白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第二〇話「准将の初恋」 その一

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 皇国の軍事組織というのはその構成人員の性質上、勤続年数を重視しない。
 基本的な現役期間は人間種のそれに合わせいるが、長寿な種族はそれを遥かに超えて現役を続けるのが当たり前だった。
 そのため、軍などでは階級を最も重視し、然るべき人物を然るべき階級に就けるために病的なまでの拘りを見せる。そうするしか組織を保てないためで、そうして階級付けされる人々もそれが当たり前だと思っている。
 マリカーシェルが若くして准将という親補職に就いたのも、軍のその拘りがあったからだろう。階級を決めるのは当人の実力のみ――それが大前提である。

「隊長、放っといていいんですか?」
 水面のように揺れる風景。亜空間潜行型の隠蔽魔法で身を隠しながら外界を見ると、そのような光景を見ることになる。
 この魔法を用いる者たちはその光景を空間陽炎と呼び、長く亜空間に留まると陽炎越しでない風景に違和感を覚えることもあった。
「痴情の縺れなぞ、我々の職分ではない」
 隣にいる部下の問いに答えながら、月影騎士団の第五小隊を率いる男は泰然とした態度を崩さない。
「護衛の連中は大層盛り上がっているようですが」
「いつものことだろう。そっちも放っておけ」
「はい」
 皇王レクティファールの護衛は、複数の組織がそれぞれ別の命令系統を持ちながら行っている。陸海軍や近衛軍は元より、皇国情報院や皇王府からも人員が派遣されていた。
 その中で、月影騎士団は異色の存在と言って良い。
 彼らの存在意義はレクティファールの身を守ることではなく、その意志に従って様々な相手を実力で排除することにあった。それは警護というにはあまりに攻撃的であったが、レクティファールを狙った刺客を追い詰め、捕らえ、或いは殺すことに関して彼らの右に出る者はいない。
「隊長、第二分隊の連中が犬に吠えられていますが」
「――潜行深度を四増やせ」
 幻想種の血統を持つ犬ならば、空間の壁の向こう側にいる月影騎士たちを見付けることもできるかもしれない。男は部下により深い位相まで潜るように命じ、遠くに見える公園で立ち止まった美しい女准将を眺めた。
「悪食な女だ」
 わざわざ好む必要のない相手を好むことは、彼にはそうとしか見えなかった。
 将来を嘱望され、本人にその意志さえあれば昇級し、一個師団を率いることもできるというのに、後宮で『愛人部隊』を率いることに並々ならぬ拘りを見せている。
 そんな話を聞いた当初は率いる部隊の異名の通りに皇王に組み敷かれているのかとも思ったが、そのような事実はなかった。
 軍内部での装甲乙女騎士団の評判は常にふたつ。
 ひとつは最強の部隊であることと、もうひとつは所属している限り決して栄達できない部隊であることだ。
 栄達を望むなら泊付けとして一時的に所属し、数年程度で別の部隊に移るのが常道である。これは皇王の手が付こうと付くまいと変わらない。皇国の軍の昇級基準に家族の血統はあるが、皇王の血筋が負の評価になるはずもない。
 そのため、あの旅団に属している者たちはいくつかの種類に大別できる。
 純然たる武人として最強の部隊で修練に励むことが目的で、栄達など二の次と考える者たち。彼女たちは皇王の妾であることを、自らの武を高めるためのひとつの手段として捉えている者と、そういった立場を嫌う者に分かれる。
 また、軍人としての栄達を目論んでいる者たちも少なくない。彼女たちもまた、皇王の子を欲するものとそうでないものに分けられる。
 そして、ただ純粋にこの国最強の存在である皇王に支配されることを望む者たち。彼女たちは種族的な本能か、出身種族の意向か、或いは個人の嗜好かは別にして、ただ皇王と男女の仲でいることを望む。
 マリカーシェルは、そのいずれにも属していなかった。
 彼女が自らの武を高めることのみを考える武辺者であるという事実はないし、栄達を望むならばすぐにその望みは叶う。ならば皇王の女であることを望んでいるのかと言えば、そうとは言い切れない。
(恐ろしく中途半端な存在。我々としてはあまり歓迎できる存在ではない)
 後宮唯一の補弼者というのは皇国のあらゆる政治的機関にとって無視できない存在だ。後宮にあっては妃たちですら政治を控えているのに、特別護衛旅団の旅団長だけはその枷がない。
 軍人として政治に関わらないという大原則はある。だが、私的な時間であればその大原則から逃れることは不可能ではないと考えられていた。
 これまで権勢を振るった特別護衛旅団旅団長は居ない。しかし、これからも現れないとは限らない。
 月影騎士団にとっては、もっとも頭の痛い相手のひとりだった。
「隊長、陛下の姿を確認しました」
「ああ」
 ゆらゆらと揺れる風景の向こう。街灯に照らされた路地を、少女を背負ったレクティファールが歩いてくる。
 マリカーシェルがどこに居るかすでに分かっているらしく、しっかりとした足取りだった。
「念のため第三分隊を近くに寄せておけ」
「はい」
 そう命令を下しつつも、彼は自分の命令に何ら意味を見出していなかった。
 おそらく何事もなく終わるか、少しくらい話が進展する程度で済むだろう。
 月影騎士団の中で、男としてのレクティファールに対する評価は厳しい。やるべきことはやる。しかしやらなくても良いこともやる。そんな扱いであった。
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