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第四章:万世流転編
第二五話「神域突入」 その序
しおりを挟むレムリア海に浮かぶその島は、ほんの五〇年ほどの短い間だけ公都〈レヴィアタン〉と呼ばれた。
しかし周囲二〇キロメイテル程度の絶海の孤島は、都市としての拡張性が乏しく、将来的な発展性が期待できないという理由で公都の名を返上した。
島民たちは新たな公都へと次々に移住し、その発展に寄与することになる。だが、その発展の影でレヴィアタンという島は寂れ、忘れ去られていった。
何度か軍の拠点として整備することも考えられたが、やはりそれにも大きな負担が必要となる。結局はそのまま無人島となり、一定期間ごとにレヴィアタン公爵家の者が手入れに訪れるだけの場所となった。
その島がこの日、再び歴史の中に顔を出した。
僅かな月明かり以外には何の光源もない海。そこに七隻の艦が一切の燈火を消し去り、しかし整然と同じ方向に向けて進んでいた。
その艦群は、ひとつの国による集団ではない。だが、その動きにはまったくと言って良いほど齟齬がなかった。
《本艦下方に動体反応》
イズモ海軍第四艦隊第九駆逐隊から皇国との合同演習との名目でレヴィアタン島近海に派遣されてきた駆逐艦〈東雲〉の艦橋に、情報指揮所からの声が響く。
艦橋にいる半数が声の発生源である天井に埋め込まれた拡声器を一瞬見上げ、続いて首から提げていた双眼鏡を手に取った。
〈東雲〉はイズモ海軍の駆逐艦〈雁〉、〈薄雲〉、そして皇国海軍の巡洋艦一隻、駆逐艦三隻と共に輪形陣で航行している。その輪の中心、海中に光が見えた。
《動体反応接近。本艦左舷に浮上する模様》
続く声に、人々が艦の左へと顔を向ける。
「針路、速度そのまま。水流制御、出力四」
艦長席に座っていた老人が、潮で焼かれ掠れた声で命じる。すぐに復唱があり、艦内の水流制御用の重力機関が僅かに身動いだ。
《浮上》
〈東雲〉の左舷側を走っていた皇国海軍の駆逐艦〈ミレーゼ〉との間に、ゆっくりとした動きで白銀の大地が現れる。その表面は鏡のように滑らかで、これまで海中にいたというのに一切の付着物がなかった。
やがてその白銀の大地の一部が隆起し、イズモの最新鋭重戦艦のものとよく似た形の前鐘楼へと変形する。まだその大半はまだ海中にあったが、その艦橋構造物だけで〈東雲〉よりも巨大だった。
《艦種確認。我が軍の〈天照〉です》
その報告を聞きながら、艦橋の誰もが「あれと同じものが、果たして〈天照〉以外に存在するのか」という疑問を抱いたが、旗艦である巡洋艦からの通信に思考を中断することになった。
《当該目標艦との合流を確認。これより本隊は目標艦を護衛し、皇国領レヴィアタン島へと向かう》
解読された暗号通信が、文章と音声で示される。すぐに艦隊運動用の情報連結機構が新たな航路を示し、艦長は手元の受音器を手にとって艦内へと命令を下した。
「本艦はこれより〈天照〉を護衛しつつ、目標地点“甲”へと向かう。あの艦には陛下も座乗しておられる。隊を組む皇国艦と比較されることになろう。各員、八洲の海兵として恥ずかしくない働きを見せよ」
艦内放送を切り、再び〈天照〉へと目を向ける。
巨大な金属の塊が滑るように移動する様は、まるで島が動いているかのような錯覚を生じさせた。
彼が海軍に奉職してから五〇年。しかし〈天照〉と同じ隊を組むのは初めてのことだ。そしてもう二度とその機会は訪れないだろう。
「どうにも頭が回らず昇進せなんだが、正しかったなぁ」
艦長の独白に、近くにいた航海士が振り返る。
まだ艦隊勤務になって二年ほどの若い航海士だ。
「艦長、何か」
「いや、珍しい光景だと思ったまでのこと。気にせんでよろしい」
「――はい」
航海士は艦長の言葉を額面通りに受け取った。
確かにイズモと皇国の艦が戦隊を組み、さらに個艦運用が大半を占める〈天照〉がそこに加わっているのだから、間違いなく珍しい光景だろう。何十年海軍にいたとしても、運がなければまず見ることはない。
彼は僅かに発光している海図盤に視線を落としながら、妙な場所に居合わせたものだと思った。
「髙野といったか」
航海士は名を呼ばれ、再び艦長席に顔を向けた。
「はい。髙野中尉であります」
「おそらく二度とはないこの場にいたのだ。お前さんは運が良い。偉くなり、その運を国のために使ってくれ」
「は……」
髙野中尉は僅かに困惑を滲ませたものの、その言葉を艦長なりの激励なのだろうと受け取った。そして自分の返事を聞いて満足そうに頷く祖父のような上官を見て、そういうものなのかもしれないと思うようになった。
(運か。博打はあまり強くないんだけどな)
そう心中で吐露する彼だったが、実際彼はこのときの上官の言葉通り、度重なる幸運に恵まれながら階級の階段を上っていくことになる。
そして将官となり艦隊を率いるようになった頃、今まさに彼の横を悠々と泳ぐ白銀の星船に乗り込み、史上初の宙空間艦隊戦をその目で、その身体で経験することになるのだった。
「変針点まで、あと二〇」
もちろん、このときの彼はそんな自分の将来の姿などまったく知る由もなく、淡々と航海士としての仕事をこなす。
ただ時折艦橋の窓から外を眺め、満天の星空の下を泳ぐ星船にその本来の姿を重ねた。
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