白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第二六話「嫁奪り」 その序

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 樹海と呼ぶに相応しい光景が眼下に広がっている。
 サナ、と呼ばれる男神は、背後に〈岩戸〉と呼ばれる輪状の岩を守りながら、見慣れたその光景を苦々しい想いと共に眺めていた。
(若造どもが色めき立っている……)
〈岩戸〉が鎮座する大岩の台座に直剣を突き立て、柄尻に両手を置いたまま、サナは眉間に皺を寄せる。それは、比較的若い神たちがここ最近好き勝手に動き回っていることへの不満の現れだ。
 サナは比較的古い神だった。
 生まれはこの地だが、方々からの侵略者からこの地を守るために戦い続けてきた歴戦の戦士であり、現界からの進入口である〈岩戸〉の守人に選ばれたことからも、八洲神群の中で一際優れた武人であることが分かる。
 しかしそんな彼にとって、若い神たちが現界から古き神の一柱を連れ去ってきたことはこの上なく許し難いことだった。
「我らが意味もなく放置していたと思っているのか、あの連中は」
 サナは堕神と呼ばれることになった姉が、広く知られているような淫猥で放埒な存在ではないことを知っていた。
 母を知らぬ彼らにとって、年の離れた姉である彼女は、唯一母と呼んでも過言ではない神だった。そのため、彼らは本心ではこの地に戻ってきて欲しいと思いながら、しかしこれほどまでに誤った認識が広まった地では住みにくかろうと思い、現界で生きることを自分たちの心に納得させた。
「若い連中はそれを知らぬ。いや、教えなかった我らの咎か」
 目の前に広がる豊かな神域の光景は、姉がその権能を揮って作り出したものだった。かつての神域は荒れ狂う高密度の源素によって荒れ果てており、神といえども生きることが容易い場所ではなかった。
 戦いによって傷付き疲れ果てていた父に代わって神域を神々の住みやすい地に変えたのは、姉やそれに付き従う兄姉たちで、そうした事実は古い世代の神々に姉への思慕を抱かせた。
「――現界に嫁いだとき、お止めすればと幾度後悔したか」
 あのような悲劇がなければ、今も姉は父に次ぐ尊敬の対象だっただろう。
 事実も知らぬ若い神たちの虜になり、その領域に閉じ込められることもなかった。
「兄たちが説得に赴いているが、はてどうなることか」
 姉を巡り、古い世代と新しい世代の間で交渉が行われていることは、八洲の神々の間では知らない者はいない。
 古い世代にとっては母とも慕う神を取り戻すために絶対に退けない交渉であり、新しい世代にとっては自分たちの生存を賭けた、これもまた絶対に退けない交渉だ。
 どちらも譲歩の姿勢を見せないまま、現界で言えば何ヶ月もの時間が経過している。
「現界の連中が大人しくしているかどうかも分からぬというのに……」
 サナにとっての心配ごとはそれだった。
 彼が守る〈岩戸〉は、現界との最も安定した接続点に設置されている。もしも現界から誰かが現れるとするなら、この場所を置いて他には考えにくい。
(どこから飛び込もうと、この一点に誘導されるのは、我らにとっては好都合。しかし、俺ひとりで軍勢を相手にするのは骨が折れる)
 彼はこのとき、もしも現界の軍勢が現れるなら、姉を娶った龍国の軍勢だろうと思っていた。それ以外に姉に執着する勢力はないと考え、神域に入り込んで戦える龍国の軍勢などそれほど多くはないという答えに行き着いていた。
 それは正しい答えだ。
 だが彼は、現界の――彼ら神族に較べて短い命しか持たない者たちの価値観を理解していなかった。

 そのときまず〈岩戸〉に起きた異常は、輪状になった岩の中心に発生した雷気だ。サナは突然耳に飛び込んできた破裂音に振り返り、〈岩戸〉の真ん中に発生した雷が僅かな時間で大きく広がっていく様に目を見開いた。
「何事か……!!」
 彼はこの時点で異常を知らせるための通信術を方々に送った。
〈岩戸〉の状態は数千年もの間この場所を守り続けてきた彼がこれまで一度も経験したことがないものだった。だからこそ躊躇いなく異常を知らせたし、すぐに武装を顕現させて臨戦態勢に入った。
「何者が……」
 そう彼が呟いた声は、〈岩戸〉の輪が軋む音にかき消された。
 空間を揺らす轟音と質量さえ感じるような光の乱舞に、輪には次々と亀裂が走り、宙に浮かんだ台座からばらばらと破片が落下していく。
 サナは額に浮かぶ汗を拭い、鉾を構えて〈岩戸〉に相対する。
 彼は武人だった。決して敵に背を向けず、どれほど強大な敵に対しても真正面から相対した。
「来るが良い!」
 それが彼にとっての最大の失策だった。
 これまで以上の音と光が嵐のように巻き起こり、〈岩戸〉がその中心に発生した光の渦に圧されるようにして砕け散る。
「――!!」
 その光と音の嵐の中でも構えを崩さなかったサナは、光の渦から飛び出してきた金属の壁に真正面から激突し、そのまま吹き飛ばされた。
 彼が次に目を覚ましたとき、騒動は完全に終息していたという。彼は自分がぶつかった金属の壁が星船の艦首部分であったことなど知らないまま、樹海の中に落ちていった。
 この惑星での歴史上初の、航宙艦と惑星原生生物の接触事故である。
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