白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第二六話「嫁奪り」 その一

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〈岩戸〉の残骸が、次々と森へ落下する。
 これまで日の光に照らされていた深い森は白銀の星船が作り出す影に覆われ、その艦体から響く低く静かな音が枝葉を震わせた。
 逆に〈天照〉を見下ろす視点に移れば、その艦体表面に虹色の皮膜を見ることができるだろう。神域に満ちる高密度の源素を防ぐために展開された障壁が、接触する源素の濃度によって色合いを変化させているのだ。
〈天照〉の変化はそれだけではない。開いていた主胴と副胴の先端部が閉じ、艦橋がゆっくりと警戒位置へと上昇する。
 しかしこの時点ではまだ、兵装は艦体に沈み込んだままだ。使用できるものといえば僅かな対空火器のみであり、その威力と射程の短さで考えれば、神域に被害と言えるほどのものを与えることはできない。
 そのまま静かに空を進む〈天照〉。
 森に落ちる影が、その移動に合わせて角度を変える。
 そのまま一分ほどの時間が経過し、再び〈天照〉に変化の兆しが見えた。
 艦の前方に艦の最高司令官である正周の姿が浮かび上がったのだ。
《“座”の同胞よ。このような形であなた方の領域に押し入ったこと、誠に遺憾である》
 正周の映像はただ艦の前方を真っ直ぐに見詰め、更に言葉を続ける。
《我々は、我が友人の連れ合いであり、我が妹である一之宮真子の魂を引き受けに参ったに過ぎず、決して同胞たちの安寧を妨げるためではない》
 それに対して答える者はいない。
〈天照〉に最も近い八洲の神は森の中で目を回しているサナであり、それ以外の神々は今まさにこの地に向かっている最中だった。
《我が妹を返して頂きたい》
 正周の声は非常に抑圧的だ。
 非難の色もなければ阿る気配も感じさせず、ただ己の要求のみを端的に伝えているに過ぎない。
 だが、八洲神族――特に血気盛んな若い者たちにとってはそのような正周の最大限の配慮も、地を這う脱落者の戯れ言にしか聞こえなかった。
《我々は――》
 正周が言葉を繰り返そうとしたとき、〈天照〉前方の森から一斉に野鳥が飛び立った。同時に〈天照〉の探測儀に反応が現れ、正周の映像がかき消える。
〈天照〉の周囲に幾重もの防御障壁が展開され、艦橋部が後方へと下がった。
 その次の瞬間、〈天照〉を中心とした森の中から五本の光条が現れ、〈天照〉の防御障壁に接触。稲光と轟音を発した後、逸らされ、四方へと飛び散った。
 光条が落ちた先の森が爆発、炎上。遠くの山に接触した光はその場で破壊力を発揮し、地形を変えた。
〈天照〉艦内で警報が鳴り響く中、その周囲の森が隆起し、木と金属で作られた円盤が姿を見せた。
 円盤の中心には結晶体で作られた核が見える。その周囲を木製の外装が覆い、その更に外周を三つの金属製の可動輪が囲んでいた。
 現れた円盤は五隻。
 それぞれが結晶部分を赤く点滅させ、〈天照〉を威嚇するように金属輪を回転させている。その回転が一定数を超えた瞬間、今度は一隻あたり三本の光条が発射された。
〈天照〉の防御障壁が光を増し、一五本の光を受け止め、そのまま弾き散らす。
 光が四方八方へと拡散すると、森が炎上し、山が削れ、雲が割けた。
 その光景に怒りを抱いたかのように、円盤の核が発する光が強くなる。
 三重の金属輪がそれぞれに回転数を増し、数え切れないほどの光弾を〈天照〉へと発射した。雨のように降り注ぐ光に対して、〈天照〉の防御障壁は微塵も揺るがない。
 次元断層内での航行さえ可能にした次元障壁は、荷電粒子程度で貫くことはできない代物だった。
 しかし、〈天照〉も一方的に撃たれている訳ではない。
 その艦内で、反撃に転じるためのやりとりが行われていた。

