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第四章:万世流転編
第二四話「英雄の島」 その四
しおりを挟む上へ下への大騒ぎになっている皇都にあって、後宮だけは世界から切り離されたかのように平穏なままだった。
緩衝材である真子がいなくなったことによる皇妃同士の啀み合いはあるものの、それもちょっとした姉妹喧嘩の範疇に収まっている。
「イズモの神様、結局のところ一体何がしたかったんだろうね」
論文を書く手を止めないまま、フェリスが誰にともなく疑問を口にする。
彼女がいるのは皇妃たちが良く集まる談話室ではなく、四龍妃のみがよく顔を出す大文庫だった。
「それが分かれば苦労はしない。イズモの陛下曰く、真子の中に居るもうひとりの彼女を討つことで人々からの信仰を回復させたいのではないかとのことだったが」
書架から本を持ってきたフェリエルが、机の上に本の塔を作りながら答える。
「無理も良いところよ。なんで必要もない戦い引き起こして損害与えるのに崇めてもらえると思うのか、アタシにはさっぱり分からないわ」
そのすぐあとに三冊だけ本を抱えたファリエルが現れ、フェリスの前にそれを積んだ。
「はい、これで必要な資料は全部」
「ありがとう、従姉さん。でもあんまり無茶は……」
「みんなそう言うけどね……この身体はあくまで半分だから! 正直、こっちの人の身体半分くらい消滅してもお腹の中の子には影響ないからね!?」
ファリエルがフェリスに迫る。
懐妊が明らかになって三ヶ月が経過したが、義姉妹たちの過保護ぶりはまったく衰えることがない。
龍族の妊娠期間は比較的長いが、その大半が精神情報の醸成に費やされる。
胎内にある子どもの身体はあくまで器であり、その気になれば簡単に修復することができるのだ。
ただ修復できるのは物質的な面だけで、精神情報を直接損なうようなことがあれば多くの種族の胎児と同じように死に至る。しかし、日常的な生活の中で精神情報に直接損害が発生するような事態は起きようがない。
「あなたの問題じゃなくて、こっちの気分の問題よ。それに、口では散々文句言いながらちょこちょこ嬉しそうな顔してるじゃない」
メリエラが目を細め、ファリエルを見詰める。
懐妊の情報が皇妃たちに知らされた際、先を越された悔しさのあまりリリシアと共にやけ食いをしたときと同じ目だ。
どんよりした曇天の如き金の瞳に、ファリエルは戦慄する。
「――う」
メリエラの内心を占めているのが嫉妬だということはファリエルにも分かる。
この寒々とした目以外はまったく以前と変わらないのだから、これ以上何かをメリエラに求めることは憚られた。
「メリエラ、瘴気漏れてる」
「あら、ごめんなさい」
オリガに注意され、再び視線を本へと落とすメリエラ。
彼女が読んでいる本が王妃同士の陰惨な争いを描いた物語だと気付いたのは、オリガだけだ。
(何事も、慣れ)
オリガはメリエラの態度を矯正しようとは思わない。
これがメリエラという龍族の娘の本質であり、外部からの刺激では変えようがないものだと分かっているからだ。
おそらくメリエラに子ができるまでは、大きな変化は期待できないだろう。
「フェリス、それ公式、違う」
「え!? どれどれ?」
「それ」
腕を伸ばし、さらに指先から光の棒を伸ばしてフェリスが抱える帳面の一箇所を指す。フェリスが慌てて書き直しを始めると、彼女は自分の手元にあるイズモ神族の資料に目を向ける。
メリエラについては、これ以上触れないことにする。それは彼女の夫の仕事だ。
(今夜はメリエラ……そろそろ命中して貰わないと、困る)
清涼剤たるマティリエが真子の失踪によって落ち込み、その役目を果たせなくなってしまったのは痛かった。
そういう意味では、オリガも真子を拐かしたイズモの神に対して大いに憤っている。可能なら直接乗り込んで集束重力砲の百や二百でも撃ち込んでやりたいほどに。
(行っても役に立たないから行かないけど……)
「レクトも最近忙しそうだし、ボクたちも何かした方がいいのかな?」
「やめておけ、歴代の龍妃様たちの顔に泥を塗る訳にもいかん」
ファリエルが頭を振った。
皇都に巨大な力を持つ歴戦の英雄たちが集まっているにも関わらず、彼らに匹敵する力を持つ過去の龍妃たちは姿を見せていない。
それは慶弔時以外に皇都に登らないという歴代皇妃の不文律に従っているためであり、同時に現在の龍妃たちが戦いに参加する理由を作らないためでもあった。
「歴代の皇妃の間に序列があっては不味いのよ。民が勝手に優劣を付けるのは自由だけど、誰の目にも明らかな差ができるのは大問題」
メリエラが本から顔を上げずにファリエルの言葉を継いだ。
今回の戦い、現在の龍妃たちが参加したところで足手まといになる可能性が高い。しかし、これまでの龍妃の中で比較的大きな力を持つ者ならば、神域でイズモ神族相手に大いに暴れ回ることができるだろう。
だがそれは、当代の龍妃が過去の龍妃に劣ることを内外に示すことになる。
「誰だって、自分の夫が『劣等な妃を持つ皇王』だったとは言われたくないし、自分の後継者にそんな評価を与えたくもない。生きているならまだしも、死んだ夫に今更傷なんて付けたくない」
それは間違いなく愛だろう。
千と数百年前に死んだ夫との思い出にけちを付けられたくないという気持ちもあるかもしれない。
歴代の皇妃にとって、夫との思い出は悠久の余生で己を保つための道標なのだ。それを失いたくないし、失わせたくもない。
示し合わせた訳でもないのにこの騒動に歴代の皇妃が参加していないのは、そうした諸々の保身の結果だった。
「なるほどなぁ、生きているなら幾らでも挽回できるけど、死んじゃったらどうしようもないもんね」
「そういうことだ。――まあ、わたしたちの分の鬱憤はマリア様たちに晴らして貰うとしよう」
フェリエルが僅かに不満を滲ませつつ、残る四人に同意を求める。
四人の姉妹はそれぞれ、不満、無関心、嫉妬、諦念を抱きながら、それに同意するのだった。
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