白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第二六話「嫁奪り」 その七

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 誰が敵で誰が味方なのか、それが分かっているのは神域に攻め込んだ者たちだけだった。八洲の神々はそれぞれ属する氏族のしがらみに囚われ、自分が誰と何のために戦っているのかさえ分からなかった。
『神樹』の中で自らを封印した瑠子は、自分が創り、育てた神樹を通じて周囲の状況を読み取ることができる。
 内面領域の中に作り上げた田園風景。その畦道の傍らに座りながら、瑠子は複雑な表情を浮かべていた。
「ああ、もう、そっちじゃなかろうて。あれはカシマのところにいる子かい。あっちはスワの一族……なんで味方同士で戦ってるん?」
 瑠子の討伐を主張するカシマと、比較的それに近い考えを持つスワ。しかしスワは二代前に現界に残った氏族の娘を八洲帝家に輿入れさせており、現在の〈帝〉家に近しかった。そのため、真子が連れ去られた時点でカシマたちとは袂を分かっていたのだ。
 スワたちにしてみれば、本来真子を救うために協力していたにも関わらず、カシマは瑠子討伐を優先して真子の命を危うくさせたと見える。
「スワが喧嘩っ早いのは前からやけど、自分の一族を率いるようになって酷くなったんやなかろうか……」
 ふわふわとした尻尾に背中を預けながら、瑠子は深い溜息を漏らす。
 神域が半壊するほどの戦いの原因になったこの女神は、その被害をまったく省みていなかった。壊れたならば、直せば良いと思っているのだ。
「瑠子……まだ戦ってるの?」
「ううん、ごめんな。陛下がいろいろ手加減してるみたいで、なかなか終わらん」
「レクティファール様だから、仕方がないよ。わたしも瑠子も丈夫じゃないから、いつも通りに気を使ってくれてるんだと思う」
 瑠子の隣に座った真子は、外の世界では封じられている瞳で瑠子が投影した外部の映像を見詰める。
 レクティファールの姿を見たときその頬が紅潮したことに気付いた瑠子は、やれやれと方を竦めるしかなかった。
「真子を迎えに来てくれたんえ」
「違う。わたしと瑠子」
 思ったよりもはっきりした声で、真子は瑠子の言葉を否定した。
 真子は瑠子の煌めく瞳を見詰めると、そっと手を伸ばして瑠子の手を握った。
「あの方はいつもわたしの向こうに瑠子を見ていた。瑠子もそれを知っていた。だから、たまにわたしが眠ったあとに出てきてたんでしょう?」
「――え、それなんで知ってるん。間違いなく寝てたし、外のこと見えないし聞こえないようにしてたのに……」
 大抵の場合、真子はレクティファールと共に夜を過ごすときは、かなり早い時点で眠りにつく。こと身体能力に関して、彼女は皇妃の中でも一際劣っているためだ。
 瑠子はそれを問題と見ていた。
 真子が皇妃としての役割を果たせていないと、周囲に思われたくなかった。だから真子が眠ったあと、身体の主導権を移し替えて夫との婚交を代行していた。少なくとも瑠子はそのつもりだった。
 だが、真子はそれに気付いていた。
「だって、わたしの記憶と騎士の皆さんの記憶がずいぶん違うんですもの。昨夜はずいぶん積極的でしたね、と言われたときは、わたしもずいぶん上手くなったのだと自信を持ちました。あなたもそう言ってくれました」
「うん、言うた。妾はそう思うていたもの」
 それは、妹の夫婦生活を心配する姉の心境だったのかもしれない。
 真子に対する負い目が、真子は幸せにならなければならないという目標になり、実際に行動にも現れた。
 そのひとつが、褥での一件だ。
「でも、お話を詳しく聞くと……」
「え? 真子、詳しくって、そんな破廉恥な……」
 そもそも真子の行動が破廉恥であるならば、瑠子のそれはそれ以上である。
「わたしは瑠子も旦那様の――あ、旦那様って呼ぶとちょっと恥ずかしい」
「いや、それはいいから」
