白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第二三話「神々の宴」 その五

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 何故、強大な力を持つ龍族が国を造ることを決断したのか。
 それは皇国史を研究するあらゆる研究者が頭を悩ませる謎だった。
 大陸を統一した旧帝国でさえ、その末期に暴走に近い形で手を出すまで、その生存領域を脅かすことはなかった。
「それほど、龍というのは恐ろしい存在だ」
 帝城の尖塔のひとつ、その頂上にある狭苦しい部屋で盤上遊戯を指しながら、帝王クセルクセス十世は言葉を漏らした。
 枯れ木のような指に摘ままれた騎兵の駒が、「カツン」と小さな音を立てて歩兵の駒を倒す。歩兵の駒は盤上から取り除かれ、防衛線に穴が生じた。
「しかし、皇国は存在している。――何故だと思う?」
 クセルクセスがそう訊ねると、絨毯の上で胡座を掻いていたグロリエが、防衛線の穴を他の歩兵で埋めながら答える。
「そうせざるを得なかった、と思う。力だけではどうにもならないことはある」
「その通りだ。あの国の初代はそれを連中に説いた。我らが先祖が犯した過ちは切っ掛けのひとつに過ぎんよ」
 魔導兵が後方から砦の城壁に向かって魔法を放つ。
 老人の指が器に向かって賽を投げる。出目は一。
「参ったな。外れたぞ」
「雷霆も同じだったぞ父上。あれだけ撃って二発しか当たらなかった」
「ならば、運で負けていたか。悔しいなぁグロリエ」
 にやにやと品のない笑みを浮かべる父の言葉に、グロリエはふて腐れたように顔を逸らす。
 そんなことは自分が一番よく分かっている。
 軍を率いる者は勝利を決定付けるためにあらゆる手段を講じ、そして最後に総てを運に任せる。これはどの時代、どの指導者も同じことだ。
 限りなく運の要素を排することはできるだろう。
 しかしグロリエもクセルクセス十世も、戦いから総ての運を追い出すことに成功した者を誰ひとりとして知らなかった。
「だが、初代皇王もそういう男だった。あれは運がなかった」
 老人は目を伏せ、魔導兵の近くに置いてあった小さな硝子玉を取り除く。魔法を使用するには準備が必要になる。硝子玉はその準備状況を示すものだった。
「〈皇剣〉なんぞという未完成の兵器を使ったせいで、国を作ってからあっさり死によった。いや、自分が死ぬことで自分が説いたことの正しさを証明したのかもしれんな」
 ただの暴力では、何かを守ることはできない。
 何かを守るために暴力は不可欠だ。しかし、暴力はあくまで選択肢、手段のひとつであってそれのみで存在する価値を持つ訳ではない。
「高慢ちきなエルフども、世間知らずのドワーフども、落ち着きのない天族ども、腹黒い魔族ども、そして力の使い方を知らぬ龍族ども。どいつもこいつもあの地を守る方法を考えようともしなかった」
 クセルクセス十世の指が、グロリエが守る砦をとんとんと叩く。
「古き帝国があの地に攻め込まなかったのは、得られるものよりも失うものの方が大きかったからだ。攻め込んで連中が反撃に出れば人的被害だけじゃない、侵攻の目的である諸々の資源だってどうなるか分かったもんじゃない」
 力を持つ龍族が本気で暴れれば、地下の龍脈にも大きな影響を与えるだろう。
 そうなれば地上の環境は大きな影響を受け、地下資源も変質して使い物にならなくなる可能性が高い。
 結局、旧帝国は現皇国領域に住まう者たちに怯えたのではなく、その彼らによって自分たちが欲するものが損なわれることを恐れたのである。
 もちろん、本気になった彼らと戦うことを恐れていたというのも確かだろう。
 力ある龍族ならば十頭程度で大陸の端から端まで焼け野原にできる。しかしこれは『焼け野原にする程度に手加減をする』からこそ十頭必要なのであり、単に帝国という国を崩壊させるだけならば一頭だけで十分だ。
 大陸を物理的に破壊すれば良い。だが、それをする意味がないだけだ。
「連中は強すぎるのだ。だから、国が必要だと初代は訴えた。お前らの力を使わずに縄張りを守る方法はこれしかない、とな」
 そして、龍族をはじめとした諸種族の力を制御された暴力――国家の軍事力として整理した。
「〈皇剣〉というのは、連中の力をより効率的に用いるために考え出された兵器なのだよ。龍族の力は葉巻に火を付けるために街一つを燃やし尽くし、残り火を使うようなもの。〈皇剣〉なら燐寸にもなり、必要なら街も焼ける」