「――撃ってきたか」
 正周が諦念を滲ませた声で呟き、座席へと身を沈ませる。
 すぐに工藤が駆け寄り、その顔を覗き込んだ。
「陛下、お辛いならばお部屋に戻られては……」
「そうも言っていられない」
 正周はそう答えると、座席を回して背後を振り返る。
 そこにはすでに陣羽織を肩に掛け、八洲帝家に伝わる軍刀と同じ形をした〈皇剣〉を佩いた義弟の姿があった。
「レクティファール殿。ご覧の通りだ」
「はい」
 レクティファールは曖昧な表情で笑みを浮かべた。
 困ったような、しかしこうなるだろうと思っていたと分かる笑みだ。
「〈天照〉に対して矢を射かけた以上、この戦はもはや我らと彼らの全面戦争になった」
「まあ、こうなるとは思っていましたけどね」
 そう言って肩を竦める実弟を僅かに睨み、正周は立ち上がる。
 彼が座席の横へと手を伸ばすと、床面に展開された転位陣から軍刀が姿を見せ、その手に収まった。
「父が言っていた。八洲男子ならば、喧嘩を売られたならば買わねばならぬ。値切りなどもってのほか、己の財布をそのまま相手に投げ付ける気概で臨め、とな」
 正周が軍刀の鐺で床を突くと、その部分に六重の光の輪が浮かび上がり、軍刀を包み込むようにして上昇する。
「だが、余の財布にあるのは金子ではない」
 六つの光輪に囲まれた軍刀を握り締め、正周は艦橋の前方を振り向いた。
「播乃丞!!」
《ははっ!》
 大写しになった播乃丞の顔には、戦に臨む武人としての剣呑な気配が充ち満ちていた。次の一瞬には抜刀するのではないか、そんな風に感じさせる表情だ。
「〈天照〉全艦、我が財産たる八洲武士、諸君らの総てを賭けて勝負に出る!」
《承知仕った!!》
 播乃丞の顔が消え、次に彼の声が全艦へと達せられる。
《全艦、第零種戦闘配置! 全力攻勢だ!》
 ひゅう、という警報音と共に展開された表示窓――“BATTLE STATION ZERO”の文字。
 それを見上げた正周は、実弟に顔を向けた。
「ほら、貴様もさっさとしろ」
「昔を思い出しますなぁ」
 苦笑しながら細周が手を翳すと、さきほどの正周と同じように軍刀が姿を見せる。
 彼は正周の隣に立つと、やはり兄と同じように軍刀の鐺を床へ突き立てた。
「軍の宿舎を抜け出し、兵学寮にいる僕を連れ出しては喧嘩三昧。しかしあとで怒られるのは私ばかりだった」
「貴様は要領が悪いのだ」
「あなたの弟なのだから、当然でしょう」
 ふう、と溜息を漏らす細周に目を剥いた正周だが、背後から聞こえてきた女の笑い声に咳払いをする。
「まあいい、おそらく最後の喧嘩だ。貴様を連れてきて良かった」
「――ええ、僕もここに呼んで貰えて良かった」
 兄弟は顔を見合わせ、にやりと笑みを浮かべたあと、まったく同時に軍刀を捻った。
 一際大きな警報が響き、人工音声が〈天照〉を縛る鎖が外れたことを告げる。
最終安全装置ファイナルセーフティ解除リリース
 艦橋の空気が一気に加熱し、管制官たちの声にも熱がこもり始めた。
《主機関出力上昇。各部伝達系異常なし》
《戦闘班欠員なし》
《応急班欠員なし》
《医療班欠員なし》
 各部署から次々と上がってくる報告を確認し、播乃丞が艦橋上部を見上げる。
 そして、通信も拡声も一切なく、ただ肉の声のみで報告した。
「〈天照〉全艦第零種戦闘配置! いつでもいけます!!」
 正周はその声に頷き、嬉しそうに笑った。
 数十年ぶりの、会心の笑顔だ。
「大変よろしい。では――強襲形態へ移行せよ!!」

《BATTLE FORMATION BATTLE FORMATION》
 非常灯に照らされた艦内に、その一文が踊る。
 それを見た乗員は一瞬嬉しそうな表情を浮かべると手近な安全区画へと移動し、身体を固定する。彼らにとって、これは花道だ。
《本艦はこれより強襲形態へと移行する。繰り返す、本艦はこれより強襲形態へと移行する。乗員は安全区画へと移動せよ! これは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない!》
 何年、何十、何百、何千。
 何世代にも亘ってこの艦を修理し、分析し、用いてきた。
 その結実が、この艦本来の姿。
 武装を限定された戦闘形態ではなく、遙かな高みにある異次元の存在と戦うために用意された強襲形態。
 異なる文明の、その当時持ちうる最高の技術の集大成。
「先輩連中に良い土産話ができたな」
 乗員たちはそんなことを考えながら、身動ぎを始めた〈天照〉を頼もしげに見詰めた。

「機関出力上げ」
「武装固定。伝達系遮断」
「生命維持系統を第三位階へ」
 管制官たちが次々と情報を処理し、次の部署へと送り出す。
 表示される艦体の各部の情報が赤から緑へと変わり、総てが緑になった瞬間、首席管制官が制御卓の上で指を滑らせた。
「艦体各部の固定装置を解除――変形開始トランスフォーム

 白銀の艦体に一直線に亀裂が走る。
 それは艦橋部から艦首までを貫く一本の線だ。
 艦体表面の鏡面装甲はその亀裂によって分割され、左右へと広がる。その下から現れたのは、艦橋前方上部に並列に配置された二基の四連装砲塔が背負い式に四組。下部に六組。艦橋後方上部に一組の合計十六機。
 さらに可動腕によって主胴の左右へと大きく張り出した副胴は、上下に分割され外側面には主胴のそれよりも一回り小さな砲塔がそれぞれ三基ずつ姿を見せる。
 副胴前部の次元突入衝角は音叉型の制御装置に長大な加速板が取り付けられ、重力加速投射砲へと機能を変えた。
 副胴の変形が行われている間、主胴にはさらに大きな変化があった。
 左右へと移動した主胴鏡面装甲には更に幾筋もの裂け目が走り、内部へと折り込まれるようにして鏡面装甲が潜り込む。それと入れ替わるようにして砲塔式万能砲が、無砲塔型対空光条砲が姿を見せる。
 艦首次元突入衝角は槍と盾、攻防一体の次元障壁発生装置になり、〈天照〉に格闘能力を付与した。
 最後に、それらの総ての兵装へと主機関から伝達系が接続される。

 それは、〈天照〉本来の持ち主たちの目的を果たすための武装だった。すなわち、
『敵地に取り残された同胞を救出する』ための武器。
 幾星霜の時間の果てに、彼女は本来の目的のため、その本来の力を発揮しようとしていたのだ。
 そして、彼女は自分たちの中に居る者たちに向け、己の武を誇る。
《COMBAT SYSTEM Anti OVERLORD Mode》――対高位次元知性体用戦闘形態。
 艦橋にいた者たちはその言葉の意味を理解しない。
 だがこれが、この〈天照〉の姿こそが、自分たちが大いなる力を持つ神々に対抗するための鎧であり、槍であり、剣であり、馬であることを本能的に理解した。
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