 頬を染めて俯く真子の頭を無意識に撫でながら、瑠子は先を促す。
 自分が施した術を真子が破っていたことに、彼女は大きな衝撃を受けていた。
「とにかく、瑠子はレクティファール様のお妃様なんだから、別にわたしの振りをしなくてもいいと思う。陛下もきっとそう思ってる」
「でも、妾は八洲の地で嫌われて、憎まれておる。そのせいで、こんな争いにもなってしまった」
 沈痛な面持ちを浮かべる瑠子に対し、真子は弱り切った表情で、しかしはっきり答えた。
「これはたぶん、陛下のせいじゃないかな」
 九分九厘、レクティファールの意思による戦いであることは確かだ。
 それがレクティファールのせいという言葉に置き換えられるかどうかはともかく、レクティファールの意思が『戦闘』という形を作り上げる端緒になったのは間違いない。
 彼が別の穏当な方法を志向していれば、少なくとも神域の地形が惑星創世記の如く矢継ぎ早に変わることはなかっただろう。
 溶岩の川が木々を押し流すこともなかったし、局所的に発生した雷雨が山火事を起こすことも、地面から湧き出した温泉が神族を天高く吹き飛ばすこともなかった。
「むしろ、この間陛下に直接会ったでしょう? あれって、陛下のこと気になってるけどわたしがいるから色々気にして、これからも会うための根回しの一環でしょう?」
「根回しとか、真子が穢れてしまった……」
「マティリエさんですらやってることよ。あの子の場合、担当の騎士さんが裏で糸を引いてるとは思うけど」
 レクティファールが全力で目を背けている後宮の舞台裏、その一部だ。
 後宮にいる女性たちは役割こそ違えど全員がある種の女優であり、偶然を演出し、奇跡を演じ、皇妃という役を全うしていた。
 瑠子はそれを真子の代わりに行おうとして、しかしあっさりと看破されたのである。
「とにかく、瑠子は気にしすぎない方がいいわ。だって――」
 外部映像に目を向ける真子。
 その向こうでレクティファールが、異世界の神と手を繋ぎ、局所次元震を発生させていた。どうやら精霊を外部演算機として用いたらしい。
「さきほどから陛下、結構色々な方と手を繋いだり、言葉を交わしているもの」
 真子が苦笑して見詰める先で、レクティファールは今度は上空から降ってきた〈虎〉を受け止めている。
 受け止めた勢いのまま横回転し、今度は横方向に〈虎〉を射出していた。
 突然〈虎〉に襲われた八洲の神が悲鳴を上げながら逃げ惑っているのが見える。
「それにね、瑠子」
「う、うん?」
 真子にじっと見詰められ、瑠子はたじろいだ。
「瑠子の方が回数が多いと、身籠もったときにあなたがお母様になっちゃう」
 瑠子の尻尾の毛が、一斉に逆立つ。
「あなたって負けず嫌いだからむきになってるんだと思うけど、次の日に結構身体に残るから、もうちょっと手加減してくれると嬉しいな」
「――はい、大変申し訳なく思うております」
 もしもレクティファールと共にいる瑠子の姿を八洲の古き世代の神々が見たら、彼らはそこに『ルコ』を見るだろう。
 八洲神群最良の女神。八洲の地母神。そう呼ばれる前の、傲慢で高潔で、情に深かった頃の彼女。
 ただのルコだったころの彼女だ。
「とりあえず、待ちましょうか」
 真子は『神樹』前に展開するカシマたちの陣に、〈天照〉が真正面から突撃を仕掛けている様を見て、衣服を整え始める。
 もうすぐ、彼女たちの夫がここに来る。
「嫁奪りの作法って瑠子は知ってる?」
「知らぬ。そのような風習、妾がいた頃はなかった」
「じゃあ、どうしよう?」
「も、盛り上がってるところに飛び出せばええのと違うかな」
「うん、ならそうしよう」
 カシマたちは自分たちの背後でこのようなやりとりが行われていることは当然知らない。
 知らないからこそ、必死の形相で〈天照〉に立ち向かっていた。その圧倒的な質量差に諦めることなく、しかしあっさりと蹂躙されながら。
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