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第四章:万世流転編
第二四話「英雄の島」 その五
しおりを挟む歴戦の悪童たちは各々の一族が所有する邸宅や、馴染みの商家などに身を寄せていたが、中にはそうした当てがない者もいる。
煉界からの移民たちである。
「皆様はこちらの屋敷をお使いください」
そんな彼らに対して、レクティファールは自らが所有する皇都郊外の邸宅を借宿として提供した。
今回の一件に対する司令部として徴用され、皇王府の職員や事情を知る官僚たちから『悪童本営』などと呼ばれるようになってしまった大邸宅にも近いそこは、元魔王の七人と彼らが連れてきた精鋭たちが寝起きするにはあまりに広かった。
屋敷の中にある寝室や厠、浴室など一通りの設備の説明を受けると、彼らは食堂に案内される。そこがこの屋敷で一番広い部屋だった。
「見て頂いたように少々手狭な屋敷ではございますが、どうぞご寛恕願います。それでは、夕食の時間になりましたらお呼び致します」
「感謝する」
元魔王、今はただギニ族のチェルノとだけ呼ばれる若い男が、ここまで彼らを案内してきた初老の執事に小さく頭を下げる。
他の者たちは部屋をきょろきょろと見回しているだけで、執事が一礼とともに部屋を去って行ったことにも気付かなかった。
「どうにもこちらの世界の家は落ち着かん。壁の中にまで煉素――いや魔素が循環しているせいで結界に囚われているような気分になる」
長卓の椅子に座ったラン族のヒナゲシが、腰に佩いていた太刀を卓の上に置きながら呟く。開拓地では満足に手入れ道具を調達することもできなかったために仕舞い込んだままだったが、相手が神族と聞いて持ち出してきた。
「この程度のことで怯えるなど、ラン族の族長が聞いて呆れる。畑を耕すことばかり上手くなって、魔を統べる者としての気概を忘れたか?」
「そう言うローゼンディア殿は、この国の助けなどいらぬと大口を叩いておきながら、結局満足に開拓を進めることができず、結局泣きついたと聞く、なるほど素晴らしい気概だ」
「貴様! 私を愚弄するか!?」
幼子のようなゼベ族のタタルに嘲弄され、ローゼンディアは激高する。彼女が率いるヴァジェ族は開拓当初、皇国の担当官の助言を聞かずに好き勝手に開拓を進めようとし、それが失敗したことで他の部族から嘲りの視線を向けられるようになっていた。
かつての栄光をもっとも懐かしみ、それを再び手に入れようと躍起になっているのだ。ただ、どれほど努力しても彼女たちはかつてのような力を振るえないし、彼女たちが志向する単純な腕力による版図拡大を許容するほど、この世界は幼くなかった。
「だが、我々の力を必要とするからこそ、皇王とやらは私たちを呼び寄せたのではないか? ならばその見返りに領土を求めても――」
「やめておけ」
ローゼンディアの言葉を、部屋の片隅で愛用の槍を磨いていたクリューナが制する。こちらの世界に来てから作り直したその槍は、新たな土地に跋扈する魔獣どもを貫く頼もしい相棒となっていた。
「クリューナ、クガ族は他の部族の庇護下にある時間が長かったから理解できないだろうが、我々煉黒の民は己の力によって生存域を拡大することを正義とする。それはどこの世界でも同じことだ」
ヴァジェ族はクガ族よりも遥かに数が多く、その力も強い。それだけに、自分たちの価値観を絶対と信じる気質を持っていた。
それに対し、クガ族は七部族の中でもっともこの世界に馴染んでいる。彼らにとっては部族の生存こそが正義であり、それを叶えるための手段として武力を必要としただけだ。
何らかの方法で部族が生き長らえるならば、その理由は問わない。
「この国が我々を呼び寄せた理由は、今まさにヴァジェの者が説いたことだ」
床に直接胡座を掻いていたファルシャイルが、じっと目を閉じたまま口を開く。
「我々は長い間戦いすぎた。それが生活の一部だった。あの地の魔獣どもを相手にするだけでは発散できないものもある」
彼らの開拓地で部族同士の諍いが増えていることは七人全員が認識している。煉黒の民の中にある闘争本能がその力の矛先を求めているのだ。
「我々の大半は、まだこの国の民ではない。軍に入って存分に力を振るうという選択も取れない」
軍は皇国の民であり、成人した者しか受け入れない。軍学校ならば必要な知識さえあれば入ることができるが、その程度で彼らの本能を慰めることはできないだろう。
開拓地の自警団ならば多少はその規制も緩く、彼らは荒原の魔獣たちと戦うことで辛うじて自分たちの本質を宥めている。だが、力ある戦士であればあるほど、自分たちの中にある戦闘意欲を抑えることが難しくなってくる。
「死地」
ぽつりとアス族のファティアが呟く。
その言葉に残る六人は黙り込んだ。
皇国は、戦士たちに死地を与えたのだ。己の力を存分に振るい、果てることができる場所を用意した。
彼らの身体が源素の影響を受けにくいという理由もある。それを建前として、彼らをこの戦いに招いたのだから。
「我はこの戦いに参加する者を選ぶとき、この地、この平穏に耐えられぬ者を選んだ。お前たちも同じではないのか?」
ファルシャイルは目を開け、部屋の中の同輩たちを見回す。
どの部族でも、この戦いへの参加を強く希望する者たちがいた。彼らの大半は、ファルシャイルの言葉通りこの地での平和に馴染めなかった者だ。
相手が神族と聞き、これで己の矜持を満たしながら死ぬことができると喜んだ者たちだ。
「我々は諍いの元になる者たちを除くことができ、この国は余計な争いを引き起こす可能性のある者たちを排除することができる。それが叶わなくとも、神族を相手に力を振るえば多くの戦士たちが新たな世界に馴染むきっかけになろう」
ヒナゲシは刀を抜き、その美しい刃文を見詰める。
それを美しいと思うのは、そこに込められた暴力を感じることができるからだ。
どんな美しさにも、その美を他者に訴えかける力が宿っている。
「我らが神はすでにその役目を捨てた。今度は我々が何かを捨てなければならない」
それがこの世界で生きるために必要なことだ――ヒナゲシのその言葉を最後に、七人の元魔王は誰も口を開かなかった。
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