧と兵装を作り上げたのだ。
「第三外周護衛小隊であります!」
敬礼する乙女騎士たちは、レクティファールの姿に僅かな疑問も抱いていないようだった。庭師として後宮の外周を守る彼女たちにしてみれば、巨木に吊されたレクティファールなどちょっと大きめの見慣れた蓑虫でしかない。
「試作兵装を陛下に観閲していただく栄誉を賜り、小隊一同欣快の至りであります!」
小隊長である赤毛の乙女騎士は、レクティファールの帝国戦での戦いぶりを見て乙女騎士団に志願したという。それだけにレクティファールに向ける視線は常に熱を帯びており、部下たちもそんな年下の隊長を陰に日向に可愛がっていた。
「うん、よく似合っている」
「はっ! ありがたくあります!!」
感激で目が潤む赤毛の乙女騎士。そして顔を若干引き攣らせるマリカーシェル。今騎士団を襲っている非常事態を非常事態とも思っていない部下に、彼女は戦慄していた。
そもそも何故このような騒ぎになったかと言えば、イズモから贈られた映像資料が悉く戦う女性を題材にしたものだったからだ。
女性ばかりの戦闘集団といえば、皇妃も含めた〈アルトデステニア〉後宮というのが国内外の認識である。レクティファールも義兄の贈り物自体は、なんら不思議とは思わなかった。
だが、皇王府が――というよりもルキーティが――これを特別護衛旅団に対する慰問にしようと企み、それに夜警総局と元帥府が協力する形でこの騒動は始まった。
皇妃たちにはまったく戦闘能力を持たない専用衣裳が配布されたが、乙女騎士たちには軍の研究所が悪乗りに悪乗りを重ねたような装備が次々と供給されてしまったのである。
マリカーシェルの纏っているような仮称『兎耳女給』に始まり、三つの色を題材にそれぞれ異なる特徴を与えた仮称『三乙女戦闘隊』が別系統で六つ。外周護衛小隊が纏っているような機械鎧系戦闘服の仮称『武装乙女機甲隊』が複数系統。他にも一見する限りでは普段の侍女服の露出を高めたようにしか見えない仮称『高機動侍女隊』。
さらには身体の線が隠せないために乙女騎士たちを戦慄させた複合迷彩搭載の隠密系戦闘衣裳の仮称『装甲忍乙女隊』や、一見可愛らしいが恐ろしい戦闘力を秘めた小動物型使い魔との二人一組を基本戦術とする『遊撃魔導乙女隊』など、軍の研究者の螺子を次々と飛ばしてしまった『映像記録』の産物が後宮に流れ込んでいる。
実に恐ろしく、また、普段とは違う乙女騎士たちの姿を見ることができてレクティファール的にはちょっと嬉しい状況であった。
無論、それを悟られるほど柔な鍛えられ方はしていない。鍛えたのがエーリケとフレデリックなのはいつものことである。
「それでは、我が隊は通常任務に戻ります!」
「うん、期待している」
敬礼し、外周護衛小隊の乙女騎士たちが退出する。
レクティファールはぶらぶらと揺れながら、マリカーシェルに視線を向けた。だが、無言のままぐるっと捻られてすぐに視界を外される。
「次は――給養中隊のええと? 戦闘用割烹着装備の第一小隊と、調理器具型魔導兵装装備の第二小隊。合わせて仮称『武装給養乙女隊』です。――もうやだ帰って寝たい」
レクティファールが聞いた初めてのマリカーシェルの弱音だった。
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