白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第二六話「嫁奪り」 その八

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「怯むな! 我らの後背にあるは『神樹』!! この神域を支える柱のひとつぞ!」
 そう叫びながら、カシマは〈天照〉の放った重粒子衝撃砲を一刀の下に斬り裂いた。ふたつに分かたれた重粒子の奔流は自らの内部から発生する力に引き裂かれ、千々に乱れながら後方へと通過した。
 遥か後方の山に命中した重粒子が幾つもの消滅反応を引き起こしている様を、カシマたちは恐々とした眼差しで見詰めた。
「何故このような真似をする! 地の同胞の長は気でも狂ったか!?」
 剣を振り抜き、気合いと共に怒号を発する。
 その声は半ば概念上の存在となって〈天照〉の装甲板を貫き、〈天照〉司令座艦橋の正周の耳にまで届いた。
「――受音器を」
「はい」
 工藤が差し出した受音器を手に、正周が立ち上がる。
 それに合わせたように〈天照〉艦首に彼の義弟が降り立ち、広大な銀色の平原に八洲軍刀となった皇剣の鐺を突き立てた。
《接触回線、開通。同盟軍指揮官》
 そんな自動音声の声を耳にしながら、正周は受音器の開閉器を入れる。
《狂ったのはどちらか。我らに何の断りもなく、友邦の地から血族を拐かすなど、正気の沙汰ではない。ただちに我が妹の精神を解放して頂きたい》
 一時的に空が静寂を取り戻す。
 好き勝手に暴れ回っていた皇国の古き戦士たちはそれぞれの獲物を手に空を見上げ、龍たちは上空を旋回しながら周囲に気を配ったり、飛び乗り、その重量で押し潰した『天翔戦船』に不満そうな表情を浮かべたりしていた。
「すでにそのような要求を受け入れられる段階ではない。今は我ら八洲の神が滅ぶか否かの瀬戸際である!」
 カシマは一気に加速すると、その剣を振りかぶって〈天照〉艦首へと向かう。
 そこに、カシマがもっとも憎む相手がいた。
「龍の長よ!! 前回の戦いでは飽き足らず、再び我らを滅ぼしに来たか!?」
 虹色の光がカシマの剣から溢れ、〈天照〉の装甲を焼く。八洲神群の軍神と呼ばれる者たちの中で、カシマ以上の使い手は二名だけ。
 純然たる打撃力のみでいえば、一、二を争う。
「あの堕神を取り込み、我らの故郷を破壊するつもりか!?」
 剣が空間を引き裂き、ねじ曲げながらレクティファールに迫る。
 接触すれば龍族の防御さえ貫くであろうその一撃を、レクティファールは無造作に掲げた右の手のひらで受け止めた。
「――ッ!?」
 レクティファールを中心に〈天照〉の装甲板が歪む。艦内では異常警報が飛び交っていたが、艦の外殻は変形による衝撃吸収機能の範囲内でその損害を留めていた。
「意味が、分からない……!」

 レクティファールがカシマの剣身を掴み、彼の身体ごと『神樹』へ放り投げる。
 軽く音の速度を超えたカシマは発熱しながら『神樹』の幹に激突、めり込んだ。『神樹』が大きく揺れ、内部にいた八洲の神々が慌てて飛び出してくる。
「貴様……言うに事欠いて理解できぬとは何ごとか……!?」
 めり込んだ身体を起こしながら、カシマが呪詛じみた声音で怒りを告げる。
 自分たちはただの偶然で滅ぼされようとしたとでも言うのか。カシマの怒りは更に純度を増した。
「現界の者たちと違い、我らは忘れられた瞬間に消えるのだ! 己を己で信ずることで最低限身体を保てる現界の同胞とは違う!」
「だからなんだと? 存続の危機ならば正面から助けを求めれば良い。少なくとも他人の家の寝室に入って人の妻を連れて行くような理由にされて堪るものか」
 レクティファールの認識はその程度のものであった。
 しかし、それは皇国の者たちにとって到底許せることではない。もし許せるのであれば、皇国は存在していなかった。
「貴様の妻になど用はない! 我らが欲するは堕神の魂のみ!!」
 カシマたちも真子を連れてくるつもりはなかった。だが、真子と瑠子を分離させることができず、やむなくふたりを纏めて連れ去ったのである。
 だが、それさえもレクティファールにとっては容認できないことだ。
「その堕神とやらも、我が妃である」
 故に、その声は非常に平坦なものだった。
〈天照〉の人工音声の方がまだ人間味を感じる覚えるであろうほどに、その声からは一切の生命を感じなかった。
 カシマはその声に一瞬たじろいだ。