 グロリエは砦に備え付けられた砲を操り、父の軍勢に砲撃を仕掛ける。
 先ほど父が苦汁を舐めさせられた賽を放り、三を出す。相手に軽微な損害を与えた。
「お前の先祖が造られていたことを考えれば、あの時期が限度であったろうよ。あと五年も遅ければ今頃大陸はなかった。連中の反撃でな」
 クセルクセス十世は、どう考えても旧帝国が勝利することはなかっただろうと考えていた。
 あの領域に攻め込んだ時点で、負けるか滅びるかの二択しかなかった。だからそれまでの皇帝はあの地に手を出そうとしなかった。
 手を出せば滅びると分かりきっていたから。
「父上は、余がやっていることは無駄だと言うのか? あの男に勝とうとするなど、考えるだけ無駄だと」
「そうは言っておらん。だがよ、我が娘。あの青年が儂の思う通りの男であるなら、お前は一生勝てん。むしろ二度と勝負できんさ。あの男はお前と盤を挟んだりしない」
 グロリエは反論しようとして口を開き、何も言わずに閉じた。
 父に改めて言われずとも分かっていた。
 落ち着き、如何にレクティファールに勝とうかと考えると、まず勝負をするための舞台を作ることができなかった。
 それを実現するためには彼女が帝王になるしかなく、最低でも彼女の思惑通りに国を動かしてくれる帝王が必要になる。
 彼女は戦術面では優秀だったが、戦略という舞台に立つ権利を持っていなかった。
「あの男にとってはそれが正しいことなのだよ。奴にとってお前は単なる隣国の将軍でしかない。個人的にどれほどの感情を抱いていたとしても、それはお前の望みの助けにはならない」
 クセルクセスが操る歩兵部隊が、砦の正門に肉薄する。
 砦側からの反撃で兵力を削られながらも、門扉の耐久力を削っていく。
「こうやって力押しにするのもいい。だが、お前が焦がれる男はこんなつまらない戦い方に付き合うような男か?」
「――――」
 グロリエは黙って首を振る。
 彼女の中でレクティファールは日々理想化している。
 レクティファールの正妃が聞けば「ふざけるな、何それ羨ましい」と叫ぶような姿に美化されている。
 もちろん、グロリエの価値観での美化であるため、世間に同意を得られるかどうかはわからないが。
「ディトリアであればお前が望む戦場を作ってくれただろう。だが、儂にはもうそんな力はない。次の帝王が誰かは知らんが、そやつが好き勝手に力を振るえるようになるまで、お前の想い人は待ってはくれんだろう」
 クセルクセス十世という帝王は、おそらく歴代帝王の中でも一、二を争う策謀家だろう。彼がもう三代ほど前の帝王であったならば、帝国の寿命はあと百年は延びていた。
 しかし、彼は生まれるのが遅すぎた。
 そして、彼は自分が生まれるのが遅すぎたと理解している。
「――だがまあ、ちょっとした遊びくらいは許してやろう。娘が友人の家に遊びに行くのをいちいち咎めるほど、儂は嫌な父親ではない」
 老人はそう言って懐から手のひら大に折り畳まれた紙を取り出す。
「三日後、〈ターレン〉の港から船が出る。それに乗れ」
「父上、これは……」
 グロリエは父から受け取った紙を広げ、眉根を寄せた。
「いいか、我が娘。余計なことは口にせず、また考えてもいかん。これは儂がお前の許してやれる最後の我が儘だ。ただ何も考えず、言わず、その船に乗って夜会の会場へ行くが良い。お前ぐらいの娘が一晩くらい羽目を外したとて、なんら不思議はない」
 グロリエは父の考えがまったく理解できない。
 だが、父が帝王ではなくひとりの父親として、娘の我が儘をひとつ叶えてやろうと考えていることは分かった。
「その夜会の参加条件は『神を殺せる力を持つこと』――お前の持つ剣に、その名の通りの仕事をさせてみてはどうだ?」
 結局のところ、クセルクセス十世は一から十まで父親として振る舞っていた訳ではない。
 グロリエを送り出し、隣国の最大戦力の一端をその目に焼き付けさせることも目的のひとつだった。
 しかし、彼の娘は素直だった。
 何の力もない普通の娘であれば、誰からも愛されたであろうほど素直だった。
「分かった! 行ってくる!」
 盤を放り、ろくな挨拶もせずに部屋を飛び出した娘を見送り、老人は盤上を眺めた。
 歩兵がようやく城門を突破しようというところだった。
「そうそう、負けそうになったら逃げれば良いのだ。それが王の役目なのだからな」
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