「き、貴様は自分が何を言っているか理解しているのか? あの悪婦は夫の身内を誑かして淫蕩の限りを尽くし、父によって封じられた者。貴様らにとっても決して公にできぬ存在であろう!」
 その声に上空にいるマリアたちの機嫌が少しだけ悪くなり、同じように皇国からやって来た悪童たちの目付きが変わる。
 義理とはいえ娘や孫、親戚の娘を貶されたようなものだからだ。
 むしろ〈天照〉艦内にいる者たちの方が冷静で、神話に埋もれた逸話のひとつが事実だったのだと納得している風だった。
「堕神のみを消し去り、貴様の妃はしっかりと帰そう。故にこれ以上の戦闘は……」
 カシマはレクティファールが反論するよりも前に決着を付けようとした。
 だが、それを遮ったのは、レクティファールでも〈天照〉でもなかった。
「やめよカシマ」
 突然吹いた風が、カシマの背後に人影を作り出した。
「これ以上、我らの名を汚すなら、我らが相手をしよう」
 女の声とともにさらにもうひとつ影が現れ、カシマの首には左右から剣が添えられた。
「貴様ら……キリシマ、センゲン! 自分たちが何をやっているか分かっているのか!?」
「知らぬ。興味もない。だが、妻のためにこのような地までやって来た益荒男に、手を貸す程度の分別は持っている」
 男の神はそう言いながら、隣にいる妻に目を向ける。
 目元以外を布で隠した女神は目を細めながら、カシマを助けるべく動きを見せた他の神へと視線を巡らせた。
「あなた方、これ以上戦うというならわたくしがお相手しますよ? はて、あなた方の中にわたくしの防御を抜けるような攻撃を放てる方がいたかしら?」
「センゲン、あまり若い者を虐めるな。だからろくでもないことを言われる」
 キリシマの言葉にセンゲンは上品な笑い声を上げる。
「わたくしが欲しいのはあなたの言葉だけ、他の者の言葉など、あなたの溜息ほどの価値もありませんわ」
「む、そうか……だが、お前の祖を救えて私は満足だ」
「あらあら、今日はずいぶんと饒舌でいらっしゃるのですね」
 センゲンは怒りで震えるカシマの背後でころころと笑い声を上げる。
 カシマとしてはすぐにでもふたりを振り払い、目の前の男に一太刀を入れたかったが、キリシマはともかくセンゲンはカシマにとってあまりに相性が悪い相手だった。
「――あの」
 そんな中で、レクティファールが声を上げる。
 完全に取り残された皇国と〈天照〉の者たちを代表してのことだ。
「ああ、ごめんなさい。あなたがアサマ様の今の旦那様? ああ良かった。今度はあの方のために力を尽くしてくれる方で……」
「センゲン、前の夫君も決してアサマ様をないがしろにした訳ではないのだよ」
 キリシマが窘めると、センゲンは「ごめんなさい」と素直に謝った。彼女の中では夫の言葉が何よりも正しいのである。
「ともあれ、すでにカシマにそそのかされた連中は父とそのお友だちの皆さんによって制圧されつつあります。些か被害は大きいようですが、神域ならば明日の朝には元通りにできますし、どうということはありませんわ」
 ほほほ、と笑うセンゲンに、カシマは内心ありとあらゆる罵倒を口にしていた。
 堕神の一族でありながら、神域の管理者のひとりに名を連ねている彼女は、カシマにとって瑠子ほどではないにせよ、許容し難い存在なのだった。
「まったく、行き当たりばったりでことを起こして……」
「貴様らが……貴様らが情けないから……」
 カシマの呪詛に対し、センゲンは冷たかった。言葉も、態度も、そして心さえも。
「他人の奥方を攫う以上に情けないことなどありません。恥を知りなさい愚物。いえ、ムシケラ以下の微細機械群素体」
 微細機械群素体は単体では一瞬で自壊する程度の強度しかない。それが数億数兆集まって機能を発揮するようになる。
「貴様ら……キサマラ……!」
 カシマの声から理性が消えていく。
「キサマラガ、キサマらのヨウナ者が我ら滅ボスノだ!!」
 収縮、そして爆散。
 カシマの身体に周囲から源素が取り込まれ、次いで収縮ののちに爆散した。
「ちっ、この唐変木が!」
 センゲンがカシマを罵倒しながら、キリシマの手を引いて下がる。
 レクティファールもまた〈天照〉から離れ、上空へと移動した。そして、眼下を見る。そこにいたのは、カシマの形をした神意――より純化された神の意識だった。
《キサマラ如きに、我々を滅ぼさレて堪るカ!!》
 身体という殻を破り、カシマは吼える。
 その声は概念、そして質量となり、若輩の八洲神を次々と吹き飛ばすのだった。